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27.ミキとアイザック (二) 転移五日目

 

 M:アイザックおはようございます。今日のレポートです

 A:おはよう、レポートを聞こう

 M:昨日早朝セレシオンを出た氏族名栗栖の四名の離脱の手紙が

   組合に届いた模様です。組合はこれを受け入れました

 A:受け入れたかね


 M:はい。概要は、この世界では何が正しい行動なのか後になってみないと

   わからない。現在は自己責任でトライする者を組合は妨げない

   帰還もまた自己責任で判断、医療支援は惜しまない。とのことです

 A:珍しいね


 M:珍しいのですか?

 A:個体名・寺島忍には、リーダー権限を認め、次席は刑部健一郎

   リーダー権限にはいくつかの特別アクセス権が付属している

   大概のリーダー権限保持者は、これを失わないように集団の分散を嫌う


 M:そうでしたか。長谷川百合子、わかりますか

 A:個体名・長谷川百合子。法律家の百合子か

 M:はい。長谷川百合子は、弁護士という職業についていて、情報アクセス権は

   植物情報と、同時進行中の他の惑星の第一次移住集団の状態情報でしたね。

 A:そうだ


 M:百合子は、植物情報については公開していますが、他の集団の

   状態についてのアクセス権は誰にも話していない模様です

   非常に現実的な人で、いまだにここが地球ではないことについて半信半疑

   というところだと思われます

   彼女は、このような小集団で多数決を取ることは適当ではない

   と言ったそうです

   多数決はわかりますか、アイザック


 A:ああ、集団行動をとるにあたって意思が統一できない時

   投票や挙手によって、全体に関わる行動を決定することだ

 M:そうですね、大体そんな感じです

   弁護士は、司法という分野を担当しています。三権分立を参照してください

 A:今検索する……理解した


 M:最高裁判所大法廷の違憲判決多数決を採用していますが、全員がなぜ

   反対なのか、賛成なのか、意見書を提出します

   高等裁判所でも、殺人のような重大事件で、裁判員裁判になる時

   三人の裁判官で多数決もあるそうですが

   高裁でしたら最高裁に上訴できます

 A:そうなのか

 M:おそらく。 ピエール・キュリに確認してみましょう。

   理由は、多数決と個人の自由や正義は両立しないからです

 A:ふむ?


 M:ひとりのリーダーがすべてを決めるやり方を、独裁主義と言います

   集団行動を多数決で決めるやり方を、民主主義と言います

   どちらも、個人主義や自由主義とは異なりますので、全体の

   意思決定とは関りがない、あるいは害をもたらさない場所では、個人の

   自由が優先・保護される

   そういう考え方で司法は成り立っていたと思います


 A:ミキ、少し時間をもらいたい

 M:アイザック、いいですとも、もちろんです

   長谷川弁護士は、たった千人しかいない場所で、異常状態にあるとき、

   多数決は有効な手法ではない

   自由意思で、個人の責任で最適と思える行動を

   取るべきだ、その中から自然に正解が出てくる。というように話した、

   と聞きました。アイザックの参考になるといいですが

 A:ありがとう、ミキ。考えていたより複雑だ


 M:いえ、アイザック、私も法は医療に必要なだけ学んだだけで

   専門ではありません

   昨日一日、ずいぶん勉強しましたが、到底十分とは言えません

   アイザックの方がきちんとした理解に達するかもしれません

 A:そうだったか、それではまた明日

 M:はい



 反町美希は、ため息をついた。アイザックの人類文明理解度を上げていくのは楽な作業ではない。


 タブレットで四人の住民が徒歩とは思えないスピードでセレシオンから東へと移動しているのを見つけた時には、集団崩壊の始まりかとも思った。他の惑星ではすでに始まっていたからだ。

 だが、セレシオンは落ち着いていた。

 逃げ出すように離脱する人はおらず、食糧へのアクセス講習はすでに行われており、最初の難関になると思われた下水溜めが溢れる危機は組合管理委員会が解決を引き受けた。


 その流れで、モニター十人の誰も考え付かなかった、組合プログラムとか、クエスト依頼とかいうアイディアが出た。なんと、報酬を出して、地球でやっていたのと同じように、現金で買い物ができるように整えていく、という。経済活動を、交換でも兌換貨幣でもなく、いきなり紙幣とコインを使って築き直そうというのだ。

 まったく驚く以外ない。一体誰がこの組合のバックボーンなのだろう?


 四日目には、イーストとウエストの間の公園部分に催事用テントが立ち、組合プログラム本部、という看板が出た時には美希もテントに立ち寄った。そして、うーんと考えた後、石黒プログラム、すなわち「十五歳以上で中等教育を終えている住民を対象とした医療者になるための基礎教育」の講師として参加することを届け出たのだった。


 美希が麻酔医であることを知り、最も安心したのは石黒と堺だっただろう。医療教育で麻酔医を養成できるのはこの集団にとって幸い以外の何ものでもない。美希自身、それを予想していなかったわけではなく、セレシオンでの第一次移住に参加した理由のひとつでもあった。

 ただ。美希はこんなにも早く医療教育が始まることは到底予想できなかった。もちろん、一日でも早い方がいいのだ、医師だって人間だ。突然、死が訪れ、医師の生命とともにその貴重な経験と知識が失わるかもしれない。



 集団千人に対し、外科医1,歯科医1,麻酔医1,看護師1、薬剤師1。これを恵まれていると言わずに何と言おうか。アイザックは、ナミニアルミネンスマジョリテの船の乗組員を借り受けて転移させる集団の候補をあげてもらい、具体的にどの集団を移民させるか、アイザックなりに「慎重に」検討した。

 シロネとサクヤにも意見を求め、医療者を必ず含むように組み立てたのだが、ミキはそこまでは知らされていない。




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