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第52話 帝都騒乱・終幕の二

 帝の祖がクサナギ大陸を統一した際、ともに旅した者たちがいた。


『盾』の氷邑(ひむら)


『目』の七星(ななほし)


 そして──


『矢』の熚永(ひつなが)


 現代のクサナギ大陸において、弓矢というのは卑怯者の武器である。


 なぜ道術やら騎兵の機銃やら、剣士の衝撃波やらが卑怯扱いされず、弓矢だけがこうも(さげす)まれるに至ったのか?


 それは、時代の流れとしか言えない。


 まず、帝の祖がクサナギ大陸を統一し、氾濫(スタンピード)を鎮圧するまで、クサナギ大陸は戦乱の世であった。

 しかし統一後には(もちろんいくつかの混乱はあったにせよ)平和な時代となり、帝も三代目となるころには、惣無事(そうぶじ)、つまり大名同士の私闘が禁じられるようになった。


 そうなってくると、他家に不満を抱く者たちはどうするか?

 大人しく決まりに従う?


 否。


 暗殺が横行する。


 帝の祖は絶対的な英雄であった。

 その武威を誰もが恐れた。


 ゆえに、帝にバレずにこっそりやっちまおうということになったのだ。


 そういう時に活躍したのが弓矢である。


 まず、弓矢というのは、よほどの強弓でもない限り、剣士以外にも引くことができる。

 そして神威量関係なしに遠距離からの狙撃が可能だし……


 何より、これが今、卑怯扱いされている最大の理由なのだが──


 音がない。


 音がない飛び道具というのがいかに危険なのか、実際に狙われる想定をしてみるとわかる。


 本当に音がないのか? たとえば、放った瞬間に『カンッ』という音がしたり、飛んでいる時に矢羽根が風を受けて『ひゅるるるる』と鳴ったり、突き刺さった瞬間にはそれなりの音がするものではないか?


 しない。少なくとも、街の中で不意に放たれた時に気付けるほどの音はない。

 神威による現象や騎兵の攻撃に比べてしまうと静かであり、その静かさは街の物陰で使用したあと、位置を特定される前に逃亡が可能なほどである。


 すなわち弓矢が卑怯者の武器と蔑まれるようになった背景には、『静かである』『誰でも修練次第で使えてしまうこと』、その二点による『使った者の顔も名前もわからないようにできてしまうこと』が挙げられる。


 それにより矢の熚永は御三家の中ではおちぶれた。

 矢の、というのはかつての呼び名であり、今は公式には『槍の』となっている。もともと剣士の血筋であったために強弓を引けたのだが、弓というものが時代によって排斥されたことにより、槍を使うしかなくなってしまった。そういう歴史が熚永家にあった。


 だが、熚永家では、未だに、才能のある縁者に弓の修練をさせている。


 それはまったくもって帝への忠誠心からの行いであった。


 いつかまた帝が熚永の矢を必要とした時に、再び求めに応じるために、弓矢の技を絶やしてはならない……


 それゆえに熚永家は現代まで秘伝として弓術を伝えており……


 親族の中で最高の才能を持ち、熚永の秘蔵っ子とされた者が、帝都火撃(かげき)隊のエースになった時には、一族郎党、みな喜んだ。

 なぜって、帝都火撃隊は帝都の武力の象徴であり、帝直属の部隊だからだ。

 帝への何よりの忠誠心を誇りとする熚永家は、秘蔵の天才が熚永の忠誠心を体現してくれたことを喜んだのである。


 その秘蔵の天才こそ、熚永アカリ。


 アカリの放った熚永家重代(じゅうだい)強弓(ごうきゅう)は、その名を『(いさ)()』と称する。

 熚永の悲願たる『帝をお傍で支え続ける』というものを体現した天才、熚永アカリに熚永家から貸与された赤く輝く弓。

 持って運べば光がひらめく様子……そういった様子を指して熚熚(ひつひつ)と称する。

 あるいは、矢を(つが)えて放てば、火が弾けるような音がする。その音を表現するのが、熚という文字であった。


 全高三m(メートル)に迫ろうという蒸気甲冑でようやく引けるサイズのこの弓を、熚永の祖は生身で引いたらしい。


 その、忠誠にあつい祖がかつて使った、熚永の重代強弓が今……


 帝の御所たる蒸気塔に向けて、帝の愛する妹の夕山神名火命ゆうやまかむなびのみことがいそうな位置へと、放たれていた。



 剣士は己の肉体と身に着けたものに神威を込める。

 道士は神威を外部に発して現象を起こす。

 騎兵は搭乗した兵器に神威を流すことで己の肉体と化す。


 弓士というのは剣士の才能なくば、剣士に通る弓を引けない。

 しかし身から放した矢を強化し続けなければならないため、道士の感覚も必要となる。


 この条件の難しさもまた、弓士が廃れた原因の一つではあっただろう。

 世間でいかに評判が悪かろうとも、習熟が簡単で効果が高ければ存続する。

 だが、弓という道具は高い技術力が求められるものであり、だというのに集団戦においては数をそろえないと話にならない。

 同じ距離でもっと準備がいらず大規模に軍団を薙ぎ払える道術というものがあるのに、わざわざ撃ったら終わりの矢をせこせこ作って、専門技術職とも言える弓兵を大量に育ててというのは、コストがもったいない。


