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第279話 魔法使いヴィヴィアナ討滅戦 五

「あの方の術式で、はる様が異世界転移させられました」


 大友(おおとも)国崩(えくす)の報告は端的だったが、氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)が事態の理解をするには充分だった。


 妹のはるが、先に到着して『魔法使い』と戦っていた。

 そして『魔法使い』は、術式により、任意で異世界転移をさせられる。


 さらに梅雪は、はるのスペックを知っている。

 あの速度・力を持つ剣士のはるが、その術式によって異世界転移させられた──ならば異世界転移術式は、投射術式のように気軽に出せるものと思って間違いない。


 同時に梅雪は『剣桜鬼譚(けんおうきたん)・異聞』という疑似的異世界転移術式を開発した実績もある。

 そこから考えるに、たとえ状況がそろっても、異世界に転移させるというのはある程度の『溜め』がいる。


 そこで先ほどの術式だろう。

 あの『絶対零度』、対象の温度に働きかける術式だった。だが、それだけでは剣士はおろか、この世界の人類を一瞬でどうこうできるとは思えない。


 動きを鈍らせるのが目的だ。


 異世界転移──『今の、この戦場から退場させる』といった意味で、一撃戦闘不能を強いる術式。

 魔法使いヴィヴィアナの勝ち筋の一つに、『相手の動きを鈍らせて異世界に飛ばす』というものがあることには間違いない。


 加えて、話に聞いたプールでの様子から推測するに、そもそも強力かつ広範囲な道術──魔法を『ぶっぱ』するのが得意なのだろう。


「すべてわかった」


 梅雪は国崩に短く答え……


 戦闘を、開始する。


 なぜか協力的勢力として立ち回っている龍ゾン寺ドラゴンゾンビ・テンプルの横を抜けると、世界呑(せかいのみ)の、まずはハバキリ形態で斬りかかる。


 世界呑凍蛇(いてはば)は恐山でアメノハバキリを呑み込み、同一化した。

 その結果、神関連スキルを無効化するハバキリ形態と、そうではない凍蛇形態を使い分けられるようになっている。

 スイッチング方式だが、氷邑梅雪はこれの扱いをすでに習熟していた。


 アクションゲームなどをすることがあれば、武器のスイッチングをしながら戦うというのが当たり前の技術だと認識できるはずだ。

 一撃ごとに武器を切り替えコンボを稼ぐゲームは数多い。出すだけで志奈津(しなつ)の加護を消してしまうならば、瞬間的に出し入れして、加護の慣性を利用した速度と威力で振ればいい。


 異界の騎士・ルウからの情報によれば、ヴィヴィアナはそもそも神霊。

 であるならば神関連スキル無効は刺さるはず──


「ほわ」


 ──だが、そう簡単にはいかないようだ。


『魔法使い』ヴィヴィアナが気の抜ける声とともに杖を振ると、梅雪の太刀筋が奇妙にぐにゃりと曲げられ、斬撃がヴィヴィアナを避ける。


(ウメの言っていたのはこういう感じか)


 ヴィヴィアナと実際に拳を交えたウメの話から、ヴィヴィアナの戦闘技術には奇妙な感じがあると言われていた。

 もともと言葉のうまくないウメな上に、ヴィヴィアナの戦闘技術も説明しにくいもののために十全に予測できていたとは言い難いが、確かに奇妙。


 だが氷邑梅雪の目は、その奇妙さを看破する。


「ノベルゲーマー視点」


 ヴィヴィアナはその『選択肢を見せる権能』によって、攻撃が当たらない選択肢を選び取っている。

 そしてこの選択肢が表示される時、時間は止まる。


 なので攻撃をする側からは一瞬しか経っていないように感じられても、ヴィヴィアナはじっくり考えてから攻撃を避けることができる。


 相手の動きの素人感と、それに見合わない見事な剣の『巻き落とし』、そこに加えることにヴィヴィアナにある奇妙な落ち着きから、梅雪は直感的に『相手はノベルゲームをしている』と察した。


