第八章 俺の好感度が見えない件について
「レオンさんって、今どういう気持ちなんですか?」
突然の直球だった。
放課後、図書室の奥。
夕陽が差し込む窓際の席で、俺とアリスは向かい合っている。
なぜこうなったかというと、アリスが「カイルさんの本を読んでみたい!」と言い出し、途中で魔導理論に撃沈し、「やっぱりレオンさんと喋る方が楽しいです!」と戻ってきたからだ。
カイル、ごめん。
「どういう、とは」
時間稼ぎ。
「最近、皆ちょっと変ですよね?」
……鋭い。
「ミレイユさんも、アークさんも、なんかピリピリしてるし」
「気のせいだ」
「絶対違います」
即否定。
アリスは顎に指を当て、真剣な顔をする。
「私、何かしちゃいました?」
それはもう盛大に。
だがその顔は、責めるようでも誇るようでもなく、ただ困っている。
「……君は、いつも通りだ」
本心だ。
問題なのは周囲のほうだ。
アリスはほっとしたように笑った。
「ならよかったです」
そして、少しだけ声を落とす。
「でも、レオンさんは変わりましたよね」
心臓が跳ねる。
「前は、もっと遠かったです」
遠かった。
その言葉が、やけに刺さる。
「今は、近いです」
「……距離は同じだ」
物理的には。
「違いますよ」
アリスは小さく笑う。
「目が、優しいです」
ずるい。
そんなこと言われたら。
俺は視線を逸らす。
原作レオンは、ヒロインにだけ心を開く。
他には冷たい。
だが今の俺は、皆と笑っている。
アリスと話す時間を、楽しみにしている。
「レオンさん」
呼ばれる。
真剣な瞳。
「私、思うんですけど」
どきりとする。
「人と仲良くなるのに順番とか計算とか、いらないんじゃないかなって」
……。
「好きな人とは、好きって言いたいし。大事な人は、大事にしたいです」
さらっと、とんでもないことを言うな。
「……好きな人がいるのか」
自分でも驚くほど低い声が出た。
アリスはきょとんとする。
「いますよ?」
心臓が止まりかける。
「家族とか、友達とか!」
……。
そう来たか。
「びっくりしました?」
少し悪戯っぽく笑う。
からかわれた?
俺が?
「……そういう言い方は誤解を生む」
「え、レオンさん誤解しました?」
黙れ。
顔が熱いのが自分でも分かる。
アリスは目を丸くして、それから吹き出した。
「レオンさん、かわいいですね」
は?
「今、ちょっと焦りましたよね?」
焦っていない。
焦っていないが心拍数は跳ねている。
「……君は不用意だ」
「えへへ」
反省していない。
だが。
このやり取りが、嫌ではない。
むしろ——
楽しい。
◆
その帰り道。
俺は一人、寮へ向かって歩いていた。
夕暮れの風が冷たい。
「俺は……どうしたい」
攻略するつもりだった。
ヒロインを落とし、死亡フラグを回避し、物語を掌握する。
だが今。
勝ち負けよりも。
「笑っていてほしい、か」
ぽつりと漏れる。
原作知識はある。
だが、未来は読めない。
アリスは誰か一人を選ぶのか。
それとも——。
足音。
振り向くと、アークが立っていた。
「奇遇だな」
「……尾行か」
「失礼な」
笑っているが、目は真剣だ。
「聞いてもいいか?」
「何を」
「君は、彼女をどう思っている?」
直球。
逃げ場なし。
沈黙が落ちる。
「……分からない」
それが正直な答えだった。
アークは少し驚いた顔をする。
「君なら即答すると思った」
「以前の俺ならな」
今は違う。
アークは小さく息を吐く。
「僕は、惹かれている」
宣言。
「彼女は眩しい。僕が持っていないものを持っている」
本気だ。
王子が本気を出した。
「だから、譲るつもりはない」
まっすぐな目。
俺の胸の奥で、何かが静かに燃える。
「……俺も」
気づけば、言葉が出ていた。
「譲る気はない」
アークがにやりと笑う。
「それでこそだ」
空気が張り詰める。
物語は、恋愛戦争ルートへ入りかけている。
だがその時。
遠くから声が聞こえた。
「レオンさーん! アークさーん!」
振り向く。
アリスが全力で走ってくる。
「明日、皆で街に行きませんか!? お祭りあるらしいです!」
……。
恋愛戦争どころか、団体行動イベント発生。
俺とアークは顔を見合わせる。
同時に、ため息。
「行くか」
「行こう」
アリスが嬉しそうに笑う。
その笑顔を見た瞬間、俺は確信した。
この物語、簡単には終わらない。
そしてたぶん——
俺の好感度ゲージは、もう振り切れている。




