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第61話 帝都騒乱・送り出し

 帝都騒乱が収まってより数日……


 帝は謁見を控え、新しくなった家老に、御簾(みす)の中から話しかけていた。


「……氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)のこと、どう思うか」


 これから始まる謁見は、氷邑梅雪と、氷邑家郎党を労うためのものである。

 まず、帝なので公式の場での謝罪はできないものの、妹である夕山神名火命ゆうやまかむなびのみことを迎えに来させたことについては、謝ろうという用意がもともとあった。

 そもそも氷邑家に『迎えに来い』と連絡するのはマナー違反もいいところだというのは、帝も理解している。

 理解してなお、夕山が熱心に頼むので、その時は仕方ないなあと思って手紙などしたためてしまったが、冷静になって思い返せばあの判断は、氷邑家との絶縁もありうる危険なものであった。

 夕山にお願いをされるといつもこうなる。正しい判断がどうでもよくなり、どうすれば夕山を悲しませずに済むかばかり考えてしまうというのか……


 それに対して氷邑家は、『氷邑家』が迎えに来るのではなく、夫となる梅雪とその郎党のみが来るという方法をとった。

 これなら氷邑家の顔を潰さずに済む。妙手である。


 氷邑家後継梅雪は道士であり、そういう政治のできぬ男であるという評判だった。だが、もしもこの行動が梅雪の発案であるならば、帝は梅雪への評価を改める必要を感じていた。


 そして今回、帝都騒乱において、火撃(かげき)隊の桃井(もものい)より、氷邑家郎党が比類ない功績をあげたことを上奏されている。


 郎党どもが倒した凶賊は、『騎兵殺し』と『カドワカシ』という、どちらも火撃隊の天敵と呼ぶべき相手であった。

 南区には凶悪な剣士が他にもいたようだが、この二人は他の者と比べても頭一つ抜きんでるほどの手練れだろう。


 それを、氷邑家郎党が倒した。

 桃井というのは火撃隊色付き(エース)部隊のまとめ役もしている者だから、その証言には信憑性がある。

 また、確かならざる筋の情報であるが、北区にいた『城壁割り』なる山賊を、氷邑家の剣士が一騎打ちにて討ち果たしたという報告もあった。


 さらに言えば、銀髪の少年が、西区でヤマタノオロチを倒し、また、蒸気塔で夕山を守り抜いたうえ、事件の黒幕の一人らしい熚永(ひつなが)アカリをも討ち果たしたという話まである。


 それらすべてが真実であれば、帝都は氷邑家に救われたと言って過言ではない。


 だが……


 帝は、なかなか答えない家老への質問を変える。


「『銀髪の剣士』。氷邑梅雪だと思うか?」


 その剣士、年恰好は梅雪であり、銀髪というのは氷邑家の特徴である。

 だが、剣士なのだ。剣士というのは生まれつきの才能であり、後天的になることができない。


 であるならば、氷邑家は息子の剣士の才能を隠し、無能道士という噂を流していた?

 一体、なんのために?


 帝の二度の問いかけに、新しい家老はようやく口を開く。

 この男、慎重で思慮深いのが美点ではあるのだが、発言一つ一つを熟考するため、口が重すぎるのが欠点であった。


「たとえそうであったとしても、気付かぬフリをするがよろしいかと」

「理由を述べよ」

「たとえば氷邑家が後継の剣士の才能と、あるいはもっと他の能力を隠していたとします。それで得られるものが、帝へのご謀反のための欺瞞しかございません」

「……」

「このたびの功績とあまりにも相反します。ゆえに、触れぬべきかと。……我々は、名を確かに名乗った氷邑家郎党を祭り上げ、この帝都の混乱を乗り切るべきなのです」

「氷邑家郎党は、天狗(エルフ)と獣人である。……祭り上げること、適うか?」

「名誉人間という扱いにすれば、人々の差別の心も刺激されますまい。今はとにかく、乱れた人心に安らぎを与えること。そして、功比類なき氷邑家、あるいは氷邑梅雪自身を刺激せぬこと。……最後に、この騒乱に加わった者たちの動機をきちんと(つまび)らかにすること。この三点のみを重要事とし、これ以外はきっぱりと捨て去ること。これ以外にありませぬ」

