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20.登別宥佑の帰還

 

 怒涛の作業量に押されて、登別宥佑については完全に忘れ去られていた。タブレット操作説明会の後、登別由佳が遠慮がちに講習会に同席していた富田副委員長に夫の不在について訴えるまでは。


「あの、富田さん、ですよね。申し訳ないのですが」

 美緒を抱いた由佳が、気弱に話しかける。

「はい、何か?」

「あの、すいません、お忙しいところをすいません。あの、夫のことなんですけど」

「はい」

「あの、最初の日に、水を探すと言ってここを離れたらしいのですが」

「おお、そういえば。ちょっと待って。 おい、翔太、ちょっと」

 部屋を出かけていた翔太が振り返る。

「あ?」


「おまえ、マップが何じゃら言っておったの。青い点がどうとか」

「それが?」

「こちらの、登別さんのご主人だがの、確か最初の日に水場を探すと言って外を見に行ったんだの」

「なんだとー! ひとりでか、あほかそいつは! そもそも河がマンションのベランダから見えるだろう! 最初の日? もう三日じゃないか!」

 翔太が慌ててマップを開き、ワールドマップからセレシオンを中心にしたマップに切り替えた。

「あ、いる」

 由佳と富田が緊張の面持ちで見守る。周りの人々も心配げにしている。


「あ、あの」

「ああ、すまねぇな、ご主人を心配してんのにひでぇこと言っちまったか。すまねえ」

「いえ、何と言いますか、皆さんが止めてくださったのに無理やり出たそうで」

「ああ、青い点がひとつ、北東にある、生きてるのは確かだ」

「そうでしたか、ありがとうございます」


「いや、奥さん、動けなくなっているかもしれません、こちらで迎えに行きましょう」

「え? いえ、そんな」

「奥さんに一言もなく出たのだし、出入り口で寺島君と斎藤君が止めたとも聞いておりますからのう、遠慮なさるのもわかります。ですが、命にかかわります、何が起こるかまだ十分にわかっていない場所ですからね、救助に向かいますよ」

「すいません、すいません、本当に申し訳ありません」


 結局、地下駐車場の車の中からランドクルーザーを選び、持ち主と交渉した。持ち主はウエスト三四〇一の嶋中で、自分の車だからと運転を引き受けてくれた。嶋中は「ガソリンさえあるなら周りの様子を見てこられるのですがね、あはは」と笑いながらも、ちょっとそこまで迎えに行くくらいお任せくださいと言って、地下から車を出してきてくれる。


 警備員の斎藤が助手席に乗り、ふたりで登別の救助に向かった。

 足首を挫き、木にもたれて座っていた宥佑はすぐに見つかり、近づくランクルのエンジン音にLEDライトを振ったらしい。ふたりが両側から肩を貸し、後部座席に足をあげて座らせてもらってセレシオンに帰還した。


 真っ青になって待っていた由佳は、宥佑を見るとすっかり顔見知りになった堺看護士に美緒を預け、ランクルから助け出された夫を前に大きく手を振りかぶって思い切り頬を殴った。グーである。

「まあまあ、奥さん、怪我人ですから」

 宥める石黒を振り切るようにして叫んだ。

「宥さん、離婚です!」


「はいはい、奥さん、離婚は組合で受け付けますから、とりあえず捻挫の手当てをさせてくださいね」

 石黒が、冗談だとわかるように笑いながら、由佳を説得した。

 手当の後ゆっくりする暇もなく、宥佑は妻に平謝り。ぷんぷんする由佳にただひたすら謝り続けたが、三十二階の自宅に立てこもって中からチェーンを掛けた由佳を懐柔するどころか、捻挫の足では階段を上ることができず、夫婦は当分別居となった。

 堺看護士から美緒を頼まれた斎藤が、苦笑いしながら由佳に届けるためにに長い階段を登る。


 宥佑の脱走も全く無駄というわけでもなかった。捻挫してからほぼ丸一日、タブレットをいじり倒しているうちに、移動することによってアクセス権に地図が追加されて、移動した範囲がマッピングされることに気が付いたのだった。この情報は即座に公開され、両棟の一階ボードに赤い枠付きで掲示された。

 宥佑は支援食糧アクセス権もすでに行使していた。レジャーシートに座っていたことから簡単に水や果物を手に入れており、翔太が難関だと思っていた受け皿を用意するという壁を楽々と越えていた。


 これを聞いた翔太と斎藤は“運がいい奴っていうのはいるもんだな”と頭を寄せ合って頷き合ったたのだった。


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