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28.組合テント開設:組合プログラムとクエスト

組合プログラム

公共事業に相当するものを、組合プログラムと呼んでいます

下水を通す工事、上水を引いてくる工事、建物の近くに上水を溜めるプールを設置する工事、

植物に名前を付け、図鑑を作る事業、各戸から本の寄付を募って、空き部屋に図書室を作る事業、

小学生に初等教育を施す、中学生に中等教育を施す、中学生以上に専門教育の基礎を施す

そんなかんじのが、組合プログラムです


面白いところでは、川辺にコンクリートの小型プールを作る、夕方から焼き石をいれて、お風呂にする、というのもあります。焼き石をプールに入れるのは火傷の危険のある仕事ですので、報酬はなかなかいいです。水着で入るお風呂ですが、男女別に二カ所作り、ストレス緩和に役立ちました。提案したのは次女がウツに苦しむ姿を見てきた刑部、なお入浴は予約制、入浴料は百円


クエストは、個人で発注して、組合に支払いを行い、組合が補助金を出すかどうか決め、やってくれる人を募集する、そうですね、冒険者ギルドの、FクラスとかEクラスのクエスト、という感じ

最初に出たクエストは、登別由佳による「笹裕也のバックで踊ってください」でした

バックダンサーの募集ですね、由佳がダンストレーニングをしましたし、宥佑も指導に参加して大人気、抽選になりました

 

 五月五日、転移後五日目。

 午後からセレシオンは活動的になった。管理組合は、細かい取り決めが完成するのを待っている場合ではない、もう見切りでいいから始めてしまおう、軌道修正はあとから、と決断したのだった。


 午後一番にイーストとウエストの間の公園部分に大型の催事兼用テントが立ち上がった。

 災害時の一時待機所として公園に張るように準備されていたイベントテントの内の一張りで、白の防水加工キャンバス地の屋根部分に大きく「東京都」と書かれている。


 テントの「東京都」の上を覆うように、

「組合活動は自由参加」

「今日から、イースト一階の店舗で、現金で買い物ができます」

 みかん調剤薬局 薬と衛生用品

 フラワーショップNarushima 蚊取り線香

 喫茶せれしおん コーヒー豆、一階受付窓口 災害備蓄品

 そして、その下には、詳しくは担当者に聞くか、チラシを見てください、とある。


 テント内には長机が三角形に設置され、内部には折り畳み椅子が置いてある。


 ひとつ目の机には寺島が座っている。

 寺島の背後には“組合プログラム:報酬は受注者個人に支払います”と立て看板があり、模造紙にマジックで“本日から開始する組合プログラム:自由参加”とある。

 その下に“椿プログラム 排水管の詰まり解決、および、下水溜めから河までの通水工事、同時に、河からセレシオンまで水を引く工事と生活用水のプールを作る工事”

 そしてもうひとつ、“石黒プログラム 高校生以上の希望者に数学、化学、物理、生物、地学を教える”とある。


 次の机には、刑部。

 “クエスト 本日は説明会及び、河から水をマンション階段口まで運ぶクエストがあります。報酬十リットルに付き三百円”。


 最後の机には、岩崎翔太。

 “タブレットの使い方教えます 無料” 

 “今日の担当は、岩崎翔太、斎藤嘉彦”

 その下に、“明日からのタブレット指南役求めています、日当は九時から十二時までで千円”とある。


 組合テントの設営が始まると、だれかれとなく手伝いの手が差し出され、その作業を行いながら立ち話で組合プログラムとクエストの説明も行われる。やがて川から水を運んでいた人々が参加し始め、次第に人が増えていく。


「河から階段下まで水を運ぶとアルバイト代がもらえるのか」

「そうです。こちらの十リットルのポリタンに一杯ですね。ナンバーが振ってありますから、河からここまで来たら立ち寄ってください。クエストは午前中で終わります。十二時になったら、その日の報酬を受け取りに来てください」

「自分の家に運ぶポリタンでもいいのか?」

「そうですよ、だってそこからどこに持ってったか我々にはわかんないでしょ?」

 そりゃそうだ、と合いの手がはいって笑いも出る。


「誰でも階段下から上まで持って上がって構いません。ポリタンは階段下まで返しておいてくださいね。明日からは、階段下から各住戸まで運び上げるクエストを受け付けます。各戸の階数と住人の年齢構成でクエスト完遂報奨金が決まっています。

 水を運び上げてもらいたい家庭の方、組合にクエストを申し込んでください。

 係数を出していますので、申し込まれた方へ支払額を提示します。組合からの援助金も出ますよ。どうぞご相談ください。

 階段上り下りで足腰を鍛えたい方に絶好のアルバイトですよ」


 うへーと言う声と、大きな笑い声が場を盛り上げる。「よっし、挑戦するぞ」「ふたりで組んでもいいのか」という声も上がっている。

「できるだけ早く、上階までポリタンを引っ張り上げる仕掛けを作りたいのですが、どなたか組合プログラムを主宰していただけませんか、チラシをご覧ください。

 と、笑いが残るうちに付け加える。三十階もの階段を十リットルの水を人力で運び上げるなんて何度もやりたいことではない。このクエストは単なる一時しのぎ、安心感の醸成にしか役立たないだろう。一日も早く生活用水を上に上げる仕組みを作り上げたいのは誰も同じだ。


 住民は、少しずつ外に出るようになっている。ペットの小型犬を抱えて降りてきて散歩に連れて行く人、子どもを連れて遊ばせに出てくる人、人が会えば立ち話が始まる。小学生は長い五月の連休になりそうなことにワクワクし、中学生はてんでに集まってはタブレットを操作している。

