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花の咲く道

逢瀬の様に花は散る、とは言っても逢瀬をするのは花弁ではないが。

その街は決して建って長くはない、数十年も続いた訳では無いが…その花畑は、一面に、壁までみっちりとと広がっている。

抜け出すなら歩くこと鉄樹開花、洞房が如き奥まで広がる一面の整った景色。

走馬看花と一回転した所で花の一輪一輪の美しさしか分からない。

羞花閉月、そんな儚げだがそれ以上に食い入りたくなる様な女が小屋の前に立っていた。

「…お客様ですか?本日は何用ですか?」

「…ん?あ、あたし?あー、あたしちょっと南方の貴族なんだけど、お父様の誕生日にね?」

小屋は背景に広く花畑を残す、街までは遠い、どれ程の広さなのかは分からない。この時代基準で一国の首都になれる程広い。

「喜ばしい事です、南方、それもイタリアの方となれば…。」

「あれ?あたし言ったっけ?」

「良い葡萄と清潔な水の香りがしましたので。」

この店の主フィナは物静かな女だ。一つ一つ花を整えるが、その過程では何本も捨てられる。

肥料にする茎の部分、花の部分だけを取り飾る。そして、小さな硝子細工の中に花を入れる。それですら美しいのに、これは失敗作であるとは信じ難い。気を取り直して返す。

「清潔な水の香りって何…ああ、内臓の吊るし売りね。」

「それでは、気候に合わせてこの花を…。」

「ありがと、お金は払っておくわ。」

小屋の前の椅子で取引を終え、帰ろうとすると引き留められた。

「大丈夫ですか?一人だと襲われるかもしれませんよ?」

「行きは来れたけど…何かあるの?噴火以外で。」

心配は込めているが、それ以上に耳を疑う言葉を受け取る事になった。

「虫です、それも大きな虫。」

「…ネーデルラントって人だけじゃなくて虫も大きくなるのね。でも、私も急いでるし…早く帰らせて貰うわ、ここまでの馬車は無いけどもう少し南に行けばあるから。」

「…念の為、見張りに警護させますね。」

「ん、ありがと。追加料金は出せないけど。」

「それでは、気を付けてお帰りください。」

どうせ助けられなくても、多少大きい蜘蛛ならまだ良いかと思いつつやがて花畑の端へ…。

歩き出したは歩き出したが、遠くから何か変な…とても見てられないものが見える。虫は大の苦手だ、衛生環境を示す事が出来る以上、ヤバいと思ったら逃げたくなる。

「…こういうの?遠近法を直接取り出した感じなの?家の扉にも付かないわよ?」

踵を返し全力で逃げる準備をした。黄色と黒の怪物が見えた時、将来的に危険ならあのカラーのテープを設置したくなる。

「…逃げまーす。」

ワンピースは何度も揺れる、衣服は次々に跳ねる、足を落とす度に地響きが迫っている。

「何が見張ってるだ!全然ダメじゃねぇか!!見てるだけかよ!!」

彼女の真横、花弁が散る体液を拭い去る。

「危なかったですね、お姉さん。」

少し長いだけだが、柄は棒だけ、先端は太く、土を掘り返す事に向いた軽そうなスコップ。それを重い刃物の様に扱い、蜂の頭の4割を砕いていた。

「…ごめんね、助けられちゃった。」

「この辺の人間ですので、僕は慣れています。」

手を握られ、小さいのにふわっと持ち上げられる。…かなり強い、なのにグローブを外して配慮している手には筋力の様な物は見えない。

蜜蝋(みつりょう)という巨大な働き蜂です。また蜂后がどこかで出現した様で…。」

鉄板で針を叩き落とし、楽器の様な音が鳴る。…その刃物が、鋒として素早く横に向く。

「刺される前に殺して川に送ってやりますよ、お覚悟を。」

腕一つで百キロはありそうな蜂を押し返す。…この少年は何かが違う、異質というか、桁外れな感じがする。

「邪魔にならない様に逃げていいかしら?」

「追いかけられると少し迎撃遅れますけど。」

蜂は防戦一方、それ程迄に彼は強い。それ以上に慣れている。顎や針が自慢の虫は手足を半ば捨てている。この図体であれば着地時の柔らかさや飛ぶ際の軽量感を主体にするしかない。結果的に弱くなっている…それでも、針と顎を的確に妨害しながら打ち込む様は見ていて圧巻だ。

