最終章-世界に花が咲き揃うまで
圧縮された空気が一気に弾け飛び、轟音と暴風が都市全体を呑み込んだ。
内部にいた者たちは枝葉ごと外へ弾き出され、空へと舞い上げられる。
最初に吹き飛ばされたのはラヴェルだった。盾ごと回転しながら遠くに弾き出される。必死に鎖を振り回し、体勢を立て直しながら、彼女は戻る途中で仲間たちを捕らえ始めた。
鎖は空中に奔り、リミナとジアの体を絡め取る。引き寄せられた二人はラヴェルの方へと繋ぎ止められる。さらにクレアとカンナは、自ら軌道を変えて飛び込み、鎖にしがみついた。オリヴァーはベルを抱き寄せ、彼女を守るように身体を回転させ、砂地に向けて落下を制御する。スレアはふわふわと浮かぶように落ちていたが、ラヴェルが戻る動きの中で鎖を絡め、衝撃を殺すようにゆっくり地上へ導いた。
彼女が自分も流されながら無理やり繋ぎ止めていたことで、散り散りにならずに済んだのだ。
着地は誰にとっても容赦がない。五点着地で衝撃を受け流す者、砂地を大きくスライディングして摩擦で減速する者、全員が本能で動いた。
砂浜に叩きつけられたフィナは肺の空気を吐き出しながらも立ち上がる。全身に砂を浴び、息は荒い。だが視線はただ一つ、遠くにそびえる大樹へと向けられていた。
しだれ桜のように枝葉を垂らす巨木は、都市全体を覆うほどに収縮を続けている。その奥に、まだ弟がいる。
フィナは砂に突き刺さっていた剣──ルナリアを握りしめた。指先に伝わる脈動が、彼女を駆り立てる。
「フィル……待ってて」
彼女の足は、すでに前へ踏み出していた。枝葉の奥へ踏み出そうとした。だが、その腕をリミナが掴んだ。
「行かせない」
低く、しかし鋭い声だった。フィナが振り返ると、リミナは足元の灰を掬い上げ、じっと見つめていた。竜の体から零れ落ちた死の欠片。その灰を壁に押し当て、材質を調べるように撫でると、すぐにクレアとカンナを呼んだ。
「確かめて」
二人は頷き、壁の硬さや繋ぎ目を調べる。拳で叩き、指で触れ、耳を近づける。しばらくして、フィナの視線に答えるようにクレアが顎を引き、カンナが言った。
「人二人分の広さで足りる。薬剤はないが、城壁を砕いて扉にすればいい。接木と誤解されるだろうし」
フィナは短く息を呑み、問いを投げる。
「……何分必要?」
「十分はかからない」カンナが即答した。
リミナは壁を見上げ、落ち着いた声で続ける。
「煉瓦から作る必要は無さそうね」
その言葉に、フィナの足は止まった。突入ではなく、準備で弟を救う道が示されたのだ。
オリヴァーは既に腰を下ろし、持ち込んだ銃を並べていた。古びた金属を油で拭い、銃身を点検し、次々と整えていく。弦を張り替え、弾を詰め、全員が手にできるように並べる。
一方、スレアの夫は軍艦の舵を握っていた。金で買収し奪ったその艦を、河川に強引に突っ込ませる。水飛沫を上げながら、サイズぎりぎりの船体が進む。岸辺に侵入した大樹の根が道を塞いでいたが、彼はそこに乗り移り、枝葉を足場にして都市へ迫っていく。
準備は、動き出していた。
軍艦は河川の奥で止まった。
舵を切っていたスレアの夫が操船を終え、舷側から縄梯子を垂らす。甲板にいた者たちが次々と地面へ飛び降りた。
「ここまでだな。船はもう動けん」
彼が短く告げる。船体は既に川幅に押し込まれ、進退の余地はなかった。
カンナは真っ先に城壁へと駆け寄り、槌を振り下ろした。硬い煉瓦に火花が散り、鈍い音が辺りに響く。
「突貫で穴を空ける。木材で扉を組む、破りやすいように仕込んでおく」
作業の合間、彼女は材料を切り分け、扉の骨組みを組み立て始める。分解すればすぐ突破できる仕掛けだ。
