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第91話 『酒呑童子』討伐・裏側の五

 氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)は考える。


(さて、大辺(おおべ)が目の前にいるから殺し合いに乗じたものの……『海』に沈められてからここに来るまでの記憶がないのは事実。少なくとも大辺の性格上、ウメやアシュリーの確保をしていれば、俺に甚振る様子を見せつけるか、海魔となった俺に殺させて死体を転がす……凌辱させるというのも考えられるか)


 大辺という女は、性格の悪い女が多い剣桜鬼譚(けんおうきたん)でもトップクラスに性格が悪い。

 たいていのヒロインは、あの熚永(ひつなが)アカリでさえ、主人公の味方になれば主人公に惚れている様子を見せる。

 だが、大辺だけはそういった様子がない。というか、味方にした時点でえっちシーンがなくなる。捕虜にして尋問するシーンでのみ大辺のえっちシーンの回収が可能なのだ。


 そしていざ味方に加わっても、勝手に海神(かいしん)の信者を増やすし、海の傍に置いておくと悪だくみし始めるし、普通に裏切ることもある(信者が増えていない状態なら裏切らない)ので、あくまでも主人公視点で進むゲームにおいて、これほど都合の悪い存在もいない。


(だが、ここに凌辱された様子の二人が転がっているわけでもなし、殺しの残滓もなし。とくれば無事であろうが。さて、そもそも俺は、どうやってここまで来た? 山賊どもの先導より速いのか、すでに山賊どもはやられているのか……)


「おい」


 思考に沈む梅雪に、声がかけられた。


 視線を向ければ、黒髪を綺麗に切り揃えた、小柄な女がいる。

 イバラキ。小柄な者の多い(ドワーフ)の中でも、半鬼(ハーフドワーフ)に分類される女だ。

 もちろん『酒呑童子(しゅてんどうじ)』の首魁であり、それ以上に、『偉そうな侍が大嫌い』というユニットである。

 つまり、敵対状態にして最初の撃破目標かつ、梅雪との相性は最悪といった性格の女だった。


 その女が、神器アメノハバキリを手に梅雪を見ていた。


 梅雪は一応試してみるが……


(やはり、装備されているとシナツの加護は機能しないか。転がっている時にはそんなことはなかった。俺がシナツの加護を取り戻そうと思うなら、まずはあの武器をはたき落とす必要がある、か。……愉しい戦いになりそうだなァ)


 喉奥を揺らすように笑い、


「どうした? 斬りかかって来るものと思ったが……」


「……いや、しねぇよ。オレぁ、テメェみたいなサムライは嫌いだが、道理はわきまえてるつもりだぜ。あのクソ(アマ)になんかされたのもわかってる。助けてくれた相手は無下にしねぇよ」


(そういえば、主人公に仕える流れも『助けられたから』だったか)


 基本的に偉そうな侍が嫌いで、相手が大名属性を持っていると殺して出奔するというイバラキだが……

 恩に報いる義理固さはある。……まあ、イバラキが『恩』と感じるようなことをするのは、相当な難易度なのだけれど。

 今回はそのケースに該当するらしい。


 ならば、と梅雪はたずねることにする。


「では聞きたいことがある。俺はどうやってここまで来た?」

「……えぇ……いや、そこがわかってねぇのにあのはっちゃけぶりだったのかよ……」

「余計なことを言うと寿命が縮むぞ」

「……てめぇが海魔に成ったから、大辺がここまで召喚したんだよ」

「ああ、なるほど、海魔特性を得るとそこまで自由にどうこうできるのか。つくづく生かしておけん女だな……同時に、能力の持ち腐れが酷すぎる」

「そいつぁ全面的に同意だな」

「他に海魔としてここに呼ばれた者はいないか?」

「いねぇよ。まあ、どうにもあの女、てめぇ狙いだったからな。てめぇが手始めだったんだろうさ。オレもてめぇを重点的に堕とせって言われてたしな」

「なるほど、あの女の考えそうなことだ。支配下においた俺を放って、ここに攻め寄せる者どもを殺させるのは、愉しそうだからなァ」

「……てめぇも性格悪いな?」

「仏の顔さえ三度までだぞ」

「わかったよ。だがな、オレの処遇はてめぇに任せてんだ。殺すなら殺せ。好きにしろ」


 イバラキの言葉は真実であった。


 イバラキはとっくに覚悟を決めており、梅雪に命をあずける覚悟がある。

 だからこそ最初の『はっちゃけぶり』のあたりで梅雪は斬り殺さなかった。……ステータスが、見えるのだ。


 だからこそ、梅雪は『ある事実』をわかってしまっていた。


「山賊どもを先導させたが、ここに来たのは俺が最初、ということか。……なんというか、本当にあの女は、間抜けな横槍でこちらの計画を肩透かしにするな」


『ある事実』について触れないまま、梅雪はため息をつく。


 梅雪が七星(ななほし)家郎党を急がせたのは、一刻も早く大辺のもとにたどり着かせ、これを倒させるためであった。

 なぜならば、神は倒せない。

 道々で召喚されていた『触腕』や『手』は、梅雪の操る風、シンコウの纏う雷と同様のものである。

 剣による攻撃そのものを斬ることが不可能かつできても無意味であるように、あれは極めて生物的な見た目で、倒せば倒せそうな感じに誤認してしまうが、力そのものなのだ。

 あれを止めるには本体を倒すしかない。


 なので、あのまま海神の力による攻撃を受け続けては七星家家臣団が耐えきれないと思った梅雪は、山歩きに不慣れな家臣団を急かしてまで、大辺のもとへと駆けさせたの、だが……


