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輝く君へ  作者: P4rn0s


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秘密の声

昼の教室で、僕と彼女が言葉を交わすことはほとんどなかった。

彼女は窓際の三列目に座り、いつも友達に囲まれていた。明るい声、軽快な笑い、先生の冗談に素早く突っ込む姿。自然に人を惹きつけるその空気は、僕が決して触れることのない領域のように思えた。


僕はといえば、後ろの方の席で黙々とノートを埋め、時折先生に指されても無難に答える程度。授業が終われば小さな輪に加わることもなく、机に突っ伏しているか、鞄の中を整えているか。誰かに嫌われているわけでもないし、特別に好かれているわけでもない。透明でもないが、濃い色を帯びているわけでもない。そんな立ち位置で一日を過ごすのが常だった。


けれども放課後になると、その関係は一変した。


昇降口の柱の影。

チャイムが鳴り、教室が人で溢れても、僕は決して急いで帰ろうとはしなかった。わざとノートを閉じるのを遅らせ、黒板を写すふりをして、彼女が教室を出ていくのを見送る。やがて階段を降り、靴箱の前にたどり着くと、いつも彼女がそこにいた。


友達と別れた直後の、少しだけ緊張を解いた顔。けれど誰かに見つからないよう、影に隠れるようにして待っている。僕が靴を履き替えるのを確認すると、ほんの少し手を振る。それだけで、昼の教室で見せていた眩しい姿とは違う顔になる。


「……待った?」


彼女の問いかけに僕は首を振る。

「いや、今来たところ」

それが口癖になっていた。本当は彼女がどれだけ待っていたか知らない。けれど僕がそう答えると、彼女は安心したように笑って歩き出す。


学校から駅まで続く坂道を二人で下る。部活動の声が背中で遠ざかり、空気が少しずつ街の雑踏へと変わっていく。その間にある静かな時間が、僕たちだけの居場所だった。


「今日の先生、なんか変じゃなかった?」

「え、聞いてなかったの? またノート貸してあげよっか?」


彼女は肩の力を抜いた調子で話し出す。教室の中心にいるときのように明るく響く声ではなく、柔らかくて、どこか秘密めいた響き。僕は相槌を打ちながら、彼女の言葉を一つ残らず心に刻み込む。


歩道の影が長く伸び、夕陽が二人を横から照らす。彼女の横顔は、昼間の教室で見ていたそれと同じはずなのに、別人のように思えた。唇の動き、まつ毛の影、風に揺れる髪。放課後の光の中ではすべてが違って見えた。


「ねえ、なんでそんなに黙ってるの?」

ふいに彼女が尋ねる。

「……話すことが思いつかないだけ」

「そっか。じゃあ、私がいっぱい話すからいいよ」


彼女はそう言って笑い、またくだらない話を続ける。今日の給食のこと、クラスメイトの失敗、先生の口癖、近所の猫の名前。どれもたいした内容ではないのに、なぜか僕の胸を締めつけた。


学校の中では、僕は彼女にとって「クラスメイトの一人」にすぎない。誰かと笑い合う彼女の輪に僕は入らない。目が合っても互いに何も言わない。けれど放課後だけは、僕たち二人だけの物語が始まる。


坂道を下りきると、信号のある交差点に出る。そこが、僕たちの一日の終わりの場所だった。彼女は右へ、僕は左へ。方向は違っても、そこに着くまでは必ず隣にいた。


「じゃあ、また明日」

「うん、また」


手を振るわけでもなく、笑顔を作るわけでもなく、淡々と別れる。それでも、その一言が僕の一日を満たしていた。


交差点を渡りきり、振り返ればもう彼女の姿は見えない。すれ違う人の中に紛れてしまう。僕はそのたびに、胸の奥で小さな痛みを覚えた。明日もまた会えるはずなのに、まるで永遠に別れてしまったかのように。


家に帰る道すがら、彼女の言葉が頭の中で繰り返される。

「待った?」

「そっか。じゃあ私が話すからいいよ」

「また明日」


ひとつひとつの言葉が、耳の奥に残響のように響き続ける。消えない。むしろ繰り返すたびに鮮やかになっていく。僕を僕でいさせるのは、誰でもない彼女のその声だった。


そして翌日になれば、また教室では何事もなかったように過ごすのだろう。

彼女は友達に囲まれ、僕はひとり机に座る。互いに目を合わせることもなく、昼と放課後の顔を使い分ける。


だが、放課後になれば必ず出会う。昇降口の影、坂道、交差点。

それが僕らの「日常」であり、誰にも知られない物語だった。

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