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第68話 『酒呑童子』討伐・裏側の一

帝都騒乱の抜けていた話を割り込み挿入しました

サブタイトルの話数直しはまたあとで……

なお、それに伴い感想などズレてしまったことをお詫び申し上げます。

 氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)は、(かご)に揺られたまま、大江山(おおえやま)行楽(ピクニック)をしていた。


 もうずいぶん長く歩かせたせいか、次第に日が暮れ始めており、大江山『秋』の領域はどういう仕組か、秋相応の夕暮れに染まり始めていた。


 非常に、不自然である。


(……どういうことだ? キンクマどころか配下の山賊の気配もない)


 ここまで一人の山賊とも遭遇しなかったという不自然さが、夜が近付くとともに、じわじわと梅雪の胸中に不気味な予感となって広がり始めている。


 実際、ゲームとは違うのだから、これだけ広い山でなかなかめぐり合わないというのも、想像はしていた。

 だが過去の記録(データ)を調べると、山賊団『酒呑童子(しゅてんどうじ)』は討伐隊が来るとすぐさま発見し、夕刻までには包囲を完了、夜には一斉に襲い掛かる──という手段をとっている。


 だが、今は取り囲んでいる気配さえない。


 シナツの加護による風を使った索敵は、帝都騒乱のさいにふと閃いて蒸気塔で使ってみたものだが、これがかなり便利で、梅雪は可能な限りこの感知網を広げ続けるようにしている。

 さすがに戦闘に集中すると維持できないが、籠で運ばれているという状況は、風による周辺索敵への集中を邪魔しない。ゆえに今、梅雪の風索敵は十全のはずであった。


 だというのに、一人も引っかからない。


(山賊全員が、わずかたりともこの俺の索敵に引っかからないほどに有能? そのような画一化された質の高い軍隊めいた動きを全員にさせられるものか? ……何かがおかしいぞ)


 梅雪は今一度、『酒呑童子』とその首魁であるイバラキのことを思い返してみる。


 まず、あの帝都騒乱が、ゲーム剣桜鬼譚(けんおうきたん)における一行目の『帝、弑逆(しいぎゃく)される』の事件であるならば、その事件にイバラキがかかわっていたというデータはなかった。


 ゲームでイバラキを仲間にしても、彼女はまったく言及しない。

 イバラキの性格上、帝都陥落にかかわったなどという話は、酒の席で自慢をする(その後エッチをする)時に話してもよさそうだが……


(文字数の問題で入らなかった? それとも構想がなかった? ……いや、そんなゲーム的な都合を考えても仕方ない。これは現実で、あのゲームで起こったことも、俺が今いる歴史とは別の歴史のIFだったとして、イバラキが帝都陥落にかかわったことを自慢しない理由は……)


 一つ、『本人が納得していない』。

 目立った戦果を挙げられなかったゆえに黙っていた。

 あるいは不本意……弱みを握られたなど……な理由で無理やりやらされたゆえに、思い出したくなかった。


 二つ……


(……覚えていなかった?)


 他者の記憶を奪う、あるいは精神を操るスキル・描写があったユニットは……

 何人か、いる。


 推理を組み立てる。


(そもそも、なぜイバラキは帝都騒乱にかかわった? 誰かから金をもらって依頼を受けたか?)


 ありうるかありえないかで言えば、あり得る。だが、キャラ的にやりそうか、やらなさそうかで言えば、やらなさそうではある。


(……ならば、欲しいものがあって自主的に? 最初から三種の神器の剣を狙っていた? 確かにイバラキが欲しがりそうな武具ではある。あいつを目撃した場所が蒸気塔入口だったから、目指していたと言われればそうかもしれないと思う。だが、あいつは神器を見て『それはなんだ?』と問うイベントがあるんだぞ)


 このクサナギ大陸において三種の神器の存在を知らない者はいない。


 鏡や勾玉であれば見たことのない者、どういう形状か知らない者もかなり多い。

 だが、剣は『見せる神器』である。お祭りなどのたびに帝が掲げて行進していたという描写もあった。


 それが七支刀(しちしとう)という、様々な武器が出てくる剣桜鬼譚世界においても珍しい、というか神器として差別化するためにか、あえて使い手が誰もいない武器であることもあいまって、あの奇妙な形状を見れば、すぐに神器だとわかる。


 それなのに知らないという、イバラキの常識のなさをアピールするイベントなのだ。


 だからイバラキは、神器の剣について知らない。

 たぶんこの歴史、この時代でも、知らないだろう。


(ということは、誰かが吹き込んで奪わせた? いや、そもそも目的物ではなかった? ……ふむ。情報が足りぬか)


