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19.三日目 一階会議室 (三)

 

「よろしいですかの、今のがこちらからあちらへ送る手順です。あちらがどこかわかりませんがの。

 食糧を入手するにはちょうどその反対のような操作をいたします。 翔太?」

「うん、いいかな。えっと、リストまで進んでください。

 そこで、トレイとかお皿とかをタブレットの前に置いて、あ、水平に保たないとダメだけど、リストから選んでタッチ。俺はいま、リンゴとキャベツを選びました。確定と出るのでタッチします」

 トレイの上には薄い銀光が現れ、形を成して数秒でリンゴとキャベツが現れた。


 五人の委員は、声にならないため息のような、唸り声のような音を唇から漏らしながら翔太の前に現れたリンゴとキャベツに触ってみる。手から手へと渡し、順に手触りと匂いを確認している。

「お気持ちはわかりますよ。リンゴを切りますので、皆さん食べてみてください。大丈夫です、私と翔太はもう食べてみました」

 富田がそう言いながら、リンゴを切り分けて取ってもらう。寺島が真っ先に口にいれた。


「リンゴですね」

「そうですね、ちゃんとしたリンゴです」

「これが食糧支援ですか、どうやって現れたかわかりませんが、食べられるなら」

「そうですね、食べられるかどうかだけが問題ですよね」

「そういうことです」

 誰もが驚くしかないのだが、それよりも。 システムがどんなに不明だろうと、今はただ少なくとも420日は新鮮な食料が全員の手の届く状態であること、これこそが重要なのだ。これで集団崩壊の危険率は低くなる。


 次にくる問題は、誰かが他の人を脅迫なり威迫なりして、あるいは暴力で、他人の食料まで手に入れようと「思いつかないように」することだ。寺島は瞬間で集団全員を「善良なまま」「忙しくしておく」手段を考え始めた。暇を持て余すと人はろくなことを考えない、何かやること、やりがいのある課題、「自分はこの集団内で価値ある人間であり、なくてはならない人材のひとりであると考えられるよう」、「チームを組んで活動できる計画、“アクション・プラン”、“チーム・プログラム」を提供しよう、と。


 寺島は、中学・高校で生徒会長、大学ではラグビー部のキャプテン、仕事では砂糖組合の代表を務めてきた。チームをまとめ、全員に「適性ごとに仕事を振り分け」て、「全員を重要人物にする」という考え方は、寺島にとって集団に接するときの基本原則であり、長い経験を経て流れるように処理できるようになった実務である。


 差し詰め、今は非常糧食の配布について考え直さなくてはならない。さらに、刑部のみならず多数の住民のストレスになっているだろう、水の供給と下水の処理をこれに絡ませて解決しようという案は、すでに寺島と刑部の話し合いの中から出ている。

 ここからだ、ここで間違えないようにしないと。

 実際に作業する人に対して公平で、それでいてすべての人に利益があるように組み立てるのだ。


 水の供給は、突然一部解決したといってもいい。支援食糧リストの最後に、飲料水ペットボトル二ℓが、一本当たり十円と表示されていたのだ。ひとり一日十本、二十ℓ購入すれば水を持ち上げる緊急性は大幅に低減するだろう。



「まずは、全住民が確実に水と食料にアクセスできるようにしなくてはなりません。これについてはすぐにも、岩崎君と斎藤君に依頼して、イーストとウエストの三階で説明会を開いてもらいたいと思います。刑部さんが、説明会に参加するようにとチラシを作りますので、みなさん、住民の方々にもご協力願って、早急に各戸に確実に届けてください」


「食料が個人に供給されるなら、非常用備蓄物資は現金で売ろうと思います。これについては個人の金銭を使ってもらっても構いませんけれど、組合の金庫に保管してある現金を使おうと思います。

 組合で保管している現金を住民に支払う方法としては、組合がプロジェクトを提案して、参加してくださった方に、何と言いますか、一種のアルバイト料、報酬を出してはどうかという腹案を持っております。短い時間で刑部さんとアイディアを出し合ったところですので、日を改めて皆さんと検討したいと思います」


「この組合プロジェクトの最初は、下水を西へ、河まで通すことです。

 次に、河の上流からここまで水を引いて来て、生活用水を確保しましょう。えー、今現在、すでに河から生活用水を運んで来ている方々がおられますので、ポリタンクを配布したいと思いますが、この点は皆さんよろしいですね。

 委員のチームワークが命綱です。食料と水が不足すると暴動の可能性がないとは言えません。どうぞご協力を」


 タブレット操作手順を周知して、個人が水と食料を確実に入手できることが最優先だ。そして次が下水、上水であることも疑いがない。まずそのふたつから解決するべきだ、これについては全員が一致していた。

 刑部が、タブレットで食料が手に入ること、全員が説明会に参加すること、その場では下水工事について説明会と人員募集をすることを記載した文書を作成、印刷機を稼働して五百枚のチラシを作った。

 それを持って再び各戸訪問が行われたが、ほとんどすべての住人が外に出てきて説明を聞いたイーストでは短時間で作業が終わった。


 イーストでの作業を終えた三人がウエストに協力し、情報が全住民に行き届いたのはすでに午後五時、説明会は三階大ホールにすし詰めで敢行された。食糧事情が好転し、誰もがほっとした。

 実際に支援食糧を手にするのは、自宅に帰って「落ち着いて操作に集中できるように」ドアにカギを掛けて、できるだけ家族全員でやってみるようにと遠回しに慎重な注意が与えられ、操作手順のフロー・チャートが渡された。

 帰宅時に懐中電灯を持ってこなかった人々には緊急物資からLEDライトが、希望する人には水を運ぶためにポリタンクが配布された。


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