 タブレットは十歳以上の者の手元に届けられており、次に十歳の誕生日を迎える子がタブレットを受け取るかどうかは委員会にとって重要事だ。


 小学生は成島小学校、中学生は中川中学校に通っており、友だちであり、少なくとも顔見知りだ。そして、親はPTAに所属していたのだから、協調は取りやすい。



 セレシオンから西に三百メートルほどのところを北東から南西へと緩やかに流れる河は、ごく自然に成島河と名付けられた。テントの屋根部分には、毛筆の師範資格を持っている三史賀寿恵が“命名 成島河”と大書した紙が麗々と掲げられた。


 組合プログラムは、次第に多彩になっていった。

「家庭菜園をつくろう その一、占有区画を区切る」が出た。

 作業内容は、マンション南側野原を図面に従ってトラロープと輪付き杭で区切り、およそ百坪を三百区画、中央と東西および北に三区画の広場を仕切る作業と表示され、土木、建築作業経験者が集まって僅か二日間で完成した。


「家庭菜園をつくろう その二、二十五階以上にお住まいの方に家庭菜園区画の占有権を登録します」が出て、北の河から導水する疎水が引かれ、フラワーショップNarushima花と野菜の苗と種が買えるようになった。家庭菜園プログラムは、最終的に全戸分行き渡るまで続くことになっている。


 栗栖家の四人が入植支援地に到着したことを知らせる青い点がワールドマップで確認できた頃、寺島が秘したままにしているリーダーアクセス権からリクエストを行使して、ウインチを呼び出した。設置できる技術者がプログラム主導を申し出たのだ。ウインチはポリタンクの持ち上げに大いに力を発揮した。


 下水の仮通水の完成、そして成島河上流から水を引いて、用水プールにいつも水があるようになってから、セレシオン全体はぐっと落ち着いた。


 次に出たのは、「発電用小型水車の設置:設置できる技術者を募集します」という組合プログラムだ。「揚水ポンプに電力が供給できれば、各戸の水道が仕えるようになる予定です」と但書きがある。

 このお知らせは、セレシオンの全員が期待した。やはり、水は蛇口から出て欲しい。



 そうして一カ月ほど。

 登別由佳は、トラロープ張りの家庭菜園用占有区画に登録し、その土地にファングッズから探し出してきたヒマワリの種を植えた。登別宥佑すなわちタレント笹裕也の所属グループSUNDROPがアイドル時代からシンボルにしてきたヒマワリだ。


 笹裕也は、中央広場で朝からス小さなCDプレイヤーから流れる大音量の新兵訓練キャンプの掛け声とリズムをバックにストレッチと筋トレを始めた。何事かと近寄ってくる人々に、誰彼となく声を掛ける。

「みんな、一緒にやらないか! ワン、ツウ、スリー、からだ固まっちゃうよ!」


 宥佑にとってトレーニングは職業上の習慣だ。魅力的なボディラインを保つため、そして三時間に及ぶスタジアムでのコンサートを歌って踊り抜くためには、日々のトレーニングを欠かすことはできない。由佳もまた、宥佑の単なる一ファンだったころから、ダンストレーニングに励んできた、ふたりは娘美緒をゆりかごに乗せて時々覗き込んでご機嫌を確認しながら、一時間の筋トレをこなす。

 最初は由佳が個人クエストで依頼して笹裕也のバックダンサーを集めた。広場でSUNDROPのユーヤが踊っていると噂が広がると、「うわー、ほんもののユーヤ!」、「来てよかったと初めて思ったわ!」というファンから始まって、広場に集まって最初はおずおずと、やがてノリノリで参加する人は次第に増えていった。


 筋トレCDのあと、SUNDROPの数々のヒット曲を参加者とともに歌って踊るようになったころには、イーストの住民とウエストの住民の交流が増え、組合プログラムやクエストの発注申し込みもずいぶん増えた。寺島夫妻から、「セレシオン全体の空気を換えましたね」と賞賛をもらい、由佳は夫がこの世界でやっていけるかもしれないと、涙ぐみながら頭を下げた。



 委員会は、災害対応テントとベニア製の仮床を希望者に配布して、家庭菜園区画で短期居住できる準備を整える予定でいる。二十五階以上の住民を優先したのは、彼らなら毎日階段を上り下りするよりもテントで夜を過ごすことを選ぶ日もあるだろうと考えたからだ。

 昼間はテントで過ごして野外慣れするところから始めようとしている。その意味で、宥佑と由佳の果たしうる役割は大きい。


 住民は次第に外慣れし、大都市の生活で慣れ親しんだ数々の制約から解き放たれていく。ペットの小型犬はしばしば紐を外してもらって子どもたちと駆け回るようになっていた。やがて繁殖する個体が出て、混血し、生命力も強くなっていくだろう。


 組合プログラムが順調に進み、住民からクエスト依頼が出るようになって、管理組合委員会も、セレシオン運営委員会と名を変えた。


 石黒医師は、委員会からの引退を決めた。ウエストに麻酔医がいることがわかったので、まずは直近に予想される帝王切開の手術ができるように早急に環境を整えることと、医学生の養成に集中することに決めたのだった。


 副委員は調剤薬局みかんの奈良純が引き継ぐことになった。

 奈良はウエストのホービック農学教授に次いで、セレシオンで三番目にピエール・キュリの持つ惑星美揮全植物情報にアクセスする権利を獲得した。

 一番目はもちろん、ソリマチミキであり、登録数は数百に及んでいる。その状態をホービックと奈良は変だと思うのだが、アイザックやピエールには、そのあたりが理解できず、手が届いていない。


 奈良は開示情報を参考に、地球から持ってきた種や苗と、惑星美輝の植物との交配を重ねている。



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