 ならば対策は簡単だ。


「すべての選択肢を『詰み』にしてやる」

「ほわ」


 気の抜ける声とともに、ヴィヴィアナが氷の槍を空中に出現させる。

 同時に梅雪も同じ量・質の氷の槍を出す。


 かつての梅雪であれば、この行為は『煽り』。『お前が先に出したものに、自分は鏡合わせのように対応してやったぞ、雑魚め』という意味合いのものだった。

 だが、今回は違う。


 ヴィヴィアナの氷の槍の雨が今まさに降り注ぐ──


 ──その隙間を縫うように、ウメや大友国崩が進む。


 今の梅雪は小隊指揮官。

 風の加護により塔の最上階に精鋭を運んでいる。


 ならば相手の道術を『過不足なく完璧に打ち消す』と仲間に示すことにより、仲間に突撃させる隙を作るのもまた指揮官としての器量であり技量となる。


 氷の槍と槍がぶつかり合い、対消滅。

 そうして上がる冷たい煙の中を進んだウメが、炎の加護をまとった太刀を振る。

 同時、大友国崩の黄金の神威がほとばしり、龍ゾン寺が長く太いサメの尻尾でヴィヴィアナを打った。


 術の後隙を突く三方向からの手練れの一撃に、さしものヴィヴィアナも対応しきれない──


 ──否。


 この『魔法使い』には、いかなる状態でも詰まない選択肢がある。


 異世界転移。


 フッと消え去る。


 フッと出る。


 出た場所は、梅雪の背後。


 トン、と氷から削り出したかのような杖で床を叩き、梅雪の足元に異世界転移術式を発生させる。


 梅雪は鼻で嗤って、振り返りざま、腰を落としつつ前進。

 ヴィヴィアナの首を薙ぎ払う軌道で長く伸ばした凍蛇を振るう──


 だが、ヴィヴィアナはまたしても異世界転移からの再出現。

 剣が通過したあと同じ場所に出ると、単純な投射道術によって梅雪を狙う。


 当然ながら回避しつつ、梅雪、国崩、ウメ、龍ゾン寺が再び襲い掛かるが……


(妙だ)


 梅雪は、ヴィヴィアナの行動の奇妙さに気付いていた。


(なぜ、異世界に行きっぱなしにしない? この状況でまだ、この場で戦おうとするのは、なぜだ?)


 勝負にこだわる性格とも思えない。

 顔つきや戦いの様子からの分析だが、これまで様々な戦いをし、『こだわる相手』も『こだわらない相手』も見てきた梅雪からすれば、ヴィヴィアナは『この場の戦い』への執着がまったくないように見えた。


 実際、梅雪は知らないが、はるがこの塔の頂上に着くまで、ヴィヴィアナは『面倒くさいから帰ろうかな』などと考えていたぐらいである。

 戦って勝とう、という意思というのが、ヴィヴィアナには一切ない。戦いなんかどうでもいいというのは、紛れもなく魔法使いヴィヴィアナの本音だった。


 それがなぜ、今、『異世界転移からの再転移』などという手段を用いてまで、『この場での戦い』を続けようとしているのか──


「『場』が重要か」


 梅雪の発言に、ヴィヴィアナが初めて表情をぴくりと動かした。

 煽り厨のカンが『今の方向で言葉を投げかけるのが正しい』と告げている。梅雪は、戦いながら言葉を続けることとした。


「この『場』を確保できていないといけない理由があるのか。……ああ、なるほど。そうか、そうかァ……『はる』が惜しいかァ!」


 事前情報──

 ゲーム剣桜鬼譚(けんおうきたん)において、異世界勇者四天王の人格にはさほど言及がない。

 その上でルウから得た情報から分析するに……


 魔法使いヴィヴィアナ。

 勇者粗製乱造精霊。

 魔法術式の研究者。

 そして……


 お人形遊びが好きな変態。


 そのヴィヴィアナが、はるを異世界転移させたという。

 ただ倒した? ただ遠ざけた?


