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8.六〇七号室 栗栖 (四)

おはようございまーす

読んでくださってありがとうです


アマネと、ミキおよびモニターズが凄くがんばって引き出してくれたアレックスの支援ですが

シブい! です。もっとドーンと来いや、と思いますが、アレックス的には、「過剰支援は自立を阻害する」というのを「計算の大きな要素とする」らしいです

人を勝手に異星の送り込んでおいて、何を言うか、と思いますが

彼らは、人類を絶滅の危機から救って「知的生命体のまま生き延びさせようとしている」ため

「本能的な生存欲求と自立が併存しうる形」に持ち込みたい

らしいです

いやー、ほとんどの場合、失敗しそうな思惑だけどね、セレシオン・ピープルの苦労が偲ばれます

 

 タブレットの、名前、の項目をダブルクリックした幸人は、“栗栖幸人、惑星美輝、第一次移住集団”という表示を凝視している。


「ね、ねえさん、なにこれ」

「ふん、どう? 異世界転移案の方は」

「いや、そんなこと言ってる場合かよ」

「わかればよろしい」


 ふたりは別にここが異世界だろうと異星だろうとあまり違わないと思っているから、ごく落ち着いている。ゲーム世代にとっては受け入れに抵抗がないのかもしれないが。久美と文人にとっては大事件、こんな現象は信じられない。起こるはずもないことだ。


「くるみ、ゆき、これは現実なのか。おとうさんは夢を見ているのじゃないのか」

「あー、たぶん」

「まあ、二、三日すれば現実感が出てくるんじゃないかなあ」

「そうだね、急にはムリゲー?」

「いや、これ……」


 科学者である久美は比較的落ち着いている。どんどんタップして、情報を取得していく。情報が揃わないうちに何かを判断するなんて愚かなことだ。

「くるみちゃん、個体履歴タップした?」

「うん」

「なんて?」

「空白」

「ふーん」

「文さん、個体履歴タップして」

「あ、うん」

 文人が個体履歴にタッチする。

「え? これって」


「どう?」

「建築技術 クリア」

「あら、そう。じゃあ、アクセス権もあるかも」

 急いでアクセス権をタップする。

「お」

「なんて?」

「情報アクセス権、とあって、植物情報、地形図、地質図、年間平均気温、年間降雨量とある。もうひとつは、支援物資アクセス権で、土木建築機械、燃料、資材とある。右上に、ちょっとまって」

 何か真剣に数えている。

「まちがいない、百億円と右上にあるんだけど」


 久美の返答は冷静だ。

「ふーん」

 くるみと幸人は自分のタブレットをしきりにタップしている。

「うわー、あるある」

「うん、あるね」

「それじゃあ、メモの用意。自分の個体履歴と、アクセス権を読み上げてみて」


 文人の個体履歴とアクセス権が再び読み上げられ、久美の番になる。

「製薬 クリア。情報アクセス権は、植物情報と製薬情報ね」

「じゃ、私。個体履歴は書き込みなし。アクセス権は植物情報ね、ユキは?」

「うん、個体履歴は 探索者とあるけど、その後ろにランダム付与と書いてあるんだ」

「ふーん、ランダム付与ね、それって」

「ええ、たぶん、全体の内の何人かにこの“探索者”がプレゼント?されたのよ。あんまり冒険家とかいないけどね、その個体履歴がないとアクセスできない情報があるんじゃないかしら。うーん、そうね、元の単語はアドベンチャラー? あるいはインヴェスティゲーターみたいな感じなのかな。それで、アクセス権は?」

「植物情報とワールドマップ」

 え? ワールドマップ?と三人の声が揃う。


「それ、描き写せる? ここの地図ってことよね」

「あ、うん、やる。そうか、探索者履歴がないとアクセスできないって、世界地図かも」

 幸人がレポート用紙の裏の白紙にタブレットに映し出されている世界地図を描き写しはじめる。その間、あとの三人はタップ、ダブルタップ、スワイプなどとタブレットに挑んでいた。


「あ」

「うん、植物情報アクセス権ね」

「ううん、情報アクセス権のダブルタップ」

「ちょっとまって、追いつくから」

 やがて三人三様のため息が出揃った。

「はあ、ここ、マジで美輝星なんだねぇ、惑星美輝、でいいのかな」

「うーん、そうね」

「ああー、どうだろ、これ」


 シャープペンシルを動かして地図を写していた幸人が手を止める。

「なに、どうしたの?」

「写し終わるまで待つわ。そうね、朝ごはん、食べよ?」

「そうだね」

「はあ」

 文人がいまだ危険域と言える台所を引き受けて簡単な朝食を作り、久美とくるみはなだれ落ちている本を拾い集めて積み上げ始めた。


 テーブルと椅子の周りからなんとか本を拾い集め、もう飾りにしかならなくなったに違いないテレビやコーヒーメーカー、電子レンジなどを壁沿いに並べた。

「時計って? ここの時間はどうなってるのかな」

 掛け時計を拾い上げてもとの位置に戻しながら、くるみが呟く。

 床に落ちて割れてしまった花瓶や旅行のお土産の陶器の置物のかけらを割り箸で拾いペーパーバッグに集める。そして、破片を掃除機で吸おうとして、電気はもう来なくなったことを改めて実感する。そうか、電気がないのか、今日から洗濯物も手洗い、手絞りなんだな、と。