「…避けろとか言われたら無理だからね?」

「大丈夫ですよ、根拠は力一つですが。」

力に応じた腕を、鉄板で打ち返せばその音は雷霆が如く響き出す。

呼吸と共に槍の様に持ち替えて突き刺そうとするが、針が折れて尚入れ違いを狙う。刺すのを諦め脚を狙い、傷付け埋めて身を上までひっくり返す。

傷の箇所の甲殻を力任せに壊し、その軽い体重で180度器用に回転する。

「フィル君かっこいいー!!」

「油断は禁物!相手は余程の事があっても生存する化け物です!」

「ごめんね?それでもね?」

「分かってますよ!後で存分に褒めて貰いますから!」

それにしても臭いがキツい、あの虫は余程の肉食なのか、というか大き過ぎて肉食じゃないと足りないのだ。しかもあの図体の癖に恐らく群れている。だから信号になる可能性がある。

「…だから花を散らせているのね。」

花の香りで覆い隠し、それを防いで逃がさない。花畑という整った環境で、次々に棘が絡みつき、花を食わなくなった蜂に襲い掛かる。

積年の恨みはやがて八つ当たりとして食い込む。フィルは慣れた手付きで外すが、蜜蝋は離れる事が出来ない。

手足を契る決断、迫り来る鉄板を避ける為に羽を広げ、素早く選択した。

「…取った。」

オリヴァーが城壁の上から、ボウガンに込めた杭で貫いた。四枚同時に硝子細工と羽は散る。…先ず、サイズ的に羽の質が違う、恐らくは二酸化ケイ素、炭素のものではない。

「蜂后であれば生き残ったな。」

火薬の熱が残り、羽が次々に溶けていく。敵対の意志はやがて消える。

「終わった?」

「ダメです、ちゃんと仕留めてから廃棄します。川の水が少ない内に埋めて分解してから肥料にします。…それと。」

「どうかしたの?」

「気を付けて、死ぬ迄に結構時間が掛かります。」

「…暴れられたら困るでしょ、私に任せなさい?」

「燃やす以外なら良いですよ。」

「イギリス料理じゃないんだから…。」

念の為言っておくが産業革命はまだ後である。料理文化は残っている。

空高くに灰を撒く、白く、黒く、均等にして漸く灰らしい色になる。

フィルは気になって近寄ろうとするが、体が察知して避けていた…あまり、良いものではないらしい。

「何を投げたんですか?…持ち手まで燃える様な熱さなんですけど。」

「…エトナ火山の灰、テュポンの封印に近い場所の曰く付きよ。」

「成程、そういうものが。」

「兵器として利用されたくないから内緒、今は冬だし北の方寒いし、これがあると暖かくてね。」

「大丈夫ですか?…あ、花を利用した身体が温まる紅茶なら作れますよ?」

「その前に、いつかお礼をしたいから名前だけ聞いていいかしら?」

スコップを引き抜いて、顔を拭い、無傷の眼を見せる。その瞳の青の奥、黒のあるべき場所に黄色の中心があった。

星の様に光る、花の様に咲く。

金の髪と青の服、決して大きくないが力自慢。

不思議な位丁寧で優しく、しかし学ぶ姿勢を忘れない健気な姿。

「僕の名前はフィル・ヴェルヌ、花畑の管理者フィナの弟です。」

「私はリミナ、助けてくれたのはいいけど…花が…。」

複数の赤の布を組み合わせ、桃過ぎず紫過ぎず、そして、バラバラにたなびかせつつも決して奥を見せない。

誰かから愛され続け、身から溢れる情熱を見せつつも、他人に対する気遣いは忘れない…それ故に、心配ばかりしてしまう。

「あ、その花食べると美味しいですよ。」

「ホント?…美味っ!何これ?」

「美味しい分虫も狙うんですよ?」

「次からはここで食べる事にするわ。」

「外はダメですよ。」

「地元からの距離のせいよ。」

「とは言っても花束を作り直さなければ…。」

「直してくれるの!?タダで!?」

「快く帰って欲しいですから、ね?」

「いい子だねぇ、フィル君。」

「お茶もウェルカムドリンクという事で。」

フィルは良い笑顔…多分作った笑顔だが、正直気にするつもりはない。

