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5.三二〇一号室 登別 (1)

3番手は、タレント登別宥佑と、お金持ちの娘である妻・由佳

宥佑については、割とどこにでもいる人間として成長しきっていないまま父親になった男性、として描いています

作者・倉名は、自分の欲望を制して相手の幸せを考えることができるようになった時に人を愛することができるようになったのだ、と思います。人をまるで自分の親のように”自らの望みをかなえてくれる相手”として”甘えている”間は、まだその人の”愛”は親を慕う愛である、と。

子を持ってもなお自分を優先する宥佑を一人前とは認めませんが、限られた世界のなかでも本能を失わないまま、奇妙な成長を遂げることになります

 

登別宥佑のぼりべつゆうすけ 人気タレント笹裕也

登別由佳のぼりべつゆか 乳児育児中

登別美緒のぼりべつみお 有佑と由佳の長女


 セレシオン成島・イーストは、三十一階と三十二階が5LDKになっていて、各三邸だ。

 登別宥佑の住まいは、三十二階の角を少し外したところから、南西の角一杯まで。三十階より下の階なら3LDKに2LDKを加えた面積を占めている。


 早朝四時、宥佑は突き上げる地震で目を覚ました。ガタン、ドシャン、ドン、バリンと、物が落ちて壊れる音が響く。少し遅れて赤ん坊の泣き声が聞こえる。

 チッと舌打ちをして部屋を出る。非常用足元ライトを頼りに、足で落下物を探りながら妻と娘の寝室へ向かった。


「由佳ちゃん、だいじょうぶ?」

 声を掛けながら手探りで寝室のドアを開けると、娘の泣き声と由佳のほっとした声がした。

「ええ、宥ちゃん。でも美緒ちゃんが泣き止まないの、電気もつかないし」

「停電だよねえ、すごい地震だったし。LEDライトとかある?」

「えーっとね、宥ちゃんのファングッズにそれあったと思う」

「取って来るよ、どこにある?」

「うーんとね、ファングッズのコーナー」



 登別宥佑は、芸名を笹裕也ささゆうやといい、もともとはアイドルグループのメンバーだった。メンバーとともにダンスを磨き、有名ヘア・デザイナーに髪を任せ、微妙にアンシンメトリカルでありながらも六人集まると調和する様式の真似しづらいファッションを工夫する。六人の個性を意図的に分け、その個性に沿ってアドバイザーに依頼してトークの訓練を重ねた。


 努力は報われ、ドラマや映画にも出演したが、俳優というほどの能力はないことに気付いた。

 人気が落ち着いたころ、じっくりと自分の将来を考えた。考えたうえで、かなり安易な未来を選び、ファンの女の子の中から金持ちの娘を選んで恋人にした。一介のファンから特別な恋人に昇格して舞い上がる登別由佳が妊娠したところで、登別家の養子に入った。

 今時養子に入るという表現も古いが、宥佑の場合はこの表現がよく似合った。なにもかも登別家の負担で派手な結婚式を挙げ、報道陣を招待してのアフターパーティは所属グループ“SUNDROP”(サンドロップ、太陽の雫)がホールの真ん中で歌って踊るというリサイタル紛いの”ショー・タイム“だった。盛り上がるだけ盛り上がった後は婚家の持ち物である高級マンションの最上階に悠々と住み、“妻と娘の為に”一年間の“芸能活動の中断”を楽しんでいる。



 由佳はアイドルグループのメンバーだったタレント、笹裕也、現在は由佳の夫である登別宥佑の単なるファンだったころから、ファングッズのすべてを大量に買い込んでいた。結婚後もマンションに持ち込み、一部屋全部をグッズの展示室にしている。


「ん、すぐ取ってくる。美緒におっぱいやってみたら? 落ち着くんじゃない?」

「うん、そうだね。それならすぐできるし」

 宥佑は、ステージで「ユウヤー」という女の子たちの絶叫を聴くのも好きだが、何より好きなのは歌って踊って、ちょっと気の利いたトークをする仕事で流れるように入ってくる金と、所属芸能会社へ届け出しないファンからの貢ぎ物であった。ファンを気持ちよく熱狂させることは誰にでもできることではない。生まれ持った特技と特性を効率よく金銭に交換するという合理的な判断で、その意味で有佑は己を知る男だった。