 久美が小さな箒を持ってきて床を掃き、濡れ雑巾で拭っていく。

「陶器やガラスを拭いた雑巾はもう使っちゃだめよ。破片が付いているからね」

「洗っても?」

「怪我したくなかったらやめておきなさい。ガラスの細い破片が皮膚の内側に潜り込んだら大騒動になるわ。ここにメスを使えるお医者さんがいるかどうか、メスがあるかどうかもわからないのよ。小さな怪我でも、炎症を起こすかもしれない。飲み薬も縫い薬も手持ちの分しかないかもしれないのよ」

「わかった」


 段ボール箱を持ってきて床に落ちているいろいろなものを拾い集める。家の中って、こんなにもたくさんの物があったのだとくるみはため息をついた。

 テーブルの上がきれいになり、四脚の椅子が座れる状態になるころ、幸人は地図を写し終わっていた。テーブルの真ん中に置いたカセットコンロに湯が沸き、文人がゆっくりとコーヒーを淹れる。キャンプ経験が長い栗栖家の四人にとってはさほど難しいことでもない。空いた場所にキャンプ用の薄いアルミ鍋にアルミ箔で包んだ食パンにバターを塗ったものを入れ、軽く火にかける。これで温かいパンを食べることができる。冷蔵庫の中の物から順に食べようと、ハムとチーズ、キュウリとトマトを出して朝食になった。


 朝食の後、すぐにはタブレット研究再開とはならなかった。久美が提案し、文人が賛同、くるみは説得されて幸人はちょっと嫌がったが、全員で本を片付けることとなった。タブレットは刺激が強すぎる、冷静に対応できるようすこし時間を置こう、というのが久美の意見だった。


 室内のテレビやCDの音のみならず、外から入ってくる車輛の通行音も警察車両の警告音もないところで体を動かす。「この本は誰のだっけ」という短いやりとりだけで二時間ほどが過ぎると、久美が言うように舞い上がったような興奮状態は少し納まったようだった。

「さあ、お茶を飲んで再開しようか」


 と、文人が声を掛け、四人はテーブルを囲む。幸人がカセットコンロを脇に除けて地図を真ん中に出す。

「ふーん、これが美輝の大陸図か」

 そこに描かれていたのは、見慣れた地球の世界地図ではなく、ほぼ真ん中に蝶が翅を拡げたような大きな大陸があり、東の翅に当たる方が大きく、さらに東の赤道上に島が散らばっている。西の翅の方は東の半分弱で、蝶の上翅のさらに東に島大陸 (オーストラリアくらいだろうか) 下翅にも小さめの島 (マダガスカル島くらいだろうか)がある。


「中心はこの大きな大陸でしょうけど、山脈で仕切られたようになっているわね」

「そうだね、東の翅の方が大きくて、西が小さいね。真ん中がギュッと絞り込んだみたいになっているし、大きな河も、一、二、三……結構あるね」


 幸人が青いボールペンを持って地図にない情報を付け加えていく。

「ここがセレシオンの位置だよ」

「わかるのか」

「うん、青い点がたくさん集まっているんだ」

「青い点、それって私たち?」

「たぶん。 拡大するとこの位置で点がたくさん重なり合っているのがわかるんだ。セレシオンって高層ビルだから、人が重なって表示されるんだろうな、って」

「なるほどねえ、拡大もできるのか。便利じゃないか」

「まね」



 セレシオンは、蝶の形の大陸上にある。東の翅に当たる場所で、赤道に近い。東方向に大きな湖があり、そこから南東の海へと大河が流れている。

「これほど赤道に近いのにあまり暑くないよね」

「季節的な問題かも」

「そうだね、地球とは気象が違って当然だよね」


「それじゃあ、この地図は一旦置いておいて、続きをやろうか。まず久美ちゃんね」

「ええ。植物情報アクセス権をタップしてみて」

「おおー」

「いい、読み上げるわよ。みんな同じだと思うけど」


 惑星美輝の植物情報は、天の河銀河情報システムにとって未知である

 植物をタブレットの前に置き、アクセス権をタップする

 植物が新種ならば、情報衛星に回収される

 分析を経て、提出した者の名とともに、情報システムに登録される

 同時に、登録者のタブレットに分析結果が表示される

 登録済みの植物であれば、植物は回収されない

 申請者のタブレットに情報が開示される

 新種登録数が五十に達した個体は

 情報衛星・植物分野への全アクセス権を獲得する


「うわー、なにこれ。すごいんだかどうだか」

「そうね、元のテキストがあって、それを翻訳した感じよね。直訳しかできていなくて、よく内容がわからない、って感じの」

「ああ、なるほど、そうかも」


 久美が読み上げる文章を目で追っていたが、何度か読み直して考え込んでいた幸人が声をあげる。

「植物情報アクセス権は、四人とも持ってたよね。これ、情報アクセス権の例示じゃない? アクセス権は多分たくさんあるんだよ、おとうさんは地質図とか年間降雨量とかがあるよね、条件は何かをクリアすることで、おとうさんは建築技術をクリアしてだろ?」

「あ、そうか」


 幸人がメモを確認する。

「おかあさんも何かあった?」

「私は、製薬でしょ、情報アクセスは製薬だけど、支援物資アクセスの方に、製薬機械というのがあるの。金額は十億円ね」

「うわー、それって」

「そうね、これって、この惑星で製薬をしなさいって意味なんでしょうねぇ」

「そうか、そういうことなんだね、技術と知識を持っている人を支援するってことか」


「ねえ」

 くるみが静かな声を出す。

「ここが。ここが本当に地球じゃないとして。他所の惑星だとして。人類がここの千人しかいないとして。私たちはこの千人でここに現代東京並みの文明を再現するってことなの?」


「え?」


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