船を固定した後にジアはスレアとその夫と共に船を離れ、扉の前で治療の準備を整えていた。薬草を潰し、包帯を広げ、水筒を並べる。彼女の動きに迷いはない。
「突入組を戻す時、ここで受け止める」
その一言で、治療の拠点が決まった。
ベルは外に残り、広がる枝葉を見上げていた。彼女は絹縛の張った糸を手に取り、竹筒を結んで繋げていく。
「……これで、声が届くはず」
即席の糸電話。定期的に仲間の声を確かめ、内部の様子を外へ伝えるための手段だった。
それぞれの役割が定まり、突入の準備が整う。
突入するのは五人。リミナ、フィナ、クレア、オリヴァー、ラヴェル。
カンナが作った木製の仮扉が開け放たれ、内部へ続く暗闇が口を開けた。五人は互いに頷き合い、踏み込む。
中は息苦しいほど暗かった。クレアは壁の煉瓦を指でなぞり、凹凸から内部の構造を把握しようとする。
「……この配置なら、中央は吹き抜けに近い。気をつけろ」
だが彼女の声も、暗闇の中では不安を強めるだけだった。光がない。
リミナとフィナが揃って手を翳し、灰とルナリアの光で空間を照らす。淡い光が天井まで届き、内部の様子を暴き出した。
その上にぶら下がっていたのは、竜の死骸。
いや、それを「竜」と呼ぶにはあまりに無惨だった。
体は何ヶ所も砕け、枝葉に押し潰され、骨のような構造は幾重にも圧迫されていた。
その表面は枯れているようにも見え、しかし内部はまだ蠢いているかのような気配があった。
「これが……」
フィナの唇が震える。
竜か、屍か、それすらも判然としない塊が、彼女たちの頭上にのしかかっていた。
内部に踏み込んだ瞬間、空気が変わった。
竜の死骸が、死んでいるはずの巨体が、枝葉に押し潰されたまま蠢いた。枝の一部が震え、硬直していたはずの肢体が音もなく振り下ろされる。
「来る──!」
リミナの声が響く。
瞬間、糸が閃いた。
絹縛だった。裂かれ、もはや原形を留めないバラバラの躯の中からなお糸を伸ばし、死骸の動きを縛っていた。完全ではない。だが、その僅かな抵抗が竜の攻撃の勢いを削ぎ、フィナたちの体を守った。
枯れ枝の竜は死んでもなお動いていた。
痛みを感じることはなく、ただ機械のように、内に残された二つの心臓のどちらかに再び灯が入るのを待つかのように、動きを繰り返している。
「……止まってない」
フィナが震える声で言う。
「時間がない」
リミナは歯を食いしばった。
「短時間で、一気に畳み掛けるしかない。焼却は……酸素が足りなさすぎて無理」
彼女の言葉に、オリヴァーとラヴェルが頷く。
ラヴェルは盾を構え、死骸の軌道を逸らす。鎖を巻きつけ、力を受け止めながらも、膝が沈む。
オリヴァーは矢をつがえ、腐った羽の隙間を狙って射ち込むが、呼吸は既に荒く、持久は望めなかった。
「長くは……持たんぞ」
オリヴァーの声は苦く、それでも矢を放つ手は止まらなかった。
圧迫された空間に、死骸の暴力が繰り返し振り下ろされる。
糸が、盾が、矢が、それを辛うじて押しとどめていた。
「今しかない」
フィナはルナリアを握りしめた。
「ここで決める──!」
さぁさぁ、死体処理の始まりだ。
内部は沈黙していなかった。
死んだはずの竜はなお動いていた。痛みも苦悶もない。ただ二つの心臓が再び灯ろうとするたびに、反射のように全身が蠢き、枝や根が機械じみた暴力を繰り返す。死骸でありながら生者よりも危険──それが枯れ枝の竜の正体だった。
「行くぞ!」
ラヴェルが鎖を巻き上げ、盾を振るった。城壁のような盾が死骸の腕に叩きつけられ、動きがわずかに鈍る。その一瞬を逃さず、オリヴァーが弓を引き絞った。
