第6話 初めての実戦
ところで剣桜鬼譚のキャラクターには三竦みが上下二種、合計六種類の兵科が存在する。
下位の三竦みは剣士、騎兵、道術士であり、道術士はステータスの都合で有利なはずの剣士にもぶち抜かれるが、本来、道術士に強いのは騎兵なのである。
で、騎兵とは何か?
これを見て『騎馬隊』を想像する者は多いだろう。実際、ゲームの剣桜鬼譚でも、騎兵の真相を知って『騎馬じゃねーのかよ!』というツッコミは絶えなかった。
騎兵は騎馬ではないのだ。
では、何か。
答え。
「ほう、我ら機工絡繰忍軍に戻って欲しい、とな?」
梅雪はゲーム知識を活かして、自家隠密であった機工絡繰忍軍の隠れ場所へと向かった。
機工絡繰忍軍は、ボディスーツをまとって手足にパワードアーマーを身に着けた集団である。
忍軍兵たちは暗視用ゴーグルを身に着け、黒く塗った絡繰甲冑を装備し、プシュープシューと動くたびに減圧の音を立てていた。
そう、騎兵とは。
『騎乗兵器乗り』のことである。
開発に曰く『筋肉担当の剣士、魔法担当の道術士、科学担当の騎兵』ということらしいのだが、どうして筋肉と魔法と科学で三竦みにしてしまったのか、多くの者の混乱を呼んだ。
だがそれはそれとしてロボットとかメカが出てきて嬉しくない男の子(男性向けえっちゲームなのでお客さんは大体成人した男の子たち)はいない。
実際、目の前でどう見ても戦国時代にあってはいけないテクノロジーで出来たアーマーを身に着けた人たちが動いているのを見て、氷邑梅雪でさえも、感動的なものを覚えていた。
しかし減圧のためにプシュープシュー音がするのは、情報収集や諜報を生業とする忍者としていいのだろうか、というようにも思わなくはない。
「ボンは機工甲冑が珍しいのか?」
出奔したはずなのにやけにフレンドリーに話しかけてくるのは、元氷邑家隠密頭である。
その名は『阿修羅』。
梅雪の目の前にある姿は体長二m以上は確実にあり、横幅も横の長さが一m以上はあるであろう、巨大な絡繰であった。
流石ネームドキャラ、他の隠密たちと違って、その肉体はいっさい露出していない。完全に『中』に乗り込んでいる。
ずんぐりむっくりしたシルエットは遠目に見れば愛嬌があるものの、こうして近くで向かい合ってみると、その金属の質感と巨大さはひたすらに威圧的である。
おわん型の頭部の中で赤く光るモノアイもまた不気味であり、巨大な体に比してなお巨大な両腕は、特に戦闘体勢に入っていない今でさえ、圧倒的な力強さを感じさせた。
それと、正面から向き合う。
十歳の少年にとってはそれだけでも大層な胆力が必要なことであった。
だが、『こいつらを土下座させる』と決めた梅雪はひるまない。
煽りに対する報復は、梅雪からあらゆる恐怖を取り除くのだ。
「いや何。いい装備だと思ってな」
梅雪は薄く笑った。
巨大なモノアイの絡繰が、男性とも女性ともとれない、機械的に変換された声で「おお!」と喜ぶように声をあげた。
「分かるか! センスはいいじゃねぇか!」
「ああ、分かるとも。何せ貴様らの装備は、氷邑家の金でそろえたものだからな」
「……」
「その装備を盗んで出奔した気持ちはどうだ? 俺なら恥ずかしくてそんなに堂々としてはいられないが……」
そう、何がムカつくって、軍備のためのお金は氷邑家が出しているものだ。
それを用いて用意した兵器を持ち逃げしたのだ、この連中は。これは梅雪でなくともムカつくだろう。
しかもルートによっては、この持ち逃げした装備ごと主人公に降るのだ。
ありえない恥辱。埒外の屈辱。雨の日に傘をパクる野郎なみの外道行為……!