 様々な山賊団が、侍大将に雇われてあの場にいた──というのは、帝から聞いた。

 当の侍大将はその時すでに死んでいたので詳しい事情を聞くことはできなかったし、『酒呑童子』も山賊団なので、まあ金で雇われることもあるかな、ぐらいに思っていた。

 だがイバラキのキャラ性を考えてみれば、連中が『いかにも偉そうな侍』に金を積まれて雇われるというのはおかしい感じがする。


 イバラキは偉そうな侍が大嫌いなユニットなのだ。

 能力的には迷宮探索・侍大将に適性があるが、特定の属性(主人公以外の領主大名やその縁者など)を持つユニットと同じ地域で役職に就けると、相手キャラによっては殺してしまう。そして出奔する。


 だから帝の侍大将が『酒呑童子』に依頼できる伝手があったとしたって、それに従うとは思えない。

 金額によっては……どうだろう。ゲームでは、給料(知行)がいくらでも、偉そうなやつと同じ地域で役職に就けられれば、殺して出奔する。金額の問題ではないようにも思えた。


 この静かすぎる大江山の景色と、そのあたりの因果が、何か関係しているのだろうか?


 加えて、奪われた剣の安否も気になる。

 三種の神器は強力な装備であると同時にユニットでもあるので、台座と帝の血から解き放たれた今、目覚めている可能性もある……


 何にせよ、面白い事態になっていそうな予感がする。


「氷邑家後継、氷邑梅雪に申し上げる。供回りの家臣団は疲労困憊にて、ここらで休息を挟みたい。いかがか?」


 七星(ななほし)家侍大将、七星彦一(ひこいち)の声がした。


 梅雪はそれを呑むことにする。

 七星家後継の(おり)は椅子としての座り心地が最悪で、梅雪も無駄に疲労させられたのだ。


 心地よければ明日からも乗ってやろうと思っていたが、明日はもういいかな……と思える座り心地であった。


「アシュリー、一応、夜襲警戒をさせておけ」

「はぁい」


 とはいえ梅雪の直観は、今日は何も来ないと述べている。


 こうして大江山(こう)の一日目は終了することとなり……


 大江山に、夜が来る。


 鬼の()く夜が。



 イバラキは夢幻の中を彷徨(さまよ)っていた。


 海、海が見える。生まれてこのかた見たことのないはずの景色。大きな水たまり。真っ暗な砂浜から見るはるかな海。波によって白く泡立つその水に、イバラキはどんどん近付いていた。


 足が濡れる感触はやけに現実的で、自分は大江山にいるのか、それとも本当に海にいるのか、わからなくなっていく。

 水はやたらと冷たく、それから、足にまとわりつくような粘度があった。


 しかし、気持ちがいいのだ。


 足にまとわりついてくるような、冷たい水など、気色悪いに決まっていた。でも、たまらなく気持ちがいい。どんどん進んでいく。(くるぶし)が浸かり、ふくらはぎが沈み、膝が水に触れて、それでも止まらず、どんどん、どんどん、もっと深く、もっと深く……


 日差しの一切ない海は本当に暗かった。でも、イバラキには、その海の中の様子が手に取るようにわかる。いや、それはイバラキの感覚ではなかった。海そのものの感覚だ。


 自分は海の一部だった。


 いや、もともとは、この世界全体が海の一部なのだ。急に確信する。すべては海の一部だった。海が波を立てるのも、あるべき姿に戻ろうとしているからだ。すべてを海が呑み、すべてをあるべき姿に戻すことこそ使命。


 自分を一個の生命体だと勘違いしているすべてに、自分が海の一部であることを思い出させることこそ、自分が生まれた理由──


「……ガアアアアアアアア!!! 違うッ! チガウ! オレは、あたし、くそ、オレの、オレだぞ……!」


 イバラキは夢幻の中の海で、自分の頭が完全に沈む前に自我を取り戻す。


 息苦しい。水がまとわりついてきて冷たい。自分が海の一部だと思っていた時にはあれほど心地よかった水が、今は全身を縛り付ける氷の縄のように感じられた。

 夢幻の中の海で頭を水の上に出しているというのに息苦しい。頭の中で声がする。『頭まで沈めば楽になれる』『お前も自分たちの一部に還れば楽になれる』。それはきっと真実なのだろうと思う。この海に呑まれてしまった方が楽だ。


 だが……


 だが…………!