鋭い矢が突き刺さり、内部に溜まっていたガスが吹き出す。硫黄と腐敗が混じった灰色の煙が吐き出され、嵐のように渦巻く。
「今だ、止めろ!」
リミナが灰を撒き散らし、流れを操る。死骸が熱を頼りに動こうとする感覚を妨害し、同時に灰の光をぼんやりと灯して最低限の視界を確保した。暗闇のまま、竜の目を欺く光源。
「フィナ!」
その声に応え、フィナはルナリアを握りしめた。
跳躍。灰を裂く光の軌跡。剣の実は柔軟に蠢く竜の胸を貫き、内部へと深々と突き刺さった。
死骸が痙攣する。反射のような動きは一瞬途切れた。
だがそれで終わりではなかった。竜の外殻が震え、茎が内側から押し広げるように蠢き続けている。心臓はまだ完全に止まっていない。
その頃、外ではベルとクレアが竹筒を耳に当てていた。絹縛の糸電話が微かな音を伝えてくる。
「……息が聞こえる」ベルが囁く。
「でも……バラバラだ」
荒々しい呼吸。アロンソだ。力強いが、規則を失っている。
そしてもう一つ、弱々しい吐息。フィルのものだ。あまりにも小さく、掠れて、今にも消えそうに聞こえる。
「フィル……」
クレアは唇を噛む。
内部では初撃が成功したはずだった。だが、死骸はまだ動き続けている。
そして、肝心のフィナの弟は弱っていく一方だった。
轟音。
アロンソが壁を蹴った。衝撃が枝葉を伝って竜の死骸を揺さぶり、抑え込まれていた部分が大きく崩れた。硬質化した外殻が砕け、内部の柔らかな茎が露出する。
「うおおおおッ!」
木刀を片手に振り抜く。ルナリアが突き刺さった切り口を、一気に斬り広げていく。
「フィナ!」
荒い呼吸のまま、アロンソは叫んだ。
「その光る聖剣ならば──フィルを奪おうとする封印を解けるはずだ! 俺は……力みすぎて、もう持たん!」
ルナリアが唯一、封印を断ち切れる。アロンソはそう断じて、残る力を死骸の押さえ込みに費やした。
フィナは歯を食いしばり、剣を握り直す。背を向けて走り出した。
すぐにクレアが手を伸ばし、その腕を引く。
「こっちだ! ベル、どこへ進めばいい!?」
外にいるベルの声が、絹縛の糸を通して届く。
「南側だ、そこに地下の入り口が──」
ブツリ、と途切れる。
糸が音を失った。
「……糸が切れた」クレアが低く呟く。
残された道は、自分たちの記憶に頼るしかない。
問題はフィルの居場所ではなく、地下へ至る手段だった。
地下の入り口は、真っ暗な内部では判別できない。
仮に崩落で小さな穴が開いたとしても、竜の防衛本能がすぐに枝葉を成長させ、閉じてしまう。穴は塞がれ、誰も通れない。
「……急がなきゃ」
フィナの声は震えていた。
封印は生きている。時間をかければかけるほど、入口は消え、弟は奥へ閉ざされる。
三人は援護に残り、フィナは地下へ向かう。だがその道は、すでに閉ざされかけていた。
地下への入口は見つからないままだった。
崩落で生じた隙間はすぐに枝葉が伸び、塞がれていく。大樹の防衛本能は容赦なく、外部からの侵入を拒み続けていた。
「……ここだ」
フィナの視線が、一つの木に止まる。
大樹の根元に寄り添うように生えた細い木。
それは都市に根付いた最初の子孫の木の一つで、虫も寄り付かぬほどに栄養が乏しい。だが脆弱ではなかった。もたれかかれば軋むが、決して折れはしない──ただそこに在り続ける穏やかな木。
「ここなら……」
根は浅く、枝も少ない。この木の下ならば、地下へ通じる隙間が残っているかもしれない。
フィナはルナリアを握りしめ、その幹へと刃を突き立てた。
聖剣は熱を帯び、木の表皮を焼き溶かしていく。
灰と光が混じり合い、線を描くように地下への通路が刻まれていった。
焦げる匂いが漂い、やがてぽっかりと空間が開く。
