12.一〇〇四号室 富田
富田一太郎 管理組合副組合長、先代組合委員長
富田芙美子 一太郎の妻
岩崎翔太 一太郎と紅子の孫、娘の長男
岩崎翔太は、イースト管理組合副委員長・富田一太郎の孫。高校三年生の五月の連休を祖父母のマンションで過ごしていた。
転移を現実のものとして受け入れた数少ないセレシオン・ピープルの内のひとりだろう。翔太はちょっとヒッキー気味のところはあったが、普通に高校生活を楽しんでいた。今の子らしく、幼稚園児の頃からゲームに親しみ、サッカーの日本代表は知っていても野球はルールさえ知らない世代に属している。
転移一日目の夜、翔太は祖母に、じっちゃんが帰るまで俺が待ってっから寝ろ、と不愛想に告げて寝かせ、祖父の帰りを待っていた。祖父はもう日付が変わるころ、疲れた表情でなぜか米の袋を抱えて帰ってきた。
「なに、米?」
「ああ、石黒先生からだよ。先生の所は備蓄があるし奥さんが留守でひとりだからとね」
「ふーん」
翔太は、祖父を待ちながらダイニングでレポート用紙に向かってなにやら表のようなものを作成していた。
「遅くなったのに、待っててくれたのか、ありがとうよ」
「ああ、じっちゃん、ちょっとマジ話あるんだけど、いいかな」
「おお、なんだ」
「これ、マジでマジ話なんだ」
「おう、マジ話な」
「オレさ、今日一日大体タブレットで遊んでたじゃん」
「おお、そうか」
「んで、まあいろいろわかったんだけどさ」
「そうか」
「そんで、じっちゃん、ここの太陽はアイザックっていうらしい」
「おお」
「ここはアイザック星系の美輝星で、月は二個あって、遠いほうがカグヤ、近いほうがサクヤだ」
「はあ」
「じっちゃんにもタブレット見てもらいたいけど、疲れてるなら明日でいいぜ」
「そうか、いや、気になって眠れんだろうのお、すまないけど少し説明してくれるか」
「いいぜ。じゃあ、極力簡単に」
「それそれ、極力簡単で頼む」
祖父と孫は向かい合って座り、祖父は孫の指がまるで手品のように次々と情報を表示していくのに精一杯ついて行った。
「ふーむ、ここのアクセス権というのがもっとも重要なところかね、翔太よ」
「いや、重要と言えば全部だけどね、ばっちゃんにも見てもらったけど、人によって違うらしい」
「ほう?」
「俺には、個体履歴の所にランダム付与・探索者というのがあって、たぶんそれに対応してアクセス権に、ワールドマップがあった」
「なに、ワールドマップだと? 地図だな、ここの地図か」
「うん、そうみたい。オレにしか見えないから、描き写しておいたよ」
「ちょっと見せてもらえるか」
翔太は黙って地図を差し出す。
「ほうー、これはこれは、これはもう、本当に……」
「うん」
「石黒先生がな、まだ暗い内に空を見あげたら、星座がない、ここは南半球かも知れん、と言うていた。だがなあ、これはなあ」
「うん」
「……すまないね、翔太、とりあえずここまでにしてくれるか、待っていてくれたのに悪いが」
「うん。一杯いっぱい、だろ?」
「そのとおりだよ、翔太が頼りだのお」




