22.三日目 六〇七号室 栗栖 (三)
タブレット操作説明会に参加し、住人たちとともに階段を上り階段口で挨拶をして六〇七号に帰ってきた四人は、何はともあれと夕食を取る。
水が自由に使えないのは確かに問題だ。栗栖家では食器を洗わなくて済むように紙コップや紙皿を使用したり、食器の上にラップを敷いて使用後にはラップを捨てたりすることで極力水の使用を控えてはいるが、衛生面では手洗いの回数が減る、お風呂を使えないなど多くの問題がある。管理委員会から、下水を河に繋ぐまで持ちこたえてほしいという要請もあった。
食糧支援にペットボトルの水二ℓがある、という情報はありがたいものだったが、五百人がトイレを流せば、あっという間に汚水溜めが溢れてしまうだろう。と言っても、二十階や三十階から、トイレの度に一階まで降りてまた登るというのも現実的とは言えない。
幸人の主張は変わらない。できるだけ早く入植支援地に出発し、必ず到着する。
そこで久美は植物の登録に集中し、五十種の新種植物を登録し終わって情報アクセス権を拡大する必要がある。
文人は土木・建築関連の援助アクセス権をここ、セレシオン成島で使用すべきではない。金額分の支援はすべて入植地で使用すべきだという強い主張を曲げていない。
食事の後片付けを終え、お茶を前にソファに座る。
「じゃあ、幸人、再開しようか。考えは変わらないんだね」
文人が口火を切る。
「そうだよ、おとうさん」
「くるみの意見を聞こうか」
くるみは今日一日幸人の主張が頭から離れなかった。セレシオンには小・中学生の時からの同級生が二人住んでいる。男子と女子ひとりずつだ。男子の方は私学の男子校に進学して交流は絶えている。だが、坂上智花は高校でも同じところに通学するようになり、お互いに親友だと思っている。その智花に事情も知らせず立ち去るのは辛いことだった。
こういう幼友達は、時として生涯交友が続くことがあるため、親である久美と文人としてもくるみの気持ちを蔑ろにしたくはない。
「うーん、つらい」
「そうか。くるみは残りたい?」
「ううん、そういう訳じゃないよ。
おかあさんに集団でやる農業は難しいんじゃないかと思う。おかあさんは生きるのが下手な人で、すぐに余計な仕事を引き受けちゃうし。
今の仕事みたいに、少人数で研究をする方が有効だと思うよ。そこはユキと同じ意見」
「くるみちゃん、ひどい」
「じゃあ、おかあさん、違うって言える?」
「うーん」
くるみは今日一日考え迷った筋道をもう一度辿る。
「行くなら智花に手紙を書いてもいいかな」
「ああ、それはかまわない。友達に黙って立ち去るのはいいことじゃない」
「それで、行き先を書いてもいい?」
この問いには幸人が答える。地図を描き写すのは幸人の役割だからだ。
「ああ、それはいいよ。でも、直線で二百五十キロだよ、俺たちは行ける。ワールドマップがあるし、マップは拡大できるから地形が予想できる。
マウンテンバイクで行くつもりだけど、それもキャンプした時の荒れ地で乗り慣れているからだ。キャンプ経験も長いし道具もそろっている。
でも、どうかな、誰でも野営できるとは限らない。焚火しちゃうかもしれない、何がいるか、どうなるかもわからない世界で。
謎の思考をする奴がいて、車で走り回ろうとするかもしれないよね。レッカー車もないのに。スタックしたり事故ったりしたらそこから歩いて帰れるのかよ、文字通り野垂れ死にってやつだ」
「わかった、焚火注意とも書いておく。車で走り回ってるとゾウやサイとぶつかるかも、と書いたらいいかな」
「あはは、それいいね。サファリ・パークじゃねぇけどなぁ。まあ、わかってもらえるといいけどな。じゃあ、行くと決まったら地図を描いてやるよ、距離も書くからな。来なかったら諦めろよ。アネキにできる?」
「うん、そこは思い切るよ。ってか、アネキって言うな。決めるのは智花と智花の家族だよ、私は情報を提供するだけ」
「それならいいさ」