「……動機を詳らかにせねば、ならんか」


 動機についての聞き取り調査も終わっている。


 神器を狙った者……剣を奪った何者か、勾玉を奪った何者かがいた。

 また、ただただ夕山への思慕に狂って、夕山の婚約、そしてほぼ同時に輿入れをすることへの反発をあらわにするために立ち上がった者、多数いた。

 さらに、夕山殺害のために動いていた者がおり、それは熚永アカリという、火撃隊色付き(エース)の一人にして、御三家の縁者である。


 御三家と、妹の夕山。


 どうしても正直に事件の原因を語ろうと思うと、この存在に触れねばならない。


 ゆえにこそ罪を犯していない御三家である氷邑家が、これらの野望を打ち砕き……

 混乱のもととなった夕山をもらいうけるとするのが、いいのはわかる。


 帝は政治的にそうすべきだというのは、重々承知している。


 それでも、夕山かわいさから、あの子の評判や経歴に傷がつくような判断には、迷ってしまうのだ。


 前家老はそのあたりの帝の迷いに寄り添った。


 だが新しい家老は、熟慮する慎重なる者にして、肉親の情に悩む帝に、斬りかかるがごとき意見を述べる者でもあった。


「功罪において、夕山様は被害者であらせられる。この点については疑いようもございません。しかし、そもそも、事件の大半は夕山様の魅力が発端なのです。帝の傍に侍る者として、この首を懸けて諫言(かんげん)いたします。夕山様は危うい。その性質、ご本人のご気性やお考えとはまったく関係のないところで傾国にございますれば。危険性の周知は必要かと存じます」

「……わかっている。そういう判断をするお前だからこそ、今の帝都に必要なのだ。このような時期に家老に任じてしまったこと……」

「帝が軽々に謝罪をしてはなりませぬ。あなた様は、お若い。しかし、帝なのです」

「……わかっている」

「仮にあと十年も輿入れの話が決まらずにいれば、狂った者たちが帝都を焼き尽くしたことでしょう。今であるからこそ、この程度の被害で済んでいるのです。そのことをどうか、お忘れなきよう」

「…………わかっているさ。しかし一つ言わせてくれ。まさか、この帝都で騒乱を起こした多くの者の動機が、恋に狂ってなどとは! 夕山の魅力は認めよう。しかし、こんなの予想できるわけがあるか!」

「それについては同感に。さしづめ、今回帝都を焼いたのは、恋の炎といったところで」


 新しい家老は、熟慮する慎重な者にして、帝に斬りかかるがごとき意見を言う者にして、顎のがっしりした巌のような面相の、武人の気配が濃厚に薫る者でもあった。

 端的に言うと冗談を言いそうにもないし、ロマンチックな言葉を使いそうにもない。


 その者から『恋の炎』などという言葉が飛び出してどうしていいかわからず、帝は御簾の中で黙ってしまった。


 そうこうしているうちに、氷邑梅雪とその郎党の来訪が知らされる。


 家老は巌のような顔の中にあって、よく見ればかわいらしいキョロリとした丸い目を御簾の中へと向けると、念を押す。


「くれぐれも、『仮面の剣士』には触れぬよう。氷邑梅雪、爪を隠した竜やもしれませぬ。しかし、同時に、その性質についての風聞までもが偽装とは限らぬのです」

「わかっている……」


 しかし、帝はこうも思うのだ。


 無能であることだけが欺瞞(ぎまん)であり、真実は有能で……

 しかし、その性格については『狂にして暴』……ようするに『ささいなことですぐにキレてしまうし、キレると自分の怒りをかった者を決して許さない』という風聞のままだとすれば、それは……


(有能でキレやすく容赦がない……それって、最悪なんじゃあないのか?)


 本当に妹を嫁にやっても大丈夫なのだろうか。


 帝はなんだか、腹痛を覚え始めていた。



 謁見と、帝よりの謝罪、それにウメとアシュリーを祭り上げるためのパレードの設定および、パレードが終了する。


 そしてようやく、氷邑梅雪は、長くなってしまった帝都滞在からの帰路についていた。


 なお、行きは梅雪、アシュリー、ウメの三人に馬車室が一つということだったが、帰りは百人ほど増えていた。


 今回──


 帝都騒乱で、帝都は乱れに乱れた。

 街の被害、人命被害もかなり出たが、それ以上に人心に被害が出た。


 そこで帝は事件解決をした氷邑家郎党と、その郎党を連れてきた梅雪を英雄のように奉り、熚永が騒乱に犯人側としてかかわったことを隠しもせぬ状態で、ひたすらに氷邑家をチヤホヤした。


 帝都騒乱を収めた功労者としてアシュリーとウメがあちこちに引っ張り出され、アイドルみたいに扱われた。

 とても居心地が悪そうだった。


 そういう扱いをしたものだから、帝都を救った二人を粗略に扱うわけにもいかず、この二人に百人ほどつけて、夕山の護衛部隊とし、英雄を帝都から送り出したというわけであった。


 梅雪は、馬車室の中からちらりと外に並ぶ百人を見て、思う。


(あんな事件があったあとで百人もつけられてもなあ。信用できんが……)