「今すぐ全て脱ぎ捨てて、俺の前に土下座しろ。そうすればその後の身の振り方について一考してやらんこともない」
梅雪は人差し指を地面に向けた。
『そこにはいつくばって土下座しろ』のハンドサインだ。
通常、これには反論不可能である。一〇:〇で盗んだ側が悪いのだから。
だがここは戦国時代をモチーフにした世界。倫理観もまた戦国時代であった。
「オレたちをつなぎとめておけねぇ、見る目のない当主が悪いんだろ?」
全く悪びれた様子もなく、男性にも女性にも聞こえる機械音声は発言してみせた。
梅雪のこめかみがヒクッと動く。
梅雪の不機嫌に気付いていないのか、気付いてても、『無能な氷邑家後継』ごとき恐れるに足りないと考えているのか、目の前の巨大な金属の塊は、言葉を続けた。
「だいたいよぉ、隠密がまるまる抜けたことにも気付けない程度の連中しか残ってねぇ時点で、氷邑家は終わってんだよ。必ず負ける家に忠義を尽くして何になる? この時代、生き残れなきゃ意味ねぇだろうが」
「盗人猛々しいとはこのことだな。まさかコソ泥風情から説教を垂れられるとは思っていなかった。だが、夏場の蚊のごとく人目を盗んで動く手腕には一定の評価もしてやろう。……最後通告だ。今すぐ、氷邑家から盗んだものを丁寧にそこにならべ、この俺に頭を垂れろ。そうすればまだ、いい扱いをしてやれる」
「は! しなかったらどうする?」
「立場を分からせてやる」
「言うじゃねぇか! 剣才のかけらもないボンが! いいぜ! やってみな! ……おい、お前たち、手を出すなよ! 数の差で負けましたなんて言い訳されたかねぇからな!」
周囲を囲む機工絡繰忍軍の忍兵たちが、装備を鳴らしたり、声を発したりと承諾の意を示す。
その態度はどれも、梅雪を嘲笑しているかのようだった。決して敵わない相手に挑む身の程知らずを見下すような視線が、梅雪に突き刺さる。
梅雪は、感じた。
(悪くない)
ふつふつと心の中で何かが煮えたぎるような感覚がある。
これは、怒りだ。
今まで怒鳴り散らし、喚き散らして発散していた『癇癪』や『苛立ち』ではない。明確な怒りだ。
『こいつのこれが許せない。だから、こうしてやる』という怒り。
心を燃え上がらせ、しかし、逆に頭は冷えるような──憤怒。
だから梅雪は、嘲るように顎を上げて笑った。
「おいおい、泥棒の分際で何を『一対一』にこだわっている? 貴様ら卑怯者は、わざわざこうして出向いてやったこの俺を取り囲んで集団であたるのがお似合いだろう?」
「ハンッ! 言い訳されたくねぇから、オレが一人で相手をしてやるって言ってんだよ」
阿修羅は赤いモノアイをぎょろりと動かして梅雪を見下しながら、半歩前に出た。
全高三メートルにも達する、漆黒の金属の塊だ。ただの半歩前に出られただけで、その威圧感は倍にも三倍にもなる。
しかし氷邑梅雪、その半分にも満たない身長で全く引き下がらず、むしろ胸を張り、顎を逸らして、まっすぐに阿修羅を眺め、余裕を崩さない。
「言い訳?」
鼻で笑い、
「おいおい、本当に頭が悪いようだな、阿修羅よ。やはり貴様は誰かの下にいるのがお似合いだ。独立して仲間たちを率いて生きていくなど出来はしないようだ」
「あぁ!?」
「いいか阿修羅。優しく言ってやる」
梅雪は、阿修羅のボディをコン、と軽く叩き、
「これから『言い訳』が必要になるのは貴様らの方だぞ?」
「…………なんだと?」
「元……否、『暇を出してやっている』氷邑機工忍軍。その数はどれほど多く見積もっても百にも届くまいよ。……たかが、それっぽっちの数で、この俺を相手にするのだぞ?」
コン、コン、と梅雪は優しく阿修羅のボディをノックしながら、
「百にも満たぬ数で、この俺を倒せると思ってか? ──いいからさっさと、まとめてかかってこい山猿どもが! この俺直々に身の程を教えてやる!」
阿修羅は──笑った。
金属の頭に赤いモノアイを一つ備えただけの機工甲冑は、確かに、笑ったのだ。
「面白れぇ。……後悔すんなよ、氷邑のクソガキィ!」
「お前の方が歳下であろうが山猿ゥ!」
梅雪が腰の剣を抜く。
機工の甲冑を備えた忍軍がゴーグルを光らせる。
氷邑梅雪と、氷邑機工忍軍──
ここに、梅雪最初の『実戦』が、始まった。