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30.移動は緩やかに始まる:岩崎翔太、坂上俊彦、坂上智花

 

 富田一太郎と扶美子は、孫の岩崎翔太が栗栖家の後を追いかけて入植支援地に行くと言い出したことをさほど不思議とも思わなかった。言い出した岩崎の方が驚いたほどだ。


「おう、行って来い、それがええじゃろ」

「翔太はそう言いだすと思っていたよ、たまには顔を見せに帰って来てくれるわよね」

 祖父母の答えを聞いて、ふたりが自分を理解して、応援してくれることに感謝した。じっちゃんもばっちゃんも、意外と肝が据わってるじゃん、というわけだ。


 富田夫妻からすれば、まだ十七歳の孫をここにとどめておくのが嫌だった。孫よりもずっと先に死んでしまうであろう自分たちの手元にとどめておき、老人ふたりの面倒を見るようなことになるのは孫の未来のために避けたい。

 他の場所を見て、セレシオンを選ぶならそれはうれしいことだが、責任感に捕らわれず違う場所も見てほしい。本当のことを言うならばひとりで出すのは不安だ。気の合う仲間がいるなら一緒に送り出したいところだが、ここには同じ高校の生徒もいない。とすれば、今のところ栗栖家の行った先がもっとも安全だろう。少なくとも行き先に人がいるのだから。



場面転換:一二〇一号室 坂上


坂上俊彦さかがみとしひこ  高校の歴史経論

坂上麗夏さかがみれいか  派遣事務職

坂上智花さかがみともか  高校二年生、栗栖くるみの親友

坂上雅さかがみみやび   小学六年生

ビーグル犬 エドワード



 坂上家は生粋の成島町民である。少なくとも百年はここに住んでいたと証明できるらしい。「さかのぼれば享保十三年、吉宗公の御時」から始まる名調子の地域自慢が俊彦の祖父のお得意であった。もともと旧成島中学校近隣に住んでおり、セレシオン建設計画時の住民聞き取り調査にも参加した。


 一二〇一号室の四人と一匹にとって、転移当日は大混乱の二十四時間となった。俊彦と麗夏は和室に布団で寝起きしていて、洋箪笥は引き出しが飛び出してバランスが崩れて倒れた。

 ダイニングの食器棚は縦揺れに耐えられず、食器棚ごとジャンプ、着地した時に満杯の食器ごと前に倒れた。

 ベッドで寝ていた智花と雅はびっくりして飛び起き、雅は泣き出してしまった。弟を助けに行こうとした智花は、暗闇の中で転んで悲鳴を上げる。


 揺れではっと目が覚め、辛うじて身を守ることに成功した俊彦が箪笥の下から這い出してなんとか気を静めて動けるようになった。掛け布団で緩和され、飛び出した引き出しによって隙間ができていたといっても、衝撃は大きかった。娘の叫び声を聞いて、大声で「落ち着け、ただの地震だ」と、声をかけ、大声を出したことでわずかにパニックがおさまった。守るべき家族がいると自覚できれば防衛心理がパニックを抑制してくれる。


 懐中電灯を探し当て、まず麗夏をおちつかせて座らせ、智花と雅を和室に連れてきて、当惑のあまりクーンと鳴き声を上げるエドワードを雅に抱えさせ、四人と一匹は夜明けを待った。

 夜明けとともに歩く場所だけでも作ろうと片付け始め、外を見た智花が再び悲鳴を上げる。


 とにかくもう、何が何だかの一日となり、食事もとれないままに俊彦が様子を見にマンションの一階まで降りた。大先輩である寺島組合長の顔を見て、ようやく我に返った。


 まあ、これは普通の反応だろう。栗栖家の四人はあまりフツーとは言えない。

 彼らは、全員理系というあまりない構成の家族であり、さらに普通は女子に拒否されるであろう趣味の野営を家族全員で積極的に楽しんできたという、この世界で独立して行動するために必要な圧倒的な力量があった。



 岩崎翔太のステイタス・ボード説明会には麗夏と智花が出席した。その時は手を振っただけの親友・栗栖くるみから手紙をもらったことに智花が気が付いたのは五日目の朝、水を持ち上げようと俊彦と一緒に河まで行った帰りにふとポストを見に行った時のことだった。

 それ以来母と娘は。頭を寄せ合っては何かと話し合うようになった。

 管理組合が早々に組合テントを建ち上げ、組合プログラムとクエストを開始した時には、坂上家はまだ状況に十分ついて行けてはいなかった。管理委員会の「混乱が始まる前に立て直す」計画は成功方向を指していたようだ。

 誰もが、ご近所で立ち話をしながら、次第に状況を理解していった。


 長谷川プログラム「小学生と中学生を対象に義務教育を再開する。教室準備、教員募集」という掲示が出て準備活動が始まる。犬たちと一緒に河で遊んで、準備が始まった家庭菜園区画の間を走り回り、時に大人の目の届かないところまで探検に出かけ、長いながい「五月の連休」を楽しんでいた小・中学生にも休暇の終わりが近づいてきた。



 智花は意を決して岩崎翔太に相談の時間を取ってもらった。翔太は高三、智花は高二、高校生のひとつ先輩は大きい。先輩、よろしくお願いします、と頭を下げ、智花は椅子に座った。


「岩崎さん、栗栖家の後を追うということですが」

「だよ」

 じっちゃんが側にいない時、翔太の唇は最小限の単語しか紡がない。

「すいません、お邪魔にならないように一生懸命歩きます。私を連れて行ってください」

「は?」

「くるみは私の親友です。ご家族とも顔馴染です。決して拒否されることはありませんから」

 そう言いながら、くるみからもらった手紙に添付されていたマップの写しを見せ、目印に赤い布を結びながら行くというメッセージも伝えた。

「だめ」


「だめでしょうか」

「ふたりきりとか冗談じゃねぇ」

「えっと。では、もうひとりいれば?」

「考える」


 二時間後、再び岩崎翔太の前に智花が現れた。父を連れている。

「岩崎さん、もうひとり連れてきました。私の父です」

「はぁ?」

「連れて行ってもらえますね」

「う」

「いいですよね」

「うー」

 こうして、岩崎の旅の仲間は三人になった。

 無口系男子・岩崎翔太は、押しに弱かった……。


 坂上家は、小学生の雅を抱えている。初等・中等教育と同年代の子ども関係から切り離すことはいいことではないから、セレシオンをすぐに離れることはできない。

 だが、麗夏は、くるみの母・久美に好感を持っており、雅が中等教育を終えたら栗栖家に合流したいと考えている。それまでには受け入れてもらえる下地を作っておきたい。智花に父がついていくのもその第一歩だ。栗栖家と話をし、一、二週間滞在させてもらってから帰ろうと思っている。


智花、強い!

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