36.入植地の歓迎バーベキュー
くるみが三人の荷物をマウンテンバイクに預かり、四人で交代して押しながら歩いた。その間ももちろんおしゃべりは途切れることなく、夕方には栗栖家の新しい家にたどり着いた。焼き魚をたっぷり食べて大喜びの三人とともに夕食を囲み、セレシオンの現状とホービック教授の移動についてゆっくりと聞いた。
管理組合が運営委員会と名を改めたこと、プロジェクト制、クエスト、石黒が篠村と交代したこと、家庭菜園とテント、登別宥佑のダンス・チーム、話は尽きなかった。最後にホービック/カーワンの移住で話を締めくくるまで、それは三時間ほども続いただろうか。
「なかなか凄いですね。それだけのことを、わずか三か月ほどで? 驚きましたよ。私たちはもっと混乱した状況を想定していました」
「そうでしょうねぇ、すでにマンションの北は家庭菜園がはじまり、南は麦とトウモロコシを植えることになり、畑を耕すいい方法はないかとか話し合っていました。麦、トウモロコシ、クローバーの三圃農業になるそうですよ」
「三圃ですか、それはいいですね。でも牛がいませんからどうでしょう。本来、休耕部分には家畜を入れてフンを肥料とするコンセプトでしたよね」
「ええ。カーワンとホービックのおふたりが、鳥の家畜化を始めようとしていて、クローバー部分には鳥を放し飼いにする案が出ています」
「なるほど、そうでしたか。やってみないとわかりませんが、何とかなりそうですね」
「やるしかありませんからねえ」
それまでの何度かのバーベキューでたまっていた消し炭に新しく木を足しながら魚と野菜を焼いていた焚火も次第に小さくなり、使っていたバーベキューネットの上にはやかんが載せてある。お湯には食糧支援で手に入れたお茶の葉と、久美がブレンドした薬草が入っていて、誰でも好きなだけ各自のコップに入れて飲んでいいと言われている。
恐るおそる薬草茶の味を試した岩崎は、なかなかいい味だよね、と気に入った様子だ。
「そうそう、寺島委員長は、栗栖家はなにか思うところがあって、急いで旅立ったのだろうと言っていましたよ。そのあたりお聞きしていいですか?」
「ええ、いいですとも。
いろいろ考えたんですけどね、なんといっても第一の理由は、私たちは全員が一か所にまとまっていてはならないという幸人の説得を受け入れたからなんです。
幸人がワールドマップを持っていましてね、この惑星上に私たちしか知的生命体はいないのじゃないかというのです。それが本当なら、全員が一か所にいてはいけない、できるだけ早く分散して、全滅の危険を回避しなくてはならない。簡単に言えばそういうことです」
「なるほど、分散による危機管理ですか」
「そういう言い方をすれば、確かに。
離脱の提案をして、みんなと話し合っていると、次第に離れがたくなるでしょう? ですので、直ちに離脱したのです。話し合いが始まれば、全員がまとまっていなければならない、という意見に対抗できそうではなかったんですね。もめる前にやってしまえ、っていうのはちょっとどうかと久美は言ったのですけどねえ、幸人が時間が惜しい、もめてる場合じゃないなら危険を侵そう、とね。
まあ、うちの息子は突然強硬派の押し一辺倒になってしまいましてねぇ、久美も私もこれほど強く言うのだから、後の責任は私たちが取ればいい、徹させてやろう、ということになりました」
「うーん、そうでしたか。全く未知の新しい環境ですもんね
ウエストの長谷川さんが、われわれは未知の環境下にいるのだから、どの意見が正しいかわからない。誰でも信念に従って行動してみるのがいい、その中から道が見えてくる、という趣旨のことをおっしゃいました。
委員会もこの意見を採用して、集団からの出入りは自由ということになりました。栗栖さんご一家が、グリーンポイントに向けて出発して、しかもマップで到達が確認できたことが大きな影響力となったのだと思います」
「そうでしたか。到達できる自信はありましたけど、この建物が見えた時は本当にほっとしましたよ。
そうそう、くるみは最後まで智花さんに事情を話せないことを残念がっていました。こうして娘さんを連れて来てくださって、くるみの気持ちも晴れたことと思います、ありがとうございます坂上さん」
ゆっくりと、言葉を選びながら話す文人と俊彦を、栗栖家はちょっと父を睨みながら、智花はくるみの手にちょんと触れて、そして岩崎はたまにふんふんと頷きながら黙って聞いていた。
焚火に入れていた新しい木が崩れて、小さく火の粉があがる。
「理科系ご一家らしい意見なんでしょうねぇ。仮に栗栖さんがここに来ていなければホービック教授についても、委員会の考えが違っていたかもしれませんねぇ」
「そうですね、ホービック教授とカーワンさんにも何か確固とした考えがあるのでしょう。まだ小さなお子さんがご一緒なのに思い切って離れたのは、日本文化と故郷の文化の違いで摩擦が起きるのを恐れたのかもしれません」
「ええ、それはあるでしょう。ですが、鷺沼で稲作をやりたいというのは、教授の本来の姿ですよ。学者らしい頑固さだと思います。ここがフランスだろうが、日本だろうが、美輝星だろうが、ジョイック・ホービックはあくまでジョイック・ホービックだということでしょうね。
ご夫妻は、世界中のいろんなところに行っていて、研究仲間も世界に広がっているようでした。
特にアンさんは、古生物学の中でも花粉の専門家ということで、世界中でも数えるほどしかいない研究者のおひとりです。非常に特殊な世界に生きておられますから、たまたま日本にいて、転移に巻き込まれた形ですが、なにか違う情報か学問的推定に基づいて行動している可能性は高いと思っています。
確かに、栗栖さんのおっしゃるように、文化摩擦を回避する目的もあったのでしょう。私たちにとっては人当たりの柔らかい外人さんという意識でしたが、言語上のギャップもありますしね。
おふたりとも非常に賢い方です。米作りと鳥の家畜化の研究というのは、予見できるトラブルをむしろ好転する非常によい方法ではないでしょうか」