暗闇の奥に、地下への道が見えた。
「……行く」
フィナの声は震えていたが、決意は揺らがなかった。
その肩をクレアが掴む。
「待て。私はここに残る。戻ってきたらすぐに引き上げられるようにする」
クレアは糸と工具を手に、救助待機の位置に腰を下ろした。
地上を守り、帰路を確保する。それが彼女の役割だった。
フィナは頷き、ルナリアを手に暗い地下へと身を沈めていった。
地下は揺れていた。
枝葉が軋み、壁のような根が閉じては開き、迷宮のように道を変える。フィナはルナリアを握りしめ、伸びてくる根を払いながら奥へ進んだ。
やがて視界が開け、地下の中央にそれはあった。
幾重もの根が編み込まれ、球状の籠のように組まれた塊。その中心に、人影が横たわっている。
「……フィル!」
弟の名を呼ぶ。応えはない。
フィナは駆け寄り、ルナリアを突き立てた。刃は熱を帯び、編まれた根を焼き溶かす。だが斬っても斬っても、新たな枝が生え続け、引き抜いた途端に両側から新しい根が伸びて塞いでいく。
「くっ……!」
時間がない。息をするたびに、籠はさらに厚みを増していく。
その時、轟音が地下まで響いた。
地面が大きく震え、頭上から砕けた角が突き刺さる。竜の角だ。上で戦う仲間が破壊したのだろう。
大樹はその角を取り込もうと、成長を分割し始めた。籠を厚くする根の勢いが一瞬、緩む。
「今しかない!」
フィナは迷わずルナリアを振り下ろした。刃は熱と光を帯び、籠を切り裂いて内部へと裂け目を作る。焦げる匂いと共に、根が焼き切れ、内部の光景が露わになる。
そこにいたのは、蒼白な顔で眠る弟──フィルだった。
フィナは籠の裂け目から手を伸ばし、弟の身体を抱え出す。
枝葉が再び迫り寄せてきたが、ルナリアが閃き、焼き溶かして退ける。
「絶対に離さない……!」
彼女は弟を抱えたまま、地下の揺れる道を駆け抜けた。
地上へ、仲間の待つ場所へ。
地上を揺らす衝撃が収まり、アロンソは短く息を吐いた。
──終わった。竜の角は砕け、戦いはひとまず区切りを迎えた。
迷うことなく、彼は仲間を扉方向へと投げ飛ばした。
最初はラヴェル。盾ごと担ぎ上げ、巨腕で振り抜くように放る。彼女は空中で体勢を整え、盾を背にして地面すれすれに突き刺し、ギリギリで止めてブレーキにした。
次にクレア。彼女は何も言わずに腕を預け、空を越えて投げ出される。その背に残る衝撃を受け止めるのは、既に扉前で待つラヴェルの盾だった。
続けて、装填済みの銃をまとめて背負わせ、矢をつがえ終えたオリヴァーを投げる。
声は出さない。だがオリヴァーは振り返りもせず、弓を引き絞ったまま、空中で視線を扉に向けた。もし何かが迫っても、着地と同時に撃ち抜けるように。
そして最後に──フィナ。
アロンソはその身体を掴もうとしたが、彼女の腕の中の弟・フィルが根に絡め取られたまま動かない。
「……!」
フィナが必死に剣を振るい、迫り寄る根を焼き切る。だが切っても切っても新たな枝が絡みつき、フィルを籠ごと引き戻そうとする。
アロンソの腕はまだ彼女を放れない。
投げれば助かる。しかし抱える弟を奪われれば意味はない。
揺れる地面の中、時間だけが無慈悲に削れていった。
絡みついた根を振りほどけずにいたその時、リミナが動いた。
彼女の目はベルの腕に残る黒い痕跡──源氏焔が残した脂を捉えていた。
「……燃やせる」
リミナはその脂を掬い取り、大樹の根へ擦りつける。
花の油と混じり合えば、火は走る。土の隙間に残った酸素があれば、十分に燃焼は可能だ。
「この木なら、栄養を奪おうとして竜の残骸にも絡む。だったら火をつけて……両方燃やす!」