「フザ、ける、なァ……! オレは、オレ、だ! お前らの、一部、じゃ、ねぇ!」


 山賊団『酒呑童子』が根城、山中にある横穴の中。

 とうに夜となったその場所を照らす明かりは、奇妙な青白い煙をあげる、太い蝋燭(ろうそく)であった。

 その蝋燭から立ち上る煙からは特殊なニオイがした。それは花のような香りであり、柑橘のような香りもあり、それらに隠された、しかし隠しきれていない磯臭さがあった。


 蝋燭はイバラキを囲むように配置されており、地面には蝋燭と蝋燭の間を結ぶような線が引かれている。

 その線は名状しがたい紋様を描いており、線自体がほんのりと青い光を放っている。


 その陣を見てから……


 青い袴の巫女は、細い目でイバラキに視線を移し、唸る。


「あらあら、なんと恐るべき自我の強さでございましょうか。ここまでされて、まだ海への帰属を拒否するなどと。暗示は入りやすいのに支配はなかなか入らないというのは、珍しいケースでございますねぇ」


 海神の巫女は細い目の片方を見開く。

 その瞳はぼんやりと濃い青の光を放ち、その瞳孔は人間のものではなく……歪に四角い、どの生物ともわからぬものであった。


知能(INT)は低いけれど精神力(POW)は高い、というあたりでございますか。あるいは正気度(San)が高いのか……数値の判別し直しが必要……」


 海神の信者たちは人の能力を独特な方法で数値化する。

 筋力(STR)耐久(CON)精神力(POW)器用さ(DEX)魅力(APP)大きさ(SIZ)知能(INT)教養(EDU)……

 それら数値からは戦闘時耐久力(HP)神威量(MP)、それに正気度(San)、さらには幸運(LUC)さえも観測できると信じるのが海神の信者たちであり、これによって人を見極め、適切な相手と接触して精神操作を行い、『この世界を海に還す』という目的のために暗躍する連中であった。


 この海神の巫女もまたゲーム剣桜鬼譚(けんおうきたん)に登場するキャラクターであり、彼女は同じ領地に配属されたキャラクターをランダムに選択し、勝手に『海神の信者』というスキルを付与する厄介なキャラクターでもあった。


 海属性のユニットを相手に攻撃できなくなる、海神の信者あるいは巫女のいないパーティに編成できなくなる、他のユニットに勝手に海神の信者スキルを付与するなど様々なデメリットがあるが、もっとも厄介なのは『勝手に他者のスキルを上書きする』ということだろう。

 たとえばウメの忠犬などのスキルも、海神の信者で上書きが可能だ。上書き対象のユニットが『海神の信者スキル持ちと同じ領地に配属されている者の中から』ランダムであり、上書きするスキルも『スキルが四つ全部埋まっている場合のみ』ランダムで選ばれるので、確率的には低い。

 だが、確率があるということは起こり得るということ。そしてRTAなどでガバ運による致命的失敗(ファンブル)が起こるのはもはや風物詩であり、RTAプレイヤー泣かせの視聴者笑わせというスキルであった。


 この海神の巫女は能力的には内政がとても高いので、どこかの代官に単身で任命してしまえば、デメリットを踏み倒して能力だけ利用できる。ゆえに単身運用が推奨されるキャラであった。


 だがここはゲームではないので、彼女は彼女の意思で勝手に移動する。


 ゆえにこそ、ゲーム的に言えばイレギュラーが起こっていた。

 そもそもゲームにおいてイバラキは帝都陥落にかかわらないのだ。


 それもこれも、イバラキの中の『支配者への反発心』を暗示によって高めた結果である。

 海神の信者は地上を海に沈めるために活動しているので、地上の支配者にして守護者たる帝を倒す機会を常に狙っている。なので帝に対抗できそうな手駒を焚きつけて回っていると、そういうのが、イバラキの帝都騒乱参戦の原因……


 否、遠因か。


 この海神を祀る者どもの目的は『地上のすべてを海に還すこと』であり、そのためにもっとも邪魔な『帝の排除』だが……

 この巫女個人の目的は、他にある。


 ゲーム知識でもわかりようのないイレギュラー。


 ……だが、イレギュラーは、海神の巫女だけではない。


 ここにある剣もまた、イレギュラー。


 そして、その剣は──


(はわわ……どどどどどしよう……なんか怖いところ連れてこられちゃった……た、助けてほしいんだよ、おねえさまぁ……)


 イバラキの狂態と、ほくそ笑む海神の巫女の視界に入らない位置で、人化もできずに震えていた。


 この事態を文字通り一閃できるはずの神器、『アメノハバキリ』は──


(おうちに帰してぇ……)


 その勇気のなさゆえに、自分を救い出してくれる誰かを待っている。

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