プロローグ:罪が視える少年と、浄罪師が眠る世界
人は、罪を犯した瞬間に変わるのだろうか。
それとも、罪を背負ったと自覚した時から、少しずつ壊れていくのだろうか。
鞍月蒼は、夜になると決まって同じ夢を見る。
薄暗い路地。
冷たいアスファルト。
母の背中越しに迫ってくる、黒い影。
――守れなかった。
そう思った瞬間、胸の奥が軋むように痛んで、蒼は目を覚ます。
汗と涙で濡れた頬を拭いながら、彼はいつも自問する。
もし、あの夜に戻れるなら。
もし、自分がもう少し強かったなら。
だが、どれだけ願っても過去は変わらない。
母は殺され、犯人は捕まらず、世界だけが壊れていった。
近年、殺人事件は異常なほど増え続けている。
夜に外を歩けば、次に死体として見つかるのは自分かもしれない。
人々は口を揃えて言う。
「この世界は、どこかおかしくなった」と。
――蒼には、その“おかしさ”が見えていた。
人混みの中で、ふとした瞬間に重なる“影”。
人の輪郭に張り付く、黒く濁った何か。
それは、殺人という罪を背負った者だけに現れる――魂の歪み。
最初に気づいたのは、いつだったか。
気づいてしまったが最後、蒼はもう“普通”には戻れなかった。
視えなければ、知らずに済んだ。
知らなければ、恐れずに生きられた。
だが、視えてしまった罪は、彼の心を内側から削っていく。
見過ごせば、罪が増殖し、世界をさらに汚していくことを――本能的に理解していたからだ。
その夜、蒼は夢の中で初めて“彼女”を見た。
白と黒の鴉が舞う、巨大な古木の前。
鎌を手にした一人の女が、静かにこちらを見つめていた。
「まだ、生きているのね」
低く、澄んだ声。
それだけを残し、彼女の姿は霧のように消えた。
翌朝、蒼は知らされる。
――三百年前、封印されたはずの“浄罪師”が、この世界に関わっているという噂を。
罪は、浄化されるべきなのか。
それとも、裁かれるべきなのか。
そしてもし、母を殺した男の魂が現れたとき――
自分は、同じ罪を犯さずにいられるのだろうか。
これは、
罪を視る少年と、
罪を裁く女が出会い、
世界の歪みと向き合っていく物語。
人が、人でいられるかどうかを試される――
現代浄罪譚の、始まりである。




