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第280話 運命の女神斬滅戦 一

 氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)に『神の術』が襲い掛かる。


(なるほど、これは──)


 梅雪の顔には笑みがあった。

 だが、頬には一筋、冷や汗が流れていた。


 これまでの人生、いくつもの命の危機があった。


 そもそもにして『死ぬ運命』であった。癇癪によって。煽り耐性のなさによって。『主人公』に殺される悪役。性格の改善も不可能。社会との調和も不可能。であるならば世界の方が俺に合わせるぐらいに強くなってやれ──そう思い、努力を重ね、生きてきた。


 我慢の利かない性分のせいで危地へ出向くこと、強さを求めて危険へと挑むこと、数多あった。


 格上との戦いも、いくつもあった。


 自らを狙う異常者に付け狙われた期間も長かった。


 数々の命の危機。回数、年数、危険度、色々と味わった。


 その氷邑梅雪をして、


(──一手誤れば死ぬ)


 今のこの状況は、はっきりと、『死』が目前にあるのを確信できる事態だった。


 目撃している現象は、『ただ、空を塞ぐほどの数の氷の槍が展開され、それらが雨あられと降り注ぐ』というもの。

 この程度、神威(かむい)量に任せれば自分にだってできる。


 だが、実際に起きている現象は、目に映る以上の何かである。


 見た目に騙されると死ぬ。


 知覚機能が身体機能を上回り、時間の流れが緩慢になるこの感覚。

 紛れもなく、死の直前であった。


(考えろ。考える時間はないが、それでも考えろ。これはただの投射道術の大規模展開ではない。ただ、雨あられと氷の槍が降り注ぐだけではない。俺はそんな程度で、ここまでの危機感を覚えない。やつは神だ。本物の神。シナツの本体、ホデミの本体、そういうたぐいのものだ。しかも、神として長い時間を生きた、上位の神だ)


 その神が、自分という人間へ与える試練を解析しろ。


 氷邑梅雪の長所は『目の良さ』だ。

 表面的なものではなく、その内側に流れる力を捉える能力に優れている。


 その目の良さが、


「──概念」


 神の試練への答えにたどり着く。


 かつてないほど頭を働かせ、解析した術に対抗する術を練り上げていく。

 あの氷は概念だ。相手は運命に直接働きかける化け物。温度ではなく、鋭さでもない。あれは、あれは──


「──運命の袋小路の射出」


「正解ですう」


 梅雪の声はささやくような小ささだったが、運命の女神は己が寵愛を向けた者が試練を乗り越える姿を、声を、見逃さない。聞き逃さない。


 梅雪の主観の中で、時の流れが本来の速さを取り戻す。


 降り注ぐ『詰み』の具現化。

 地面を打つ運命の雨あられ。


 梅雪は異世界転移道術で仲間たちを避難させ、再び、ヴィヴィアナの目の前に再転移。

『行きっぱなし』はできない。たとえ世界を変えようが、あの女神は梅雪たちが自分の目の前に戻って来るように選択肢を詰んでくる。しかもその『選択肢を詰む』方法、策謀によって行動を縛るのではない。運命に直接働きかけて、『そうなる』ようにしてくる。


 氷邑梅雪は今の一瞬で、目の前の存在を理解させられた。


 だからようやく、舌打ちが出る。


 同時に、表情には凶悪な笑みが張り付いていた。


「ありがたいことだなァ」


 異世界転移術式を利用した短距離テレポートで、仲間たちとともに、ヴィヴィアナを間合いに捉える。

 全員、無事。そして、全員、いきなりのテレポートだったが、対応している。


 国崩(えくす)が、龍ゾン寺ドラゴンゾンビ・テンプルが、そして魔界塔が潰れたことにより、塔のふもとで控えていた島津(しまづ)が──

 摩睺羅(まごら)となったアシュリーが、イバラキが、ウメが、すべてがヴィヴィアナに向けて攻撃を開始している。


 梅雪は指揮官の視点でそれを確認しつつ、武器をスイッチング。

 ハバキリモードでヴィヴィアナに斬りかかりながら、


「俺がいつか斬り裂いてやりたいと思っていた『運命』が、人の姿でそこに来た。──望み通り殺してやる!」


 気合一声。


 あらゆる攻撃が、全方向からヴィヴィアナに向かった。


 運命の女神はわずかに浮遊している。

 姿かたちも、黒いローブ姿から、いつの間にか、透けるような白い羽衣の姿に変わっていた。


 龍ゾン寺領の淀んだ湿地の中で、そいつが浮かぶ周囲だけ、清浄な水と空気が満ち、地面には青々とした短い草と、美しい花が咲き誇っている。


 存在するその場所が、領域となっている。


 まさに、神。


 イバラキと最初に戦った大江山にて、異海の神が権能によって山を海に変えんとした。本来、神が出るには『場』が必要だ。だが、神が出たならば、そこが勝手に神のための場になる──


