第五章 ヒロイン、攻略対象を攻略しに来る
「……落ち着け俺」
翌日の朝、俺は自室で真顔になっていた。
昨日の初対面は上出来だった。
第一印象は悪くない。むしろ良い。
だが問題はここからだ。
原作の流れでは、ヒロインはまずクラスで浮く。
貴族社会に馴染めず、陰口を叩かれ、落ち込む。
そこに王子アークがフォローに入り、好感度アップ。
だが——
「副会長さんおはようございますー!」
廊下の向こうから、元気な声が響いた。
振り向くと、アリスが全力で手を振っている。
周囲の貴族令嬢たちがざわつく。
「……おはよう」
俺は一応、落ち着いた声で返す。
「昨日はありがとうございました! 地図ちゃんと描きました!」
なぜか自作地図を見せてくる。
しかも妙に細かい。食堂の人気メニューまで書いてある。
「……行動力はあるな」
「褒められた!」
嬉しそうにするな。
周囲の視線が痛い。
「あの子、副会長と普通に話してるわよ」
「平民でしょう?」
原作イベント発生の予感。
アリスもそれに気づいたらしく、少しだけ肩をすくめた。
だが——
「副会長さん、今日のお昼って空いてます?」
直球。
「……は?」
思わず素が出た。
「学園の食堂、ひとりだと緊張するので! 案内ついでに!」
おい。
原作だと、ここで王子に誘われるはずだろ?
俺が一瞬黙ると、アークが横からにこやかに言う。
「それなら僕が——」
「レオンさんがいいです!」
被せた。
空気が凍る。
アークの笑顔が一瞬だけ止まった。
セシル(なぜか近くにいる)が目を細める。
なんでだよ。
「……なぜ俺だ」
冷静に聞く。
アリスは真顔で答えた。
「一番怖そうだからです」
理由ひどくない?
「怖い人と仲良くなれたら、他の人もいける気がして」
……。
ちょっと待て。
それ、俺を踏み台にしてないか?
だが、悪意はない。
純粋に前向きだ。
アークがくすっと笑う。
「なるほど、攻略難易度最高から挑戦か」
やめろその言い方。
周囲がざわつく中、俺はため息をついた。
「……いいだろう」
アリスの顔がぱあっと明るくなる。
「やった!」
なんだこの達成感は。
◆
昼休み、食堂。
貴族たちの視線が集中する中、俺とアリスは向かい合って座っていた。
「うわあ……メニュー多……!」
アリスが目を輝かせる。
「食べたいものはあるか?」
つい聞いてしまう。
「え、教えてくれるんですか?」
「……副会長としてな」
便利な言い訳だ。
「じゃあ同じのにします!」
即決。
「……俺は辛い料理だぞ」
「挑戦します!」
数分後。
「からっ!? からい!? 火出る!?」
涙目。
周囲がくすくす笑う。
俺は水を差し出した。
「無理をするな」
「でも同じの食べたかったんです……」
小声。
その瞬間、妙な感覚が走った。
——これ、ヒロインムーブでは?
「……次からは自分の好みを優先しろ」
「はい!」
素直。
なんだろう。
想定より、距離が近い。
原作ヒロインは、もっと慎重に一人ずつ攻略していったはずだ。
だがアリスは、一直線だ。
「レオンさんって、思ったより優しいですね」
「思ったより、とは何だ」
「最初は氷像かと思いました」
失礼極まりない。
だが、笑っている。
その笑顔を見て、俺はふと気づく。
——俺、楽しんでる?
攻略するはずだった。
計算して動くはずだった。
なのに。
「副会長さん、明日も一緒に食べてくれますか?」
真正面から、期待の目。
これは選択肢だ。
①断る(クール維持)
②条件付きで承諾(距離を保つ)
③普通に承諾(好感度アップ)
……。
「……都合が合えばな」
②を選んだつもりだった。
だがアリスは満面の笑み。
「やった! 約束ですね!」
勝手に③扱いされている。
遠くでアークが腕を組んでいる。
セシルは楽しそうだ。
カイルは本を読みながらもこちらを見ている。
やばい。
「……これは」
ヒロインが、俺を攻略しに来ているのでは?
俺は辛さで真っ赤になったアリスを見ながら、確信した。
物語は、原作通りには進まない。
そして俺はまだ知らない。
この少女が、攻略対象たち全員に同じ距離感で突撃していることを。