 本当にひどい騒乱だった。

 信じるべき者、長年ともに過ごした者、帝に仕えるべき御三家、そういった者たちが裏切ったのだ。

 しかも動機は総じて『愛』である。


 愛が人を狂わせるというのはよく聞く話だが、こうまで狂われると本当に怖い。


 職責も家の使命も、それまでの人間関係さえ度外視していきなり裏切ってくるようになる、その理由こそが『愛』である。

 つまるところふと燃え上がったからであり、周囲を囲む百人がふと燃え上がらない理由がない。

 梅雪視点では、百人のいつ裏切るかもわからない武装集団に囲まれている状態であり、全部置いて行きたい気持ちもわりと強い。


 とはいえ生存させてしまった帝に今さら反旗を翻すのもな……という気持ちであるので、今は大人しくしておく気分であった。

 第一に、まだ疲れが抜けておらず、ちょっとだるいのだ。


(さて、あと最低八年は起きないと思っていた乱が起き、しかもこの俺が鎮圧してしまった。この世界は果たしてこのあと、ゲームのような戦国時代になるのだろうか。それに、俺が帝になる計画も狂った)


 剣桜鬼譚世界における帝とは天皇ではなく征夷大将軍に近くはある。

 ゲームにおいて血縁のない者たちが神器によって帝を僭称していたりもしたが、そこからわかる通り、血縁というのは大事だが、一番大事ではない。


 重要なのは力だ。


 帝が帝たる根拠は三種の神器をすべて持っていることである。

 まあ、帝は最上級の剣士の血筋であり、その血筋ゆえに強いので、結果として血統もまた重んじられている──というようなことはあるのだが。それは二番目。

 一番大事なのは神器という戦略兵器を所持し、いつでも使えるということである。

 無差別戦略兵器すぎて帝都騒乱では出番がなかった(使うと尋常ではない範囲を巻き込む)が、『いざとなれば使える、地域一帯を吹き飛ばせる武器』を所持していることは、帝の権威を強く保証していた。


 そのうち二つがなくなった。


(すべてそろわないと風聞のような力は出ないはずだが、一つ一つでもそれなりに使い道はある、か。さて、剣を持つはずだった家老七星は死体が発見され、剣は誰が持ち去ったかわからない)


 これによって元家老七星は今回悪者だったのか、ただ単に危機的状況下で帝の妹を保護しようとしただけなのかわからなくなってしまっている。

 何せ元家老七星が神器を狙っていたという情報は梅雪の頭の中にしか無い。

 これを頭の中の知識だけで悪者と語ると面倒なことになるし、大体にしてこの世界を生きる人々がゲーム通りの行動をするとは限らないため、梅雪も元家老七星が神器を狙っていたとは誰にも言っていない。


 そして元家老七星が死体で発見された状況は、神器を守って賊に抵抗したようにも見えるのだ。


(ゲームと同じであれば剣を奪ったやつは南の方に逃走するが……まあ、位置も変わるだろうな。勾玉はゲームの通りであれば荒夜連(こうやれん)が持ち去り、鏡を持ち去るはずだったアカリは死んだ。さァ運命よ、どうズレる? この俺に牙を剥かないなら、無視してやってもいいぞ)


 だがそうはならないだろう。


 きっと、運命は自分に牙を剥くはずだ。

 梅雪がそう思うことに根拠はない。あるとすればそれは、自分の性質の問題であろう。


 何をされても、味方の発言以外、だいたい全部煽りに聞こえる認知の歪みがあるのだ。


 であれば運命がどう動こうとも、きっと自分が煽りとみなす何かは起こるだろう。

 ゆえに運命が自分に牙を剥くというよりも、自分が運命に牙を見出す。そういう予感がした。


(まあ何にせよ、やることは変わらん。俺は最強になる。何が来ても……たとえ、父を殺せるような何かが来ても、そいつに負けてやるわけにはいかんのでな)


 殺される姿がまったく想像もつかない父・銀雪(ぎんせつ)

 その銀雪を暗殺するとなれば、今の自分では及びもつかない手練れであろう。


 それに剣聖も殺したい。


(……まだまだ、努力を継続する理由は失われておらんな)


「ふふ」


 梅雪は笑う。


 その声に反応するのは、同じ馬車に乗る夕山(ゆうやま)であった。


「ど、どうしたの? 何か楽しいことあった?」


(親戚の子供との距離感がわからん女という感じだな……)


 この微妙な距離感。気安いのと『あまり敬語を使うのもおかしいかも……』という不安がないまぜになった、ヒクついた笑み。完全に『陰』の者である。


 しかしそれだけの陰仕草をしておきながら、見た目の高貴さですべてなかったことにする。圧倒的顔面パワーである。


 梅雪はこの、微妙に庇護欲をそそる女の顔面を見て、少し考えてから……


「何、やりがいのある人生だと思ったまでよ」


 敵が多い人生はつまらない。

 だが頑張れば倒せる敵がいる人生は満ち足りたものである。


 氷邑梅雪は馬車室のボックスシートにごろんと横になると、まどろみ始めた。

 次に自分に土下座することになるのは誰だろうか、なんて考えながら眠ると、とてもよい夢を見ることができた──ような、気がした。

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そういや梅雪は夕山に同じ転生者だって言わないんすかね 自然にわかるようにするのかな?
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