 実にふざけた存在。それが、神。


 その神が、


「ですが」


 全方向から自分に迫る攻撃を一瞥もせずに、すべて、かわした。


 ……いや、かわしたのではなかった。


 攻撃が勝手に逸れた。


 国崩の黄金の神威のビームが、『くにゃり』と曲がって、ヴィヴィアナを避けている。

 ウメのホデミの火炎による斬撃が、わずかに逸れてヴィヴィアナの真横を落ちていく。

 龍ゾン寺のサメ尻尾による殴打が、島津たちの斬獲(ざんかく)が、摩睺羅の放つ音の一撃さえも、すべてヴィヴィアナから微妙に逸れていく。


 ……たとえば、足元の泥によってわずかに滑れば、剣筋は歪む。そういうこともある。

 たとえば、神威の放出が、別な神威の放出に誘導されて逸れる。そういうことも、ある。

 たとえば。集団が走って斬りかかるという用兵は、一人がわずかに出足を遅らせれば、そのまま全体が乱れることがある。


『そういうこともある』。


『ゆえに、そうなる』。


 ──運命の女神は、起こり得る可能性を都合よく起こす。


 女神ヴィヴィアナが、微笑む。

 その微笑の先には、梅雪がいた。……梅雪しか、いなかった。


 運命の女神は惚れっぽく、熱しやすい。

 そして、寵愛を向けた相手しか、見えない。


「勇者よ──」


 その呼びかけはまぎれもなく、梅雪に向いたものだった。


「──勇者よ、運命を打ち破りなさい。人には、運命を打ち破る力があるのです。あなたならば、できます」


 死の運命を課している当人からの激励。

 梅雪にとっては、煽りに該当する。


「……ああ、そうだなァ。そうだ。貴様はそういうやつだ。勝手に他人の人生に『死』を置いておいて、それを前にもがく様をニタニタ笑いながら見ている、のぞき魔。そうして人が人の努力で『死』を乗り越えたとあらば、新しいおもちゃを見つけたと言わんばかりに、次々と試練をよこす」


 ヴィヴィアナその人ではないのだろうが、梅雪は『運命』に翻弄されてきた。

 それは最初、『中の人』が入る前からでもあるし、入ってからでもある。


 たとえば大江山。

 帝の神器を取り戻しに行ったあの山に、大辺(おおべ)がいたのは、運命が用意した新たな試練ではなくてなんだというのか?

 思い出したくもない三河ぽんぽこパーク。あの試練の煮凝りとでも言うべき、川の上流に出まくった連中。濃縮されたイベント。

 あるいは黄金の都のオオタケマル。梅雪があの日、あの時にたどり着かなければ、間違いなく周辺の黄金と同一化していた。だが──剣桜鬼譚(けんおうきたん)の正史ベースで考えれば、オオタケマルがあそこで黄金化して死ぬのはありえないはずなのだ。


 運命のいたずらとしか思えない、数々のこと。


「間違いなく貴様らは意思を持っている。そして、己の掌の上で人が踊る様を見て笑う、趣味の悪さがある」


 ヴィヴィアナの攻撃が開始される。

 異世界転移術式──


 ──転移先にまで干渉。


 異世界と異世界のはざまにある『白い部屋』の中に出現した氷の槍──『運命の袋小路』を回避しつつ、再転移。

 このやり方はじり貧だとわかる。異世界に逃げる方法は場当たり的な対処だ。

 確かにヴィヴィアナ当人が言うように、あの神に勝利するには、『運命を打ち破る』しかない。

 そのために、運命を術式化するしかない。


 それが神の用意した『正解』。


 だが……


「殴られもしないところから一方的に人を弄ぶネット論客のような者。それが『運命』の正体だ。心底嫌いだったよ。心底ぶち殺してやりたかったよ。『どうして、俺ばかり』と思わされたことも幾度もあった。こうして目の前に出て来てくれたのはありがたい限りだ」


 運命の女神が、勇者の気概に微笑を向けていた。


 だが梅雪は、その女神の微笑の裏にある思惑を、鼻で嗤う。


「聞け、運命。貴様は『上』からこちらを見下し、こちらが誠心誠意の努力と死力を尽くし、運命でさえも想定していなかったような行動によって、『死』を打ち破ることを期待しているのだろう。だがな」


 梅雪は降り注ぐ『運命の袋小路』を避けながら、刀を腰に納めた。


 そして、両手の指を鉤状にして、上下で合わせる。


 その(いん)、蛇が(あぎと)を合わせるがごとく──


 ──しかし梅雪からすれば、これは、そういったものではない。


 ディスクだ。


 ゲームのディスクを、ディスクの裏側を汚さないように運ぶ時、こういう手つきになる。


 今、この場所。


 ヴィヴィアナによって異世界転移術式が仕込まれ、それを起動しやすくなっている。

 異世界転移というものが、わずかに溜めた投射術式程度の気軽さで行えるように、場が整えられている。


 そして運命の女神の寵愛が、一身にこちらに向いているのを感じる。


 だから、入る。


「運命──だが、気付いているか、変態お人形ごっこ妖怪。貴様は俺たちより上位の存在ぶっているが、最上位ではない。貴様さえも包括するもっと大きな運命の名を、この俺は知っている」


 ヴィヴィアナの微笑は崩れない。


 梅雪の嘲笑も、崩れない。


『異世界勇者四天王の魔法使い』を、その一部に組み込むその大いなる運命の名を、梅雪は唱えた。


「剣桜鬼譚・異聞」


 目の前の女神が、たとえばシナリオそのものならば──


 ──剣桜鬼譚・異聞は、そのシナリオを内部に宿し、一枚のディスクにまとめる、さらに上位のものである。


「どのようなシナリオもプレイヤーよりは下のレイヤーにしかすぎん。──さあ、ゲームを始めようか。貴様の知らないシナリオを!」

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