5.疑惑と困惑 4
惑星に残された12人の少年少女とアンドロイド達の物語
「その言葉を……どんな言葉かは記憶にないが、その植物学者の言葉を、つまり呪文をアルテが唱えたらイシスが奇蹟を起こしたようにセルケトもテミスも奇蹟を起こして総てを教えてくれるのかも知れないぜ?」
アルテはレミが抱きしめていた枕を奪ってブライを殴った。
「何よそれっ! アタシは植物学者でも魔女でもないわよっ!」
「ははは。悪い悪い。ただの冗談だ」
暫く枕で叩かれて防ぐという攻防を続けて……ふと気づくとアルテとブライを見る皆の視線が凄まじく冷めている。
特にレミとラミの視線は極寒のブリザードのようだ。
アルテは頬を赤くし、ブライに枕を投げつけてそっぽを向き、ブライは投げつけられた枕をレミに投げ渡して、ベッドに仰向けになった。
「しかし……なんの手掛かりもないな」
その場凌ぎのブライの溜息のような呟きに……皆は状況を再確認し溜息と共に肯くしかなかった。
皆が押し黙ってしまった中で、ふと……テミスの言葉がブライの頭を過ぎった。
『共に遺跡に立ち向う存在』
『遺跡の前でお会いするまで戦う存在』
『私達が納得するまで戦って下さいませ』
『アルテ様が納得するまで』
「つまり?」
ブライの呟きに皆が注目する。
「遺跡に立ち向うために戦う。その時にはテミス達は同行している? そしてオレはアルテが納得するまで戦う? 何故だ? 何のために? そんなコトになる?」
ブライの呟きにビージー達は呆れたような表情となり、レミとラミは複雑な表情となり、アルテは……微妙な怒りのような感情を露わにしていた。
「ブライ? アタシのために戦うというのがそんなに嫌なの?」
ブライはアルテの問いかけと視線を気にせずに起き上がりベッドの端に腰掛けるような格好で考えている。
「そもそもテミスの目的は何だ? オレ達を「避難」させて「再生」作戦を行う。その時に遺跡が関係するのか?」
そしてセルケトの言葉を思い出す。
「条件が揃うまで……オレが大人になるまで話せない?」
脳裏でキーワードが絡み合う。両親の姿とアルテの両親の姿と、そしてこの惑星に来てからの会話を。
「そうだ。アレは、あの筐体は……」
何かを掴みかけたブライの左頬に衝撃がっ!
「ブライっ! ちゃんと答えてっ!」
床にまで転げ落ちたブライが見上げるとアルテが怒っているとも笑っているとも悲しんでいるともとれる……正確には形容しがたい形相で見下ろしている。
「な、何をだっ! 今なんか掴みかけたというのにっ!」
立ち上がり、アルテの目の前で手を胸の高さに上げて「何かを掴みかけた」というのを行動でも表現したブライの両手は……何か程よく柔らかくかつ弾力が心地よく、それなりに重量のある「何か」を鷲掴みにしていた。
「ん? これは?」
直後、ブライの右頬が破壊されたかの衝撃を感じ、身体は壁近くまで吹き飛び、ベッドへと崩れ落ちていた。
「少し頭を冷やしてなさいっ!」
頬を真っ赤にし、胸を押さえて怒って出て行くアルテと呆れた顔で従うビージー達。そして複雑な表情のレミとラミも後ろに従い……ブライは一人で部屋に残された。
「……不可抗力だ。単なる事故だ」
ブライの抗議は誰もいない部屋に空しく響いた。
夕方。
まだ夕食前の時間。
ベッドに仰向けに寝そべっているブライは天井を見つめていた。
両頬にアルテの手のカタチが残っていたが瞳は真剣。
「オレの両親は……分野としては考古学者、というか社会形態学者で技術歴史学者」
文明の進化と傾向と過去の文化文明、特に技術の変遷を研究をしていた。
「……結局、どんな星に移民しても人類は農業から工業へと進む中で、自然崇拝を色濃く残す。原初のガイアでも存在したガイア神教のように科学が発展すればするほど自然崇拝の熱は高まる……時と場合によってはテロに走るほどに狂信的にまで……だったかな」
そしてアルテの両親は……
「……アルテの母さんが植物学者というか生物学者で親父さんは化学者だったよな。分野としては虚数次元振動物質化学。たしか相転移炉の技術開発……ん?」
この小説は『イシスの記憶』、『ラプラスの魔女』、『101人の瑠璃』などの後編となります。
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