彼女はベルから油を受け取り、布に染み込ませて即席の松明を作る。
アロンソに目配せすると、巨躯の戦士は頷き、根を抱えて跳躍。
竜の死骸の体内へ強引に木を絡ませる。
だが問題はそこからだった。
死骸の体内には、まだガスが充満している。
そのまま火を点ければ、アロンソごと爆炎に呑まれる。
フィナはルナリアを握りしめ、投擲の構えを取る。
──ガスを抜かなければ。
だが、今度は前と違う。
今回はガスそのものが火に必要だ。抜きすぎれば燃えない。
抜かなければ、アロンソが犠牲になる。
フィナの掌は汗で濡れていた。
一手の判断が、弟と仲間の命を分ける。
「……ガスを抜くなら、口の中でやれ」
荒い息を吐きながら、アロンソが低く言い放った。
その強引すぎる提案に、フィナは一瞬迷った。だが、即座に判断する。
彼女は腰から抜いたナイフを振りかぶり、竜の顎へと投げ込んだ。
回転する刃は闇を裂き、死骸の口腔へと吸い込まれる。
奥を切り裂いた瞬間、閉ざされていた通路が開き、濃厚なガスが吹き出した。
「今だ──!」
アロンソは木を掴み、全身の力でねじ込む。
竜と大樹を削り合わせるように絡ませ、強引に固定する。
次の瞬間、リミナが差し出した松明が走り、ガスに火が移った。
轟音。爆炎が口から噴き出し、内部全体を揺るがす。
アロンソの巨体は爆発に呑まれ、しかし倒れなかった。
炎をまといながら地面に着地し、両腕を広げる。
右手でリミナを、左手でフィナを。
彼は二人をまとめて掴み、そのまま扉方向へと投げ飛ばした。
残る力を振り絞り、アロンソは最後の動作に移る。
彼は木刀を掴み、まだ意識の戻らないフィルへと投げ渡した。
「……託すぞ!」
木刀が闇を切り裂き、弟の胸元へ突き刺さるように届いた。
その刹那、爆炎に揺れる空間で──最後の一発が、託された。
フィルの木刀が閃き、アロンソの拳が轟いた。
二人の力が重なり、大樹の側面に巨大な裂け目が生じる。
その瞬間、内に溜まっていた灰と熱、そして酸素が混じり合い、炎が暴風のように吹き上がった。
轟音と共に火柱が立ち、暗闇だった内部が一気に白熱に包まれる。
「今だ──行け!」
アロンソは仲間たちを次々と掴み、炎の奔流へと放り投げる。
ラヴェル、リミナ、オリヴァー、クレア、ベル、スレア……全員が炎と爆風に押されるように外へと飛び出していった。
フィナは最後に弟を抱きしめ、アロンソの腕から投げ出されるように出口を越える。
残ったのはアロンソただ一人。
大樹の崩落が迫る。
彼は深く息を吐き、肩を回した。
「……これで終いだ」
崩れゆく幹の内側から、彼は自らを投げ出すように突進する。
その瞬間、外で待ち構えていたラヴェルの盾が閃いた。
鎖が唸り、アロンソの巨体を絡め取る。盾を地に突き立て、反動を殺す。
炎と爆風の渦から、彼は一気に引き戻された。
――全員、外へ。
大樹の内部は炎に呑まれ、枯れ枝の竜の残骸もまた、そこに封じられていく。
戦いは、終わった。
戦いのあと、彼らが戻ったのは川に押し込まれたまま停止した軍艦だった。
甲板に腰を下ろすと、ようやく戦況が見渡せた。
……そこには、誰もいなかった。
軍勢も、海賊も、侵入してきた兵士たちも。
「全滅」と呼ぶには生ぬるい。軍事的な損耗ではなく、文字通りの絶滅。
枝葉に呑まれ、炎に焼かれ、あるいは封印に押し潰され──この場に生き残ったのは、彼らだけだった。
戦後処理は、かろうじて生き残った騎士団の者たちが引き受けることになった。
だが、街そのものはもう、戦の舞台ではない。
大樹の崩壊と共に、植物の種は一気に解き放たれ、風に乗って世界各地へ散っていった。
数年もすれば、世界は花に覆われるだろう。
