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第72話 『酒呑童子』討伐・冬の陣 一

「ふむ……」


 氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)は、(かご)の外の景色を見て、感嘆の息をついた。


 大江山(おおえやま)の景色が変化していた。


 あたりは一面、雪に覆われて真っ白になっており、周囲を歩く七星(ななほし)家武士団が歩くたび、深く積もった雪を踏み分ける『さく、さく』という音がした。

 籠から顔を出して吐く息は白く、(のぞ)き窓から吹き込む風は肌が痛くなるほど冷たい。


 山の外はクサナギ大陸中がそうであるように夏で、来るまでには蝉がけたたましいぐらいだったが、このあたりには虫の一匹もいない様子だった。


 完全に冬の山──


(たしか酒呑童子という伝説的な(ドワーフ)が生み出した装備が原因だったか。とはいえ、装備を獲得しても、別に景色が変わったりはしなかったが……)


 水墨画めいた線で構築された自然物や動物、同じように水墨画めいて見える太陽や雲。それらはこの土地の『神』が原因だが、大江山に一年中四季折々の景色が広がっているのは、酒呑童子の作り出した伝説級の装備が原因──という設定だったはずだ。


(色々できそうな土地だなァ)


 大江山はどこの誰の領地という感じではなく、強いて言えば『魔境』『毛利家』『氷邑家』『熚永(ひつなが)家』のあいだにある緩衝地帯、という感じの場所だ。

 だが一年中安定して同じ季節、という気候は利用価値が高い。たとえ知識のない者でも、一年中冬の山があると知れば、大量の利用方法を思いつくだろう。


(氷邑家で欲しい土地だ。さて、七星家の扱いと……『酒呑童子』および『海神(かいしん)の巫女』の扱いはどうするか)


 とはいえ海神の巫女は殺すのが確定している。


『酒呑童子』も結果的には全員殺すことになるだろう。


 すでにキンクマとその部下とは山に埋めてある。


 まだまだ大江山(こう)は続くので、あんな裏切りそうな連中をぞろぞろ引き連れていくわけにもいかない。冷静に考えれば殺す以外にありえないのである。

 もしも無理やり戦わされている『誘拐された人』がいれば、大名家として保護せざるを得なかったが、一人もそういった者がいなかったのは僥倖(ぎょうこう)であった。足手まといを引き連れて冬の山を行くなど、自殺行為もいいところだ。


 侍大将・彦一(ひこいち)の希望で慎重に確認したが、『イバラキの情報や、山賊団での活躍をしたことがある強い者は来い。話を聞いてやる』と離れたところで情報を聞き出した結果、あることないことイバラキのことや、『酒呑童子』の活躍のことを語りだして有能さのアピールを始めたので、全員が山賊、あるいはその活動に組した者と判断し、全員斬り捨てたわけである。


 彦一が『さらわれて無理やり戦わされている者がいるやも』と言い出さなければ確認に時間を割かずに皆殺しであったので、梅雪的には無駄な時間をとらされたという感じだが……

 自分のために命を捨てる覚悟のある者の要求だ。そういった相手には梅雪も寛大に接する。時間を割いたお陰で納得を得られたのだから、割いた価値はあっただろう。


(……しかし、まあ、相変わらず誰もおらんなァ)


 最初。

『秋』の領域で『酒呑童子』の動きがなかったのは、本当に、動きがなかっただけ──


 得た情報によると、頭目であるイバラキが『海神の巫女』にSAN値を削られ精神支配をされかけていたので、そのせいで指示ができず、結果としてイバラキの手足である『酒呑童子』も動けなかった、ということのようだった。


 しかし今は単純に人員がいないのだろう。


 ゲームでは五千人いた『酒呑童子』だが、こんななんにもない山の中で五千人の食い詰め物が暮らせるはずもない。

 というか五千人というのは一般的な大名の領都の人口である。山賊がそんなにいてたまるかという話だ。

 おそらくゲーム剣桜鬼譚(けんおうきたん)で兵力と呼ばれているのは、なんか概念的な数字であり、実在する人物・団体とは一切関係ないのだと思われる。

 あれを『実際に生きてる人』に勘定すると、クサナギ大陸の人口が大変なことになるので……


 とにかく、『酒呑童子』のメンバーの半数以上はもういないはずだ。


 ゆえに、『冬』の領域から先、まったく襲われない可能性もある。


 もちろん、『酒呑童子』を倒して帝の三種神器のうち、剣たるアメノハバキリを取り戻しに来たので、障害が立ちふさがらないのはいいことだが。


(お前はそんなタマではなかろう? 海神の巫女、オーヴェティア。お前のスキルがあれば、兵力ゼロでも最大値まで確保できる)