 大辺が『自分で梅雪を召喚する』というあんぽんたんをしたせいで、急がせる意味がなくなってしまった。


 これを肩透かしと言わずなんと言うのか。


 思い出して嘲るように笑う梅雪。

 イバラキがこれに声をかけた。


「……トラクマは生きてんだな」

「キンクマは殺したがな」

「てめぇはよぉ……いや、いい。頼みがある」

「トラクマのことなら知らんが」

「……てめぇはよぉ……!」

「ここから貴様がこの俺に頼みそうなことなど、一つしかないだろう。だから断る。貴様の臭くて汚い郎党など、貴様が最後まで世話しろ。この俺の直属とするにはふさわしくない品のなさだからな」

「……」

「だが、どうにも自覚はある様子だ。貴様、助からんぞ」


 ステータスが見えたことで、わかってしまったことがあった。


 イバラキのスキル欄には、『海神の信者』というものがはっきりと刻まれている。


 確かに巫女たる大辺は倒した。

 だが、ゲームと同様、巫女を倒したところで信者でなくなるわけではないらしい。


 今はアメノハバキリを装備しているので抑え込まれているが……

 アメノハバキリを取り上げられれば、またイバラキの自我は『海』に沈み、地上を海に戻すべく活動を開始するだろう。


 上位の信者である巫女大辺がいなくなったから、イバラキはイバラキの意思で布教活動を始める。

 そのイバラキの意思とは海の意思であり、今度は、海神がイバラキを用いて、イバラキの能力で地上に『海』を広げんとする──正直なところ、それは大辺という『無能な上司』がついていた時より、よほど脅威であった。


 だがアメノハバキリを取り戻さないという選択肢はない。

 そもそもこの進軍はアメノハバキリを奸賊(かんぞく)・イバラキから取り戻すためのものである。


 だからアメノハバキリを取り戻すのは最初に決めた通りであり……


 梅雪はその予定をまげる気がない。


 そして海神の信者として動き出したイバラキを放置することもない。

 つまり、イバラキはここで死ぬ。


 梅雪は、顎を上げてイバラキを見下すようにしながら、語る。


「どうする? 貴様には、その剣を持ち逃げするという選択肢もあるはずだが。その方がコソ泥らしくてふさわしいのではないか?」

「てめぇら偉いオサムライサマは、オレら山賊なんぞ獣も同然と思ってるんだろうがよ。オレらにだって決まり事ぐらいはあらぁな。……仲間は見捨てない。恩人は殺さない。この二つだ」

「戦えば俺を殺せると思っているのか?」

「さぁな。だが、負けてやるつもりはねぇよ」

「ほう」

「……だからやらねぇって言ってんだろ。要求には従う。だが、トラクマの世話は任せたい。命を賭しての願いだ」

「貴様の命、まだ軽い」

「……てめぇ……!」

「だいたいにして、俺に何かをお願いできる立場だと思っているのか? 囲うだけの姫なら間に合っている。この俺に何かを願い出たくば、力を示せ」

「あぁ? そりゃあいったい……」

「海神の支配など、気合で打ち破れ」

「……」

「俺はやった。あの大辺さえも、やった。で、あれば貴様は? なぜできないと決めつける? 深海の暗さ、冷たさ、苦しさ。それがなんだ。……あんな磯臭いナマモノに好き勝手されていいのか? 決まりを押し付けられ、支配されていいのか? 違うだろう」

「……てめぇ、は」

「自分を差し出すな。何かを奪おうとする者を決して許すな。絶望を受け入れるな。死の運命など蹴っ飛ばして覆せ。その上で、アメノハバキリを俺に献上しろ。さすればその功を以て、『酒呑童子』残党、この俺の郎党に加えてやらんこともない」


 梅雪の言葉が切れた時、ちょうど、洞窟の入口から騒がしい足音が聞こえた。


 迫り来る気配は先導を任せた七星家侍大将・彦一(ひこいち)および、『酒呑童子』元メンバーである山賊どもであった。


 そいつらはイバラキと対面する梅雪、そして転がる大辺の死体を見て、何かを言おうとする。

 梅雪、片手を上げてこれを止めた。


「この俺に命を差し出すと言ったな。であれば命じよう。生き延びろ。命を賭した願いなど知らぬ。生きてこの俺の役に立て」


 七星家侍大将も見ている前で、凶賊『酒呑童子』首魁に生きろと命じる。


 この意味がわからぬ梅雪ではない。


 だが、これでいい。

 自分のために命を賭す者が、命懸けでその価値を示したならば、それに応じる。

 それこそが主人というものだと、梅雪は考えている。


 イバラキは……


「めちゃくちゃだな、てめぇはよぅ」


 笑った。

 笑って……


「トラクマ!」

「へ、へい……」

「何が起きても手ぇ出すなよ」


 勢いよく、アメノハバキリを地面に突き立てる。

 硬い岩盤の地面に、アメノハバキリは半ばまで突き刺さった。


 そして……


 イバラキは、『神関連のスキル無効化』の特性を持つその剣から──


 手を、離した。

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