8.タイムリミット 1
惑星に残された12人の少年少女とアンドロイド達の物語
8.タイムリミット
『何事っ!』
異変に気づいたのはテミスが最初だった。
宇宙空間に浮かぶ移民船セルケトの反応が消えた。動力が突然、遮断されてしまっている。
『セルケトっ! 反応しなさいっ! 軌道制御をっ!』
そしてブライ達も異変に気づいた。
それはセルケトの悲鳴ではなく……総ての部屋の明かりが点滅し……そして何一つスイッチに反応しなくなったために。
「くそっ! コレかっ!」
部屋のドアも開かなくなったが、ブライはドアの横の非常コックを操作してドアを開け、リビングルームへと向かった。
直後に非常システムが立ち上がり、非常灯が点いた。
非常事態を告げる赤い灯りの廊下を走りリビングルームに辿り着いたブライが見たモノは……
倒れて動かないセルケトと横で呆然と立ち尽くしているトマ。
「トマっ! 何があったっ?」
問い掛けてもトマはただ黙って首を横に振るだけ。その瞳に涙を浮かべて。
ほどなくしてテミスやアルテも集まったが、何が起こったのか解らない。
そして異変を発見したのはブライだった。
「なんだ? コレは?」
セルケトのイヤリングに接続している壊れかけたメモリースティック。
それを取ろうと手を伸ばすと……トマが素早く手を伸ばし奪い取った。
「トマ? まさか……それは?」
ブライの問いにトマは黙ったまま首を横に振るだけ。
「トマっ! 何だそれはっ? 何処から持ってきたっ?」
叱責するブライをアルテが止める。
「ブライ、怒っちゃ駄目っ! レミ、ラミ、トマを連れていってっ!」
アルテの指示に皆が動き、ブライを押さえ、トマをリビングから連れ出そうとした。
が、それを止めたのはテミスとディアナ達。
『トマ様。伺いたいことがあります』
トマを見下ろすその視線は……冷たかった。
「だからっ! 今トマを責めても何にもならないでしょっ?」
『責めるつもりはありません。確認したいだけです』
アルテはテミスの行動を止めようと押し問答を続けている。当のトマはメモリースティックを両手で握りしめたまま。押し黙っているだけ。
そして膠着した局面を打開したのは……小さな平手打ちの音だった。
皆がその音の方を見れば……ユマがトマの頬を叩いた音だった。
「父さんが言ってた」
ユマの瞳はトマを見つめたまま。
「叱られることをしたのを怒っているんじゃない。叱られるようなことをしたことを隠したのを叱っているんだって」
ユマの瞳から涙が零れる。
「母さんも言ってた」
ユマが腕を振り上げる。
「そして謝らないことが一番悪いって」
トマの頬を叩いた。泣きながら。
「トマっ! 悪いコトしたんでしょっ? 悪いことをしたんなら謝りなさいっ!」
ユマが泣きながら怒っている。
トマは小さく頷いて……アルテの元に行き、メモリースティックを差しだした。
「これ。これをセルケトに……中の写真を……」
後の言葉は言葉にならなかった。トマも泣き出して……大泣きして、言葉にならなかった。
「解った。大丈夫。ここにはテミスもいるから。アタシもいるしブライもいる。皆もいる。セルケトは……ちょっと疲れて眠っているだけよ。直ぐに起き出すから……」
アルテがメモリースティックを受け取り、言いながら……涙を溢す。
同じ言葉を何度言っただろう。何度聞いただろう。
疫病が流行り、周りの人達が次々と亡くなっていく中で……何度も聞き、何度も幼い子供たちに言った言葉を……今、また口にしている。
忘れたはずの言葉を口にしている。二度と言いたくなかった言葉を声にしている。
3年前の記憶が甦る。忘れたくても忘れられない記憶が甦ってしまう。
悔しくて、悲しくて、憤りが涙という形になって……瞳から溢れている。
アルテはトマを抱きしめた。
「大丈夫。きっとセルケトは直ぐに起き出す。だって……機械なんだもの。人間みたいに動かなくなったらそれで終わりってコトはないわ」
アルテの言葉にトマが肯く。涙でぐしゃぐしゃの顔で何度も肯いた。
その時……緊急回線用のモニターが点いた。
「おんやぁ? どしたのかしら? 移民船のセルケトさんが壊れてしまったみたいね」
映し出されたのはバグラン達の1人。確かバンデとかいう痩せた男。
「そんなコトはないだろ? あらホント。エネルギー反応がないわ。システムがダウンしちゃっているわね。長年の苦労が祟って突然死でもしたのかしら?」
画面がバグランとかいう年の嵩んだ美女に変わり、勝手なことを言い始めた。
殆ど棒読みで。
「でも困っちゃったわね? 移民船がいなくなってしまうと……くそガキちゃん達はただの漂着民扱いね。惑星ルクソルの権利は白紙に戻っちゃう。あ、そしたらアタシ達が上陸したらアタシ達のモノになっちゃうわね~」
そしてわざとらしくウィンクする。
「うるさいっ!」
直ぐに反論したのはアルテだった。
「セルケトは直ぐに復活するわっ! アンタ達の思い通りになんてならないからっ!」
アルテの言葉が聞こえていないのに相手はすまし顔のままでさらに煽るようなことを言い始めた。
「バンデ。移民船セルケトちゃんが大気圏突入するまで後何時間か計算してあげたら~?」
「はいはい。この船のオンボロコンピューターで計算したから誤差はたくさんあるけど……大体36時間後ってとこですね」
「あら。そんなにあるの。ま、じゃアタシ達はゆっくり高みの見物をしておきましょ。ワインでも開けて楽しみましょうね~」
『……言いたいことはそれだけですか?』
テミスが冷静に確認する。殺意が籠もっているかのような声で。
「あ、テミスちゃんに怒られちゃった~ そうそう。緊急回線は使っちゃいけないんだったわね。じゃ、バイバイ~ くそガキちゃん達」
幹線はぷつりと消え、リビングルームには憤りの感情が渦巻いていた。
静寂の中で渦巻く感情を……トマの泣き声が破った。
自分のしたことがどういう結果となったのか、やっと自覚して……後悔していた。そしてどうするべきかが解らずに……ただ、ただ泣いていた。
「大丈夫。大丈夫だから」
アルテがトマをあやすが……トマは泣き止まない。そしてキッズ達も泣き始めた。
セルケトが動かなくなって……いなくなってしまうと理解して。
この小説は『イシスの記憶』、『ラプラスの魔女』、『101人の瑠璃』などの後編となります。
途中ですが感想をお待ちしてます。