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10.非常事態対応組合管理委員会議 イースト二階 (二)

 

 全員がタブレットを持って再び集まったのは、一時間ほど後だった。寺島と富田はそれぞれ昼食の差し入れだと言って、申し合わせたようにサンドイッチの包みとコーヒー入りの保温ポットを持ってきた。「朝から何も食べていないから、妻から差し入れですよ」、「女房に持たされましてね」、と言いながら机に広げる。寺島の妻も、富田の妻も、まだご飯を炊くところまでたどり着いてはいないものの、湯を沸かすことはできるようだった。

 四人は、サンドイッチに手を伸ばしながら少し肩から力が抜けたようで、富田の話を聞いている。


「はぁ、つまり、ここは地球じゃない、とお孫さんは言っているんですね」

 と、石黒。医師であり、現実的な人物でもあるだけにこの合理的ではない説明をそう簡単には受け入れない。ただ、夜明け前の空を見上げて知っている星座がないことを確認しているから、若干の許容力がある。


「まあ、そういうことなのですが、翔太の話はそれほど簡潔でもないのでして。

 私の時代にもSFがありました。たとえば、エドガー・ライス・バローズ。覚えておられますか」

「ええ、火星とか金星とかに行って冒険する娯楽小説ですね」

「さすがは先生、記憶力は抜群ですなあ。その冒険物語のようなことが起こったと言いまして。

 翔太は、何かの力が働いて、マンションごと他の惑星か、同じ地球でも過去か未来か、さもなくば別の世界に飛ばされたと言うておりまして」

 はぁ……。三人の間にはため息のやり取りしかなかった。警備員の斎藤は若いだけに思い当たるところもあるようだ。ただ、この場での自発的発言は立場上できかねる。



「気になりはするが、この話は後回しにするしかない。俺たちはまず住民の安全確認をしなきゃならん」

「ああ、そうだな」

 三人は非常に現実的で実際的な人々であり、責任を果たすことを優先した。



 セレシオン成島のイーストとウエストの住民は、合計およそ千人だが、連休中だったので家を空けている者もいただろう。一番の問題となるのは、この異変によって、怪我で動けなくなっている者や、悪くすると家具などの下敷きになっている者などの要救助者だ。電話もスマホも通じない状況だから、一軒ずつ訪問して、本人を直接確認するという旧来のそして最も基本的な手法を選択するしかないのだった。


「午前中、玄関先に出張でばって、出てきた住民に部屋番号と家族構成を聞いた。そのリストがこれだ」

 寺島は、レポート用紙を五枚ほど広げた。

 富田が階段から降りてきて話をした旧知の住民についての安全情報を追加する。

 石黒は、治療記録を提出した。看護士の堺灯里さかいあかりが協力を申し出てくれたこと、来室したのは軽い怪我人のみであったことを簡単に説明する。避難訓練時には、四階会議室に救急介護室が設置されることが知らされるし、入居時にはパンフレットも配られる。だが、エレベーターは動かないし、救急車に連絡もつかない状態だ。単身の重傷者は身動きできない状態にあるかもしれない。


 まずは、全住民の安全確認だ。

「パソコンは生きてるが、プリンターの電源がね。後でここのジェネレーターとバッテリーを稼働させて、電源を確保しよう。情報を共有しなくちゃね」

「戸別訪問は、私が警備の斎藤君と組んで奇数階をやりましょう、斎藤君お願いしますよ。寺島君は石黒先生と組んで偶数階でいいですかね」

「それで行きましょう。一階終わるごとに階段室で落ち合って、結果を交換するということで」


 電気が来ていないのだから、玄関の呼び出しベルも機能しない。一戸ずつ住人の安否を確認して回るのは楽な仕事ではないだろう。管理組合委員と、警備会社派遣員の長い午後が始まる。


 セレシオン成島、ツイン・タワーのイーストは、主に成島町の住民で構成されている。敷地が旧成島中学校で、成島町民に優先的に分譲された経緯があるからだ。

 土地所有権を都に残したのも、旧成島中学校開設の時の敷地確保の事情があるからではあるが、それを積極的に活用して広域避難所に指定されている。


 マンションの一階から四階までは緊急時には公共施設となる。

 一階には緊急時の対策本部を置くことになっており、二階には、災害対応の食料、水や医薬をはじめとした物品を備蓄。

 三階は畳敷きの大広間で、地下水を使った浴場もある。

 四階は普段から住民に公開されている会議室や和室が並び、中央は大部屋にできるように板の大広間になっていて、普段はグリーンやベンチが置かれていて、雨の日にはここで子どもが遊んでいたりする。

 三階、四階のトイレは薬品を使うものだ。


 さらに、ウエスト一階には店舗を入れず、災害時のみに開放される薬剤使用のトイレと二、三カ月の避難生活に耐えられる大型テント、仮床用のベニア床、毛布、十リットルの水タンクなどを保管してある。

 地下駐車場の奥には、災害への速やかな対処を意図してショベルカーや車載型クレーン、更には少量危険物保管の許可を得て、燃料類まで保管されている。成島町付近は人口密度が高いため、この施設は災害への基本的な対策のひとつだった。


 セレシオン成島のマンション管理組合委員長ふたりは、同時に成島四丁目の町内会委員でもある。イーストの多数の住人が旧成島中学校の同窓生であり、同窓生同士の結婚も珍しくない。このことが、この組合の安定性と信頼性を保全する理由となっていることは間違いない。


 管理組合委員会議は緊急時とみなされた時に即座に召集される。三人、そして警備会社が二階の鍵を持っており、規則によってその四人しか入ることができない。そこには、災害時の緊急設備と食料備蓄が棚ごとに仕分けされてほとんど天井まで積まれているからだ。


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