 風評、難易度、維持・作成コスト。

 これら三つが弓士というものを完全にこの世から消してしまった。


 だが。


『矢の熚永』に言わせれば、それは不完全な弓兵の姿である。


 矢の熚永は、矢の事前準備など必要ない。

 なぜなら、己の神威を矢にして飛ばす剣士だからである。


 ……代わりにその特殊すぎる技能ゆえに修得難易度があまりにも高く、大量に用意できないという難点がある。


 その中でも、現代における天才の秘蔵っ子、熚永アカリの神威矢は──


 城壁を抜き、中にいる者をまとめて消し飛ばす迫撃砲も同然のものであった。


皆中(ヒット)ォ!」


 くるん、と衝撃吸収機構により回転する弓を再び構え直しながら、アカリは高らかに叫んだ。

 よく通る高い声であった。

 そしてすぐさま、二射目を(つが)える。


 アカリが狙ったのはあくまでも蒸気塔内部の熱源であり、そこに夕山がいたかどうかは知らない。


 ただ状況がこうなった時に、夕山を狙う複数の勢力がいるだろうという状況推移をしていくことをあらかじめ予想していたので、蒸気塔内部で熱源が多い場所全部狙撃するつもりであった。


 夕山の魅力、夕山がいかに人を引き付けるか、帝都が危険な状態になれば、守る目的でも奪う目的でも、とにかく夕山のもとに人が集まるだろうという予想をし、それを射貫くつもりで行動していた。アカリの計画のメインは、アドリブとしか言えない、その程度のものなのだ。


『普段は警備の厳重な城の中にこもりきりで、多くの護衛や監視の中にいるモノ』を誘拐しようと思ったら、どうするか?


 正面突破。そのための陽動。なるほど戦術的である。それでも可能だろう。

 (あらかじ)め中に潜んで機会を待つ。なるほど賢明(クレバー)じゃねーの。賢くて我慢強い人向けの作戦だと思う。


 だが、真のトップスタァはスポットライトの位置を動かす。


 状況が混迷した時に外部から撃ち込まれる圧倒的な一撃! すべての人に驚きを提供し、視線を集め、そこに堂々と君臨する者こそ、この熚永アカリ。

 夕山の死という衝撃的事件、蒸気塔という帝の御所を狙撃するという歴史的事件。その中心にいるのは……? そう、帝都のトップスタァにして、世界で一番お姫様! 熚永アカリの艶姿なのだ!


 アカリは熱源を見る目で新しい狙いどころを探す。


 クサナギ大陸に五人しかいない魔眼持ち。熚永アカリもそのうち一つ。

 彼女の瞳は『熱視線(ねっしせん)』と呼ばれる異能を宿す、燃え滾る花の瞳。ゆらめくような瞳孔、瞬くような虹彩。その瞳は熱源を見る。ゆえにアカリは大威力の熚永家重代強弓『勇み火』と併せて壁越しの狙撃を可能とする異才の持ち主──


 その目が。


「………………ハァ?」


 すでに矢を撃ち込んだはずの場所に、熱を見た。


 ……いや、それは、本当に熱なのだろうか?


 もうもうと上がる粉塵。まぎれもなく蒸気塔の外壁に矢が皆中(ヒット)した痕跡であり、中にいる熱源もろとも消し飛ばす大威力が、あやまたずそこに届いたはずだった。


 だが、そこにいる熱源が減っていない。


 しかも、矢が的中した、その中心部にいる熱反応は……


 見ているだけで、背筋が寒くなるほど、熱い。


 ……粉塵が晴れる。


 弓士として優れたアカリの視力に、さらにエースのみが乗ることのできる色つき蒸気甲冑の拡大鏡(スコープ)機能が合わさり、約三km先の光景が、間違いようもないほど鮮明に、視界に飛び込んでくる。


 粉塵の中心にいたのは──


 顔のない竜のような仮面を被った、銀髪の子供。


『御三家』。


 矢の熚永。

 目の七星。

 そして、盾の氷邑。


 なぜ熚永は『弓』ではなく『矢』なのか?

 七星が『目』なのはどうしてか?


 それは、それぞれの祖が持った代表的な装備が二つ名のもとになっているからではなく、帝のためにこなす役割が二つ名のもととなっているからである。


 帝の剣の届かぬ場所にいる敵を射貫く。ゆえに熚永は『矢』であり。

 広範囲を見る特殊な道術を用いる。ゆえに七星は『目』であり──


 その剣術によって、いかなる攻撃も帝に通さない。

 それゆえに氷邑は『盾』である。


 ……だが、アカリはその秘伝剣術を知らない。

 知らないが、明らかに自分の矢を防いだと思しき子供は、仮面をちょいと上げて、口元をさらすと、明らかにあちらからは見えない距離にいるはずのアカリに対し、はっきり、こう述べた。


『見つけたァ』


 帝都騒乱、終幕。

 三kmという距離を経て、名門の血脈を宿す二人、ついに邂逅(かいこう)す。

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