 今現在、由佳に対して”理想の夫“像を提供しているのも、いわば習い性となった彼の芸能活動の一面でもある。由佳に対して愛がないわけではないのだが、それよりもなお、由佳のトモダチ・ネットワークを侮ることができない。由佳の発信には有佑の豊かで楽な未来が掛かっている。

 宥佑は若い妻が求める理想の夫像を演じている。それを毎日二十四時間ともなれば疲れないわけでもない。娘が夜泣きするようになり、夫婦の寝室を妻と娘に譲り渡した形で、寝室を別にした。

 由佳がトモダチ・ネットワークに写真を掲載できるように、娘を抱いて妻が満足するまでポーズをとり、夫役を演じるのに飽きるとグループの仲間の誰かに連絡を取り、内輪の打ち合わせを入れて外出する。由佳が眠った頃に帰宅して、自分の部屋で好きなだけ魔獣バトル系ネット・ゲームに熱中する。


 宥佑のゲーム・プレイは、金にモノを言わせた力押しの部分はあるものの、ギルドに所属せずソロ・プレイで華麗な戦い方をするスタイルで、ゲーム内で名前が知れていた。ハンドルネームはジルバークロイツ(銀十字)。ネームにちなんで全身を銀色の武装で包み、鎧の上に羽織った黒いマントの背には銀の十字をデザインしている。セルフデザインの特別仕様だ。職業は聖騎士、もちろん自己回復とバフ・デバフを自在に操りつつ、遠隔攻撃は魔法、近接戦闘は剣と盾のソロ・ファイトをするためである。弱点は、多彩な技を繰り出せるものの、その多様性からひとつずつの技の熟練度が上がりにくく、一点突破力に欠けるところだ。

 だが、魅せる、という点については、文句なしだ。


 ファングッズが大量に並んでいる暗い部屋の中から、LEDライトを探すのは簡単ではなかったが、非常用足元ライトのほのかな光を頼りに何とか探し出し、自分用と由佳用にふたつ確保した。


「由佳ちゃん、ライトどうぞ。 大丈夫? 泣き止んだみたいだね」

「寝たみたい。ありがとう」

「うん、眠そうだね、一緒に寝ちゃえば? 俺、明るくなるのを待っていて、見えるようになったら少し片付けて由佳ちゃんが歩けるようにするから」

「うん、じゃあ寝るね、ごめんね宥ちゃん。朝になったらおとうさんかおかあさんが来てくれるから、無理しないで」

「ああ、安心して寝ているといいよ」


 宥佑は娘の泣き声が苦手だった。そして、まずいことに“男なら誰だって赤ん坊の泣き声なんて嫌いに決まっている”と、ある意味真実を突く言い訳を自分に与えていた。

 更に、感情を抑えて娘をあるがままに受け入れる能力に欠けており、そのことを自覚もしていない。否、そもそもそんな感情、親となって喜びや苦しみとともに子に向き合った時多くの人が見出す”人間としてのひとつの心のありよう” が “人の世に存在する”ことを知らない。


 自分の寝室に帰り、LEDライトを頼りにパソコンを立ち上げた。夜が明けるまでゲーム世界で憂さ晴らしをするつもりでいた。だが、ネットに繋がらない。イライラしながらスマホに手を伸ばしたが、そちらも機能しなかった。


 うへぇー、と声を漏らして、ベッドに横になる。そのままスッと眠りに入ってしまった。


えーっと、登別宥佑のモデルは女性が良く愚痴っている、夫・父親初心者です

会社の帰りに付き合いがあるとか言って飲み会に行く、妻も仕事をしているのに夜中に酔っぱらって帰ってくる、自分のYシャツのクリーニングも出さないのに、Yシャツどこ? とか言うような、妻を母親と間違っているような人々ですね

特定のモデルがいるわけではなく、あちこちで聞きかじった愚痴話を総合して作り上げました


タレントさんについては、どういう人がいるかですらほとんど知らないと言っていいですので、タレントの誰かをモデルにしたということはありません。えー、ちなみに、タクシー運転手と会話していて、「なんかすごい人ですね、女性ばかりですけど」「ああ、今日はふくやままさはるのリサイタルなんだよね」「えーっと? 歌手の人?」という、極端なレベルです。もちろん、帰宅してから福山雅治さんについてはばっちりネットで調べました! その後、その年の紅白歌合戦でご本人の歌うところもきっちり確認。優し気な声で囁くように歌うステキな男性でした

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