 オーヴェティア、あるいは大辺(おおべ)には『海魔の招来』というスキルがある。

 上限を自分の統率力として兵力を無から生み出すスキルだ。


 システム的には、大辺が戦闘に参加する場合、兵力が常に最大になる。

 通常のユニットが徴兵というコマンドを経て資金をかけないと兵力を回復できないのに対し、大辺は海魔兵を戦闘に入ると同時に最大まで徴兵する。なので常に兵力最大で戦闘に臨めるというわけだ。


 海神の巫女というスキルが同じ場所に配置されているユニットに『海神の信者』というマイナススキルを勝手に付与するというのもあり、ソロでどっかの領地を治めさせるのに向いているユニット、というわけだ。

 こんなヤツにソロで治められる領地、かなり大変なことになってそうだが、領民が大変なことになったりはしない。ただリアルで運用したら絶対に海神の信者の領地にされそうだ。


 そう、現実(リアル)

 現実には神威(かむい)量という上限値があるので、ゲームのように自動で最大まで常に兵力を確保できるわけではないかもしれないが……


 梅雪は注意深く周囲を探る。


 すると──


 見つけた。


「七星家ェ! 周囲より敵襲! その数、千! 戦闘準備をしろォ!」


 梅雪が籠の中から叫ぶと、七星家の家臣団は──


 一瞬、戸惑ったように停止した。


 当たり前だ。籠の中にいる子供から、七星家が『天眼(てんがん)』で獲得した情報にない人数の襲撃が知らされたのだ。


 しかも七星家家臣団とて周囲警戒はしていた。


 冬の山は雪の照り返しのせいで視界がチラつき、特に近くの赤いものなどが見えにくい傾向にある。

 それでも剣士のみで組織された家臣団は気配を察知する。おまけに籠の中にはいけ好かない梅雪のみではなく、仕えるべき主人たる七星家後継の(おり)まで乗っている。その気合にゆるみはない。


 だというのに、感知できない千が出たと言われても、まともに取り合うわけがないだろう。


 だが、


「指揮官よりの命令なるぞッ! 各々方、(はよ)うせいッ!」


 七星彦一(ひこいち)が吠えるように命令を飛ばすと、慌てて動き始めた。


 梅雪は周囲の七星家家臣団の動きを観察し、思う。


(ふむ。悪くない)


 ウメの剣が見えなかったり、遅参の言い訳がお粗末だったりと、今のところ、いいところのまったくない七星家家臣団ではある。

 だが、指揮官の指示のもと、戦闘態勢に入って動けば、なるほど集の強みが充分にある。


(面白い)


 この三十人はたった三十人だが、剣士が三十人。

 海魔(かいま)の千体程度なら楽に相手取ることができる。


 もしもこれが海魔千程度に負けるのであれば、それは指揮官の質に問題があるということに他ならない──


(面白い)


 梅雪は邪悪に笑む。


(この大江山での戦い、道術と剣術には頼らん。貴様を斬るまでは、この俺も兵法で相手をしてやろう。たとえ相手が大辺ではなく、イバラキであったとしてもなァ)


 大辺が海魔の招来を使って侵入者へ対応し始めたということは、イバラキを殺したか、布教が完了したかだろう。


 現実において『海神の信者』というスキルを与えられた者がどういう感じになるかはわからないが、ゲーム的には、海のモノへの攻撃ができなくなり、布教をし始める。つまり洗脳だ。


 海神への帰依をし、海のモノどものために、その指揮能力を発揮するイバラキ。

 そして海魔という、一体一体の質は悪いものの、数だけはいる兵力。

 さらに戦う場所は大江山。イバラキのホームグラウンドだ。


 すなわち、


(相手にとって不足なし)


 梅雪は笑う。


 彼の指し手としての資質を問う戦いが、始まった。

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