だが、それは同時に──花の価値の暴落を意味していた。
経済的な価値を失った花を巡って、もはや戦争を続ける理由はどこにもない。
戦力を調達する資金も途絶え、戦争は事実上、中止された。
一方で、彼らが守ろうとした都市の花と種は、封印と炎でほとんど枯れ、売り物にはならなかった。
街は焼け跡と沈黙しか残していない。
だが、まだ希望はあった。
ジアが海賊たちの遺産を一手に回収し、市場に流したのだ。
金貨、武器、宝飾品──彼女の手際で売り捌かれ、都市には一時的とはいえ復興の資金が巡り始めた。
街は焦土の上にあった。
それでも、人々はまだ立ち上がれる。
あれから四年。
川に押し込まれた軍艦は、改造を重ねて暮らしの拠点となった。城も徐々に手を加えられ、焼け跡は少しずつ姿を変えていった。気づけば、誰もが無駄に建築の腕を上げていた。
フィルは今年で十二。
仲間たちはほとんど十九。
平均寿命からすれば、もう遺書を整える年頃だと笑い合う。
一番の変化といえば──かつてフィルより小さかったスレアが、今では彼を追い越して大きくなったことか。
もちろん、フィルも少しは成長した。
そして、世界の花はもう揃っただろう。
戦いの代償として広がった種は、各地で咲き誇り、世代を繋ぎ始めている。
次の花が芽吹くのも、そう遠くはない。
ほんの一度だけの、僅かな幸運を夢見て。
彼らは再び種を植える。
大樹は今も硬いままだ。
ならば次は──その頂に監視塔でも建てて、各地の花々を眺めてみようか。
未来はまだ、ここに続いている。
リミナは結婚を中々しなかった。
理由は明白だった。
オリヴァーが妻を失ったような悲劇でもなく、ただ……彼女が選んだのはすでに一人しかいなかったから。
何より年齢である、差があり過ぎる。
周囲も気づいていた。
「スレアさん、まだやりやがりませんよアイツら」
「ベル、なんかいい雰囲気にしてきなさい」
「出来るわけないでしょ!」
「二人で閉じ込めても無理だな。もうリミナに襲わせるしかねぇよ」
誰もが見守る。
だが妙に絆を深めすぎたせいで、かえって色恋沙汰が消え失せていた。
そんな折、突如としてアロンソの主から命令が下った。
竜狩りの功績はすでに主の名声となって広まり、その協力者としてリミナとフィルの婚姻を認める、という実質的な勅命。
「……はぁ」
渋々とフィルは頷き、リミナはため息を吐きながらも笑っていた。
指輪が交換され、唇が触れる。
嫌々に見えて、めちゃくちゃ笑顔だった。
こうして、街の戦いと花の物語は幕を閉じた。
そっと一輪の花を再び咲かせた。
ルナリアと木刀は新・大樹に埋め込まれた。
定期的に引き抜いて発散させ、虫の死骸は第二の特産品になっていた。
しかし問題は虫の大量発生の由来は花かと思われていたが、今も継続している状況では中々怪しい。
・・・スレアに聞いた所、日の沈みがおかしい・・・とか、微細なレベルの変化が多くあった。
城壁の修復が終わり、改造した船の甲板からは街全体が見渡せるようになっていた。
そして、新しく築かれた監視塔は、街の誰もが「塔の上から世界の花を眺めるためのもの」と言っていた。
だがある日、その塔を訪れた一人の来訪者が言った。
「ここを──天文台にしてほしい」
現れたのは天文学者マッシュ。
彼は星々と宇宙を語り、塔の改造を依頼する。
それは花と戦争を終わらせた街に、次の「宇宙」という大きな物語をもたらす始まりだった。
そして、フィルに婚約をけしかけるバカが数人同時に現れたのだ。しかも都市外の人間、どれも絶世の美女で、実力もある。
竜は倒した、しかし、未だ問題は多い。
投稿するの忘れてた(定期)




