第3話 氷邑梅雪、未来を見据える
氷邑梅雪は魔法系ユニットである。
剣才はない。
『剣桜鬼譚』世界の人間には六つの兵科が存在する。
下位の三竦みと上位の三竦み、合計で六つだ。
下位のほうは剣士、騎兵、道術士。
上位のほうは剣豪、重騎兵、鬼道術士。
剣士は騎兵に強く、騎兵は道術士に強く、道術士は剣士に強い。
上位のほうは剣豪が重騎兵に強く、重騎兵が鬼道術士に強く、鬼道術士が剣豪に強いとなっている。
また、上位三竦みは下位全てに強い。
実際、有利な兵科で相手にぶつかると、攻防の値に補正がかかるのだが……
この三竦み、嘘である。
いや相性有利不利補正は本当なのだ。
だが、ぶっちゃけると、道術士は不遇だった。
相性補正でどうにもならないほど、脆いから。
遠距離から強力な道術で攻撃出来るので、間合いの短い剣士に強い──みたいな触れ込みなのだけれど、剣士が優遇され過ぎていて、この補正に余り意味がない。
相手が接近する前に道術を撃っても、剣士はその高い防御力で全然数を減らさないし、接近されると脆い道術士は普通に蹴散らされる。
しかも剣桜鬼譚という、名前に剣を冠するゲームなので、この『剣士が強過ぎる問題』はあえてそうされている様子であり、そういう訳で、道術士というのは『他より一段劣る不遇職』なのだった。
そして氷邑梅雪は剣の才能がない道術士である。
剣の才能というのが何かというのは、もうこれはハッキリと言える条件がある。
剣術の覚えが早いとか、動きのセンスがいいとか、そんなあいまいな話ではない。
『身体強化が出来るか否か』。これが全てだ。
剣桜鬼譚世界における剣士とは、『自分と装備に強化をかけながら弾幕の中を無傷で突っ込んで来て一撃でこっちを両断するバーサーカー』だ。
そして氷邑梅雪は生まれつき身体強化が出来ない。
どうしてかは分からない。ただ梅雪のキャラクター紹介に『生まれつき身体強化が出来ないため、剣士の才能はない』という一文があるのみだ。
ただし……
「……俺には、才能がある」
目がよく、頭がいい。
氷邑梅雪は才能があった。目がいいというのは、視力がいいというのみならず、一度見たものはほぼ完全に覚えるのだ。
剣聖から短いとはいえ指導を受けた。不真面目な態度ではあった。だが、それでも、教わった型は全て寸分たがわず再現出来る。そこまでの天才。
このように剣桜鬼譚世界における『剣の才能』はないが、別に体が弱いということもなく、むしろ、剣術という分野に限定すれば、かなりの才能がある。
ただ身体強化を使えないので、パワーが足りないのだ。
剣術のセンスはある。しかし、センスと技量がある蟻が象に挑んで勝てるか? という話になってくる。それだけ『身体強化が出来ない』というハンデは重い。
剣士が最上とされる価値基準がはびこっているので、普通であれば、梅雪は廃嫡であった。
だが氷邑家に男児が梅雪一人しか生まれなかったこと、それと親が情け深い人であったことなどが理由で、梅雪は後継指名され、愛され……我侭放題に育ってしまうのだ。
まあ、親の情が浅いならば、そもそも剣士の才能がないと分かった時点で廃嫡、あるいは『生まれなかったこと』にされて殺されていただろうが……
ともあれ、ゲームのステータス的なことだけで言うならば、梅雪は剣術の修行の一切合切をやめ、それに費やす時間で道術修行をするべきなのだった。
だが。
無理だった。
氷邑梅雪は負けず嫌いである。
負けず嫌い過ぎた。
『中の人』の知識において、剣士の才覚のなさがステータスという概念で認識されてなお……
いや、そう認識されたからこそ、梅雪の負けず嫌いに火がついた。
だから、剣術もやる。
道術もやる。
その先に、梅雪の望む完全なる勝利がある。
『何』に対しての勝利か? それは……
「……なるほど、俺は死ぬのか。クククク……」
中の人が不意に目覚めてから、二週間が経過していた。
それだけの時間が経つと、最初はどこか他人のように思っていた氷邑梅雪の体が、自分のもののように思えてくる。
……否。
氷邑梅雪という肉体はそもそも、かなり、我が強い。
そして負けず嫌いだ。
ゆえに、どこかぼんやりとした品行方正な転生者の人格は、すっかりもともとあった氷邑梅雪の『我』に呑み込まれてしまった。
では転生は全くなんにもない、無意味なもので終わったのか?
否である。
『中の人』の知識、そして『他人の視点』を得た梅雪は、才能がないことを認めず、言い訳ばかりで努力を怠り、結果としてクソみたいな破滅をすることが、いかに格好悪いかを知った。
言い訳を喚き散らして、泥臭い努力を嫌い、周囲の者におべっかを使わせ続ければ、確かに誇りは傷つかないかもしれない。
努力し向上を志し、壁にぶち当たることは誇りを傷つける。ゆえにゲームの梅雪は壁から逃げ続けたのだ。結果として、敗北し、死んだ。
だが、『努力をしなければ死ぬ』という未来を知ることが出来た。
その彼が、己の破滅の未来を知り、最強を志すしかないと知れた。
だから、やさぐれていた天才はやる気を出す。
そのやる気の源はもちろん……
「……よくもこの俺を虚仮にしてくれたなァ、『主人公』……!」
流れ込んで来た『破滅の未来』の中で、自分を負かし、論破し、破滅を提供する主人公。
梅雪にとってはまだおとずれていない、むしろおとずれないようにしている未来における……
煽り行為。
それに対する報復を絶対にしてやるという、暗い決意だった。
「……この代償は高くつくぞ。この俺に不愉快な思いをさせた代償、きっちりと取り立ててやる……仮令それが、おとずれることのない未来での行いだったとしてもだ!」
どこまでも煽り耐性ゼロの男は、『中の人』との統合が済んでも、こうして、自分自身の人格で、その才能をいかんなく発揮し、最強を目指すことになった。
最強でないと負かされる未来が見えたから。
負かされ、馬鹿にされるのが大嫌いだから。