「ついでに街の方を紹介しますよ、急いでるとはいえ日没は近いですし、今からが本番なのと…先の灰が気になるので。」

「おっけー、商機の方がお父様は嬉しいでしょうし、海賊多くて陸路の方が得な時あるし。」

「戦争終わってから整備進みましたからね。」

…とは言っても、現代でも海上貿易の方が遥かに安い。道を整備しても古代では数千倍単位で海上の方がお得である。

「エトナ火山もどうなるか分からないし。」

嘗てポンペイを滅ぼしたヴェスヴィオ火山、記録は当然残り続ける。灰は恩恵として残り続けるが、この豊かな土壌には、どれだけの骸が眠っているか分からない。石油も死骸を重ねて作られたものである、野菜もパンも植物の死骸で、血肉は当然動物の死骸である。

死骸をどう生産して、どう使うか。輪廻転生を辿るまでも無く、人は再利用される。

「…ここには、火山も無いのね。」

「期待してはいけませんよ、ここにはここの苦痛がある。貴女はどうせ聡明でお詳しい。だから知ったその時には失望するでしょう。」

「…ええ、そうでしょうね。」

花畑も、誰かの死骸から作られたものでしかない。そう知った上で、彼は話し掛けた。

「人間は存在する限り無駄にはなりませんよ、原罪なんて有り得ない、いえ、存在するだけで価値がある。植物を育てる人間としてはそう思います。嘗てのローマ、安い作物が流入し発生した教えとは根本が違いますから。」

フィルの小さな手が差し出された時に、質問すらされる前に握り返す。

「帰りたくないなら、商売を整えてここで暮らしませんか?」

「…そうね、チャンスだと思ってお父様にお願いしてみるわ。」

「頑張って下さい、その為にも、早速街に行きましょう!」

…と、連れ出す前にフィルが足を止める。

「あ、漏らしてたら下着回収して肥料出してから洗うんでください。」

「身の程弁えろクソガキ高級品やぞ。」

「肥料は希少品なんですよ肥料からパンツ取りなさい。」

「先ず漏らしてねぇんだよ私がはしたない真似する訳あるか。」

…見ていると城塞都市に近い、場所はイマイチ分からないというか、多分地図にも無い。戦場であった影響から確認するのが難しかったのだろう。

「と言ってもかなり低いわね。」

「沈み易いんですよ、そもそも。先ずモンゴル対策で資材持ってかれてないんです。」

…というのもあるが、地形を問われる戦術が増え、沈み易く食料の保存にも相性が悪い。

「…考えれば考える程花以外最悪の立地ねここ。」

「でしょー?だから逃げたいなら頑張って手を離してみてください僕に勝てるならの話ですけど。」

「私が一度決めたものをそう簡単に離すとでも?」

「ま、力は入れてませんから…。」

「また走るしかない。」

「はい?」

リミナは城と逆の方向に全速力で逃げ出したが、結局フィルに捕まり街まで案内される事になった。

「…ふぅ、逃げ出された時はどうしようかと。」

「人間って何すればあんなに早くなるのよ…。」

「さぁ、花を育てればなるんじゃないですか?あと向こうの店主がさっきも会ったであろうフィナ姉です。そしてあのさぐれた男がオリヴァー、他にもラヴェル、ジア、カンナ、スレア、クレアも居ますが…今は会議中ですね。」

「…この範囲の城なのにそんなに数いないの?」

「はい、全然住んでませんよ。」

「じゃあ、家も余ってる?」

「…と言うと?」

「人気だからで寿司詰めだと嫌だし。」

「心配ありませんよ、一人一ジャンヌ位は広いんで。」

フィルは次に葉の長い剪定鋏を持って歩き出す。

「改めてようこそ、花の街フェルクラーテへ。」

知る人ぞ知る花畑、忘却された花園に彼女は足を踏み入れた。

「これからも宜しくね、フィル君。」

「こちらからも宜しくお願いします、リミナ。」

そう言って、花を一つ渡された。

・・・ゼラニウムは真っ赤で、自分の髪飾りにしたいくらいに美しいものであった。


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