9.非常事態対応組合管理委員会議 イースト二階 (一)
寺島、石黒、富田が、セレシオンの1000人を生き延びさせるキーパーソン集団です
全員50代以上ですので、富田の孫、高校生の岩崎を補助に入れます
この高校生の意見を受け入れる度量があるかどうかが、彼らが試されるポイント
1000人が様々な年齢層で構成されていること、50代以上の自分たちは「先に死んでしまう」ことを認識し、受け入れ、未来を考えたシステムを構築できるかどうかが最初の分岐点です
セレシオン成島ツインタワー・マンション、イースト管理組合委員会
寺島忍 委員長 60歳、砂糖卸会社社長、都の砂糖組合代表
石黒徹也 副委員長 58歳、公立病院の外科医長
富田一太郎 副委員長 70歳、先代委員長、もと区の職員
非常時出席義務により、警備員 斎藤嘉彦が出席
寺島、石黒、富田の管理組合委員は、夜明けに外を見て直ちに二階に集まったが、軽く顔合わせをしただけで、寺島は玄関に、石黒は怪我人に備えて四階会議室に待機した。富田は、一階の受付前に椅子と小テーブルを出して座り、階段から降りてくる人々が玄関に突進する前に話を聞いたり、混乱していれば落ち着かせたりすることにした。これは、イーストでもっとも顔が広い富田に今できる最善のことと思われた。
再び二階に集まったのは、正午を過ぎたころだった。管理会社からの派遣警備員、斎藤が、大きな体を縮めるようにして同席している。本来なら管理会社から幹部職員が出席すべきところを、代理で座っているのだから無理もない。
「なぁ、てっちゃん、これ一体どうしたらいいんだ」
寺島は、幼馴染であり学友でもあった石黒に困り果てた顔を見せる。
「ああ、訳が分からん。富田さん、どうでしょう」
寺島は、石黒の二学年上、ふたりは高校、大学も同窓だ。ご近所で兄弟のように遊んでいた頃からの関係が今も維持されている。
富田一は寺島より年上で、初代から管理組合長を引き継ぎ無事に勤め終わった。責任を三代寺島に継いだ後は、これでお役目もおしまいかとほっとする暇もなく、短期間でいいからと頼み込まれて副委員長として残った。同時期にウエストの組合委員長が死亡して一時的に刑部に引き継いだため、管理細則や慣例が失われないように事情に詳しい富田の残留が望まれたのだった。
その富田は、少し違う見解をもたらした。
「実は、孫がうちに来ておりましてな。連休だから、爺と婆のご機嫌伺いをして、肩もみのひとつもして小遣い貰ってゲームの資金にしようというあたりでしょうが。
それで、その孫の翔太が言うには、これは転移なるものだそうでしてなあ」
「はぁ、テンイ、ですか?」
「ええ」
「富田さん、わかりません」
「そうでしょう、そうでしょう。実はワシもようわかってはおりません」
「はぁ」
富田は、朝出るときに急いで羽織った作業着上着のポケットからタブレットを引っ張り出した。
「翔太は、これを見ればわかると言いまして。斎藤君、君なら若いから翔太の言うこともわかるのではないですかの?」
「あ、はい。少々拝見してもよろしいですか」
富田がそれを手渡し、斎藤が裏表と見ている。
「タブレット、とか言うらしいですな。孫は、今は小型のパソコンみたいなのをそう呼ぶけれども、もともとは石板という意味だ、と言うておりました」
斎藤がタブレットを富田に返しながら話しかける。
「富田さん、これがタブレットならば、まず暗証番号のようなものが必要ですが、何かありましたか?」
「いや、どうでしょうか、朝急いで部屋を出るときに翔太にこれを押し付けられましてなあ、一生懸命説明してくれておりましたが、暗証番号はわかりませんねえ」
「そうですか、では、もしかして認証と言っておられませんでしたか」
「ああ、そうそう、生体が何だか、認証すると起動するとか。気がせいておりましてね、きちんと聞いてやれませんで」
「そうですか、それなら。 富田さん、そのタブレットに手の平を当ててみてくださいますか。それでしばらく、そうですね十秒ほど待ってください。認証できるかもしれません」
「そうですか、では」
富田が手の平をタブレットに当てて、いいち、にい、さん、しい、ごお、こんなものですかね、と言いながら手を放す。
そこには“生体認証完了、このタブレットは富田一太郎に固定された”というノーティスが浮かび上がっていた。
たしかにそこに文字はあるのだが、残念なことに富田本人以外にはそれを見ることができない。斎藤はそのような技術は聞いたことがないけれども、生体認証システムだというならばそういうことも試験的にはできているのかもしれないと言う。
「すまないね、斎藤君ありがとう。このタブレットはひとり一個あるはずだと翔太は言うておりました。これが何かはわからないですがの、寝ていたあたりを探してみてもらえませんか」
「いいですけど、三十階まで上り下りです。だいぶん待たせます」
「ああ、ご苦労掛けてすまないですのお。そうそう、先生は奥さんが娘さんの所に行っておいででした。おひとりなのですから食事も大変でしょう、よろしかったら四階奥の和室に移るというのはいかがですか、いちいち三十階ではねえ」
寺島も口を添える。
「そうしてもらうとこっちも助かるよ、てっちゃん。急に病人が出て、三十階まで呼びに行くのもおりてきてもらうのも大仕事だよ」
「たしかにそうですね。それじゃついでに四階を覗いて、寝起きに必要な物を家から取って来ましょう」
このお話では、人を集団として扱うため、ひとりの英雄という存在はありません
言い方を変えれば、ひとりひとりが英雄、いなくてもいい人はひとりもいません
アレックスの視点から見ても、「生存率」が最重要
この集団の「かつてない安定性、生存率の高さ」の理由を、アレックスと彼に並列する存在達は知りたがるでしょう
その重大な要素のひとつがこの会議であり、この先の柔軟な変化です




