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24.三日目 六〇七号室 栗栖 (四) そして四日目午前四時

 

「そうね、ユキの言う通りよね。迷っているうちに状況や人情にからめとられて何もできなくなるのが怖いのも確かよ。

 寺島さんたちに勝手な行動だと思われるのは嫌だし、何か事故があった時に医療から離れたところにいるのも怖いわね。けど、まあいいわ。この移住の計画を立てた誰かは、一定数の死者が出ることも計算済みよね、もちろん。

 すでに死者はふたり出ているけど、登別さんはぎりぎりで助けられたよね。

 行ってみてもいいわ。失敗する可能性は覚悟する。みんな、それでいい?」


 幸人がちょっと言葉を詰まらせる。姉が味方してくれたことが意外ではあった。姉が親友の智花より弟の自分を取ったようで、変な感じもした。だが、多分そういうことではないのだ。姉も多分科学者の資質を強めに持っていて、現状の危機に精一杯「論理的に」対応しようとしているのだろう。

 ねえさんは、おかあさん似? というと姉は怒るだろう。


「おかあさん、ありがとう。この計画を立てた人が誰か見当もつかないけど、少なくともタブレットを見る限り、ちぐはぐすぎるんだよ。正直言って頭がちょっとおかしい。でもできるだけ生かしておこうとはしているみたいだから、きっとこの入植支援地まで行くのはそれほど難関じゃない気がするんだ。

 食糧支援をしている誰かは移住者を生かしておきたいと思っている。その誰かが入植支援地を作ったんだろうから、たどり着けないような場所に作っているはずはないと思う、そうであってほしいと思うよ」


 文人は顎に力を入れて奥歯を喰いしばった。息子の示す道は、遠く苦しい。それを選ぶことが親子四人にとって正しいかどうかはわからない。だが、それでもいい、可能性に賭けよう。

 長いキャンプに行くと思えば。 家の四人なら、きっと。




 転移から七十二時間、五月四日午前四時。

 支援食糧・一日当たり千円の、使い残した金額が持ち越されることを確認した四人は、いつもの野営ウエアに身を包み、リュックを背負って各自のテントとシュラフを持って階段を下りて行った。

 マンション一階の集合郵便受けスペースにはいり、くるみは智花の一二一〇号ポストにかわいい封筒を入れた。揃いの便箋に書いた智花へのメッセージと、幸人が描いてくれたマップが入っている。

 文人は管理組合のポストに組合宛の文書を投入した。


 気が付いてくれればいいが、気が付かなくてもそれは仕方のないことだ。



 四人は、地下駐車場のワゴン車から二台の、駐輪場から二台のマウンテンバイクを引っ張り出した。

 普段はワゴン車に保管している久美と文人のバイクはキャンプ専用なので後ろに荷台を付けてある。タウン用にも使うくるみと幸人のバイクは駐輪場に置いてあって、キャンプの時だけ荷台を付ける。一台にふたり掛かりで、手早く荷台を取り付けた。

 各自の荷台にテントやシュラフを括り付け、文人はバイク・バッグに食器や調理用具を詰め込んだものをセットする。

 栗栖家にとって、野営場に行くときの標準装備だ。


 夜明けとともに四人はマウンテンバイクを地下から押し出し、東へ向けて出発した。

 なだらかな坂を上り、そこから下り坂になるところで、誰からともなくマンションの方向を振り返り、くるみが小さく手を振った。すぐに前を向いて坂道を下る。幸人が先頭でペースメーカーの役割を果たす。くるみ、久美、文人の順に一列で進む。



 栗栖家の家族全員参加のレジャーと言えば、閑散期のキャンプ場、いや、野営場で自分のやりたいことをやるだけの時間をすごすことだ。トイレと水場しかない、雑草が生えた単なる荒れ地の野営場を選ぶのは、キャンプ場に小型発電機を運んできて音楽を鳴らしたり、焚火を囲んで飲んだり語り明かしたりする人々と同じ場所でキャンプするのが、四人のテイストに合わないからだ。


