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23.三日目 六〇七号室 栗栖 (三)

 

 久美が隣に座る文人の顔を覗き込むようにして尋ねる。

「文さん、文さんはどう思ってるの、やっぱり行く方がいいと思うの?」

「久美ちゃんはどう? 行きたくない?」

「うーん。正直言ってわかんない。知っている人たちから離れるのは怖いわ。ここなら常識が通じるでしょ?」

「おかあさん、その常識は、地球にいればこそなんだ」 と、幸人。

「ああ、そう、そうね。

 つまり、今は非常の場合なのに、私は知っている範囲の常識にしがみつこうとしているのね」


「久美ちゃん。難しいと思うけど、子どもを守る母親という立場を捨てて考えてみて。

 君は有能な薬学研究者で、つまりは科学者だ。科学者としてこの千人の集団が、異星に送り込まれたと想定してみてくれないか。

 家族はいないとする、千人の集団の中で研究者グループを率いているとしたら、君はどうする」

「もう少し考えさせて。 文さんの意見を聞きたいわ」


「そうだね、ここは考え方を変えれば、人類にとっての新天地ともいえるだろう?」

「文さん、それはさすがに大げさじゃないの?」

「いや、久美ちゃん、そうでもない。ここにはおよそ千人の人類がいる。この星がどんな星かわからないということは、メイフラワー号でアメリカ大陸に上陸した清教徒ピューリタンのようなものだと思ってみて?」

「え、う、うん」


「でね、知っているでしょ、人には生まれたところに死ぬまで住み続ける人と、久美ちゃんや俺のように生まれた土地を出て知らない場所に行きたい人がいるってこと。生まれた集団から外に出る人の割合は、特定の集団のうちの五から二十%だった?」

「うん。人の集団があれば、それは必ず分裂して一定割合の人がそこから新天地を求めて集団から出る。集団の人数が小さいと割合も小さくなる。

 その場に残る人がいないと出た人が失敗して全滅したときに取り返しがつかない。出る人がいないと生存圏が広がらなくて、一度の災害や一種類の伝染病で全滅する可能性が高い。だからどんなに保守的な集団を作っても、必ず新天地を求める人が出てくる、ということよね」


「そうだね。ここは新大陸、このマンションはメイフラワー号、そして、うちの四人は新天地を求めて移動していく開拓者だと思ってみたんだよ、俺は」

「うーん、文さん……」


 幸人がさらに母を説得に掛かる。

「おかあさん、ここの千人の年齢構成と災害備蓄がどうなっているかわかんないけど、いつか食料は無くなるし、食糧支援も四百二十日、おそらくこの惑星の一年間で終了だ。とすれば、組合主導で農業が始まるのは当然だよね。

 でも、おかあさんのアクセス権には製薬機器がある。おとうさんは建築・土木だよね。全員参加の農業をやっている場合じゃないんじゃないかな。

 おとうさんは、今のところいつまで使えるかわからない支援が使えるうちに建物を建てた方がいいし、おかあさんはみんなが持ってきた薬が無くなる前に製薬を成功させた方がいいと思う。

 支援が切れたら一から始めるのは大変すぎるのに、セレシオンにいる限り食糧生産に参加して限られた時間を潰し続けることになるんだ」

「うーん」


「おかあさんなら植物を交配して新種を生み出すこともできるんじゃない? 最初は地球から持ってきた種を蒔いたり、プランターの植物を地植えするとしても、それがここの土壌や気候の条件に合ってるとは限らないじゃないか。

 マンションの人たちが協力して農業や酪農を始めるとしても時間がかかりすぎるよ。長く待っていたら、間に合わなくなる」


「間に合わない、ね……」

 久美は文人が淹れて差し出してくれたコーヒーをすすりながらじっと考え込んだ。くるみが黙ってチョコレートを母の前に置く。


「正直に言って、私は幸人が正しいかどうかわからないわ。

 そうね、幸人は十五歳よね、そうね。そうね、ほんの二百年前なら、もう成人なんだっけ。その頃なら旧暦だし数え年だったら、もう十六歳だもんね」

「何言ってんの、おかあさん? よくわかんないよ」

「あ、うん、くるみちゃん。ひいおばあちゃんの頃の話よ。昔は生まれた時には一歳って、数えてたんだよね。それで最初のお正月に二歳。今みたいに誕生日って言わなくて、全員お正月に年を取る、って、そういう時代もあったの。それほど昔じゃないわ」

「へー、そうなの?」

「うん。それで、確か商家の子は十三歳くらいで他所の商家に修行に出るし、お坊さんになる子はもっと早かったはず。武士の子の初陣も十三とかじゃなかったかな、よく覚えてないんだけど。今の年齢なら十一から十二くらい?」


「なに? その頃ならユキももう大人って言いたいの?」

「うーん、よくわかんない、混乱してるかも。

 でも、幸人の言うことに一理あるから、認めたいとは思うの」

「そうっか。おかあさん、年齢カンケーないよ? うちの家族の四分の一はユキでできてるんだよ。ほら、おかあさん的に言えば、家族の25%は幸人なんだな」

「う、うん。変な言い方だね」

「そうかな。おかあさんが育てた子だよ。信頼していいんじゃないの?」


 文人が、なんだか驚いたようにくるみを見ている。幸人はあっけにとられたように姉の顔を見つめている。弟に対して結構辛辣だと思っていた姉・くるみだが、家族のメンバーとしては幸人を信頼していたようだ。これはすごい発見かもしれない、とふたりは思っている。


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