4.来訪者 1
惑星に残された12人の少年少女の物語
4.来訪者
コックロボットが昼食の準備を始めようとしている頃。
キッズ達は既に待ちきれずに、コックロボット近くで待ち侘びている。
ビージー達はハカセをひやかし続けて、ブライ達はパラソルの下でのんびりとそんな様子を眺めていた。
「そうなのです。訊こうと思っていたことがあるのです」
突然、レミが手を上げた。
「なにを?」アルテが目をパチクリさせて訊き返す。
「ワタシ達の筐体の上に書かれている……模様みたいな文字は何と書いてあるのですか?」
「え~と。それは……」アルテが言いかけるが正解を思いつかない。
「……ブライ。答えてあげて」さっさと考えるのをやめてブライに任せた。
ブライは記憶の中を掻き回して答えを見つけた。
「レミの筐体の上に書かれているのは『コギト・エルゴ・スム』というラテン語だ」
「意味は何なのです?」
「んーと。『我思う。故に我在り』だな。古い哲学の概念だよ。物体とかの他に『心』とかそんなモノが存在するって論拠になった言葉だ」
「んじゃ。アタシの筐体に書かれているのは?」ラミが若干の猫なで声で訊いてきた。
「あれは『コギト・コギト・エルゴ・コギト・スム』で意味は『我思うと思う我在り、故に我在りと思う我在り』……だったかな。意味としてはレミのヤツを詳細にしたヤツだな」
「なんか、こんがらかりそうな言葉ね」
ラミは目を顰めている。一度訊いただけでは理解できなかったらしい。
「ブライ。アタシのは?」隙を見つけてアルテが訊いてきた。
「んんと。『アルスロンガ・ヴィタブレウィス』だったな。意味としては……」
ブライは少しだけ長考して答えた。
「えーとだ。『学芸を得るは長し、生涯は短し、時機は速し、経験は危うし、判断は難し』だな。確か」
「なにそれ? 訳が長すぎるわよ。ひょっとして知らないんで適当に言ったんじゃないの?」
アルテは疑心を露わにした視線で睨む。
「もっと長い文章の一部分なんだよ。だから意味としては長くなるのさ」
ブライは憤然とした顔で答える。
「でも意味としましては……」とレミが割り込み、ブライ達はその先を待つ。
「アルテ様にぴったしですね」満面の笑みで人差し指を顎に当てて微笑んだ。
「なんで、アタシにぴったしなのよ?」アルテは憮然としている。
「だって司令官そのものじゃないですか。『判断は難し』なんて」
アルテは「あ、そっちか」と呟いて、ブライは他の句の何処が気に言わなかったのかを推察し……口にはしないでおいた。
だが、レミは一切そんなコトを気にしない。
「それに『美人薄命』なんてコトもありますから」
「レミっ! なんてコトを言うのよっ!」慌ててラミが止めに入る。
「そんな『生涯は短し』なんて所をフォーカスしてズームアップしなくても……あ」
ラミの注意は……自ら地雷原に踏み込んだようなものだった。
「いいのよ~ ラミ。アタシは一切、気にしてな・い・か・ら・ね?」
アルテの笑顔が人形のように微動だにしていない。ラミはアルテの口調に凍りついたまま。
一瞬の間が空き……何かが燻っているような空気が漂い始めた。
「ではブライ様のは?」レミが燻りかけた雰囲気をあっさりと吹き飛ばして訊く。
ブライは表情を止めて数舜黙ってから答えた。
「……オレのは『メメント・モリ』。意味は『死を忘れるな』だ」
ブライの答えにアルテ達は黙り込んでしまう。『疫病』の記憶がアルテ達を沈黙させた。
「何を考えてそんな文字をあの筐体に書いていたんだろうな。親父達は」
ブライは目を閉じてゴロンと砂浜に横になる。アルテ達も寂寥とした視線で在らぬ方を見る。
「ん? なんだ?」
目蓋を透してくる日光が急に陰となった。不意に空が曇った。いや周りが陰となってしまった。
何事かと見上げると……惑星往還機が上空でホバリングしていた。
「テミス?」
アルテが呟く。全員がアルテの声に反応し緊張する。
「何をしに来たんだ?」
ブライも疑問を口にする。嫌な予感と共に。
この小説は『イシスの記憶』、『ラプラスの魔女』などの後編となります。
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