 閑散期の野営場なら、本当に野外生活が好みの数人、野鳥や草花の観察に来ている人、写真家、夜明け前に山に登り始める登山や山歩きを趣味とする人など、朝が早いために暗くなれば寝てしまう人ばかりだ。 栗栖家の四人しかいないことだってある。


 久美と文人は、まだ恋人だったころから野営を好んでいた。ふたりとも複数台のパソコンや情報機器に取り巻かれて仕事をしていたし、職業環境もテンションが高かったから、週末にスマホ(その頃はまだケータイ)が通じないところでリフレッシュしたかったというのも本音だろう。


 くるみが生まれ、幸人が生まれ、乳幼児がいるころはやむなくファミリーキャンプ場を選んで、ワゴン車に家族タイプのテントを載せて行ったこともあった。だが、豪華で高価になるばかりのファミリーキャンプ道具には興味を示さず、くるみが自分のテントとシュラフを背負えるようになるや否や、ふたたび野営に切り替えた。幸人は文人が背負い、一緒のテントで寝た。


 ワゴン車にマウンテンバイクを載せて出発し、野営場に一番近い駐車場に止める。時として、そこから10km以上離れている野営場まで、坂道をマウンテンバイクで登ることもある。周囲を見て回って場所を決め、ひとり一張りのテントを立てればそこからは自由時間だ。食事時間以外はそれぞれやりたいことをやる。幸人はマップを見ながら地形図を描くのが趣味だし、くるみは植物のスケッチが好きだ。久美と文人は、ただ空を見ながら並んで横になっていることが多い。気が付くとうたたねしている。恋人時代と同じだ。


 あるいは、少し大きな縦型ザックを背負い、電車とバスを乗り継いで最後は歩いて野営場にたどり着く。自分のことは自分でやり、食事の時だけ集まる。

 彼らにとって、それはおなじみの野営時の行動だ。いつもは長くて三泊、それが家族四人全員が同時に取れる休暇の最長だった


 だが、今回は。


 目標地点までおそらく三百キロ以上宿営適地を探しながらマウンテンバイクで進む。食糧支援がなければ到底できないことだ。

 たどり着ければ、そこには住める場所が準備されていると思われる。そして、そこで、製薬支援と土木・建築支援を使い、セレシオン成島の「離れ地」を創設するのだ。

 多くの人類がたどってきた、食料や土地事情による止むにやまれぬ母集団からの離脱や、権力争いに敗北した逃亡ではない。栗栖家の四人は「積極的分離」を実行しようとしているのである。




栗栖文人が組合に残した手紙


ベルビュー管理組合御中


 六〇七号、栗栖です。いつもお世話になっています。

 一昨日以来、組合委員の方々のご苦労には頭が下がる思いです。本来直接お会いして説明するべきであることは重々承知しておりますところ、文書で失礼いたします。


 私たち四人は、幸人が持つワールドマップが示す入植支援地に向けてマウンテンバイクで出発します。

 娘と息子は、この移住計画を作った人は私たちに極力生き残ってもらいたいものの、支援はどうするのが一番効果的なのか迷いがあり、ちぐはぐだと言っています。息子によれば、たとえば我々と同じ感性を持っている人々が作っているゲームなら、もっと日常がわかっている、このタブレットの支援は不自然だとのことです。

 できるだけ早く入植支援地にたどり着き、それを確認したいという思いもあるようです。


 地図を添付しますが、ワールドマップはランダム付与となっているそうですので、他にもアクセス権持っている方はいると思います。私たちがたどり着けたかどうかは、青い点を確認していただければわかります。たどりついて落ち着いたら、一度帰ってきます。

 必ずまた、お会いできるものと信じています。


五月四日 午前四時 六〇七号室・栗栖文人、久美、くるみ、幸人


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