 違う。その目的は、取り置きだ。


「なるほどなるほど、この『場』でしまったものは、この『場』からしか取り出せないのか!」


 矛盾点──

 暗殺者は異世界転移術式によって死国から九十九州に送り込まれていると思しい。

 それを考えれば今この『場』でしまった物が、今この『場』でしか取り出せないというのは間違いにも思える。


 だが、暗殺者は生者ではない。


 術式の詳しいところはまだわからないが、恐らく、生き物は『異世界の同じ場所』からしか取り出せないのだろうと推測できる。


 そうなるとヴィヴィアナが九十九州に入った方法は──


 梅雪は笑った。


「となると貴様の九十九州入りは細かく異世界転移ワープを繰り返して『異界絶対殺すロボ』の目をかいくぐったというあたりか? 思ったより地道な絵面で嗤えてくるな!」


 言葉でつつく。

 反応を引き出す。

 感情のゆらぎから、分析をする。


 転移術式を見る。

 戦いを続ける。


 梅雪は──


「なるほど、こうか」


 ヴィヴィアナの転移術式が来る一瞬前──


 ──自ら異世界転移。


 相手の術式をかわし、一瞬だけ『白い空間』に踏み入ったあと、わずかに移動し、再び異世界転移。

 無事に魔界塔屋上に戻ったその時には、ヴィヴィアナの背後に短距離テレポートをしていた。


「移動距離、せいぜい十メートル以内といったところか」


 背後から斬りかかる。


 だが相手は『攻撃を予測できているか』などは関係のない戦闘技法の使い手。

 命が懸かった状況になれば自動で『選択肢』が表示される権能。奇襲は通じない。


 ヴィヴィアナもまた短距離・短時間異世界転移を行い梅雪の剣をかわす。


 同時、梅雪が再び異世界転移。


『白い部屋』にてヴィヴィアナと遭遇。


 剣を振る。

 杖で逸らされる。


 同時に異世界転移。


 再び魔界塔屋上に出現し、再び斬り結ぶ。


「お手本のような術式だなァ! 数回見ただけでコツは掴んだぞ、『魔法使い』!」


 その発言に──


 魔法使いヴィヴィアナは。


「ほわ」


 にっこりと。

 嬉しそうに、笑った。


「素晴らしいことですねえ」


 梅雪がつい動きを止めてしまったのは、そのヴィヴィアナの顔が、『煽られて怒りを抑える者特有の笑顔という仮面』ではないとわかったからだ。


 ヴィヴィアナは、本当に嬉しそうにしていた。


 ……今、この場。一瞬気を抜けば死ぬであろうこの状況で、その笑顔。

 戦い慣れた者たちほど、状況にそぐわなさすぎる笑顔に、固まってしまう。


「そもそも」ヴィヴィアナが発した声は、教師のような『教える者』の響きを帯びていた。「わたくしの術式は、神の力を、人間でも再現可能なようにしたものです。……しかし、それを理解する者は、おりませんでした」


 長年ヤバめの女と関わり続けてきた梅雪は、自分が何かを踏んだと気付いた。


 剣聖に殺意を向けられたように。桜に執着を向けられたように。

 相手の『これをしたらお前を追いかけます』というスイッチを、踏んだ。


「術式とは、難解なものをわかりやすい式という形にまとめたもの。本来、神が力を行使するのに『式』などという面倒なものは必要ありませんからねえ」


 ず、ず、ず。


 上空にある『穴』ではない。

 何か、とてつもないものが、重々しく鳴動している。そういう、感じがある。


 その重々しい鳴動は、ヴィヴィアナから発せられていた。


「あなたには、理解できるんですねえ」


(……ヤバいな)


 戦力的な危機感ではない。

 勝敗を分ける場において『負けるかもしれない』という予感、でさえない。


 地獄の釜が開くような、根源的な、『ヤバい』としか言えないものが、ヴィヴィアナからあふれつつある。


「では、これはいかがでしょう──」

「……ハバキリ!」


 相手に『何か』を許す必要はない。

 これから行使されるのが神の力であると直感した梅雪は、世界呑のモードをハバキリに切り替え。

 七支刀と化した刃をヴィヴィアナに向けて振る。


 神のスキルを無効化する力を持った剣が、ヴィヴィアナを袈裟懸けに両断した。


 ……だが。


 両断されたヴィヴィアナが、微笑を浮かべたまま、言葉を続ける。


「──ああ、その剣は、いけません。足りませんねえ」

「……」

「あくまでもそれは、人間が扱える程度の神の力を止めるもののようですねえ。神の本体を斬るには足りません」


 恐山にて、神成りしたマサキの術式を断った。

 この塔の裾野にうじゃうじゃと湧いていた『異世界の神の成れの果て』を薙ぎ払った。

 今、この時も、梅雪自身の『シナツの加護』をオフにし、ウメの『ホデミの加護』も止めている。


 ……だが、それらは。


 ヴィヴィアナに言わせると、神の本体ではないようだった。


 梅雪視点では気付けなかったことだが……

 ハバキリは、ヴィヴィアナの選択肢表示権能を止められていない。


 その答え合わせが今、成されようとしていた。


「あなたのお名前は、なんでしょう?」

「……変態に遭遇するたびに言っているが、変態に名乗る名など持ち合わせてはいない」

「なるほど、氷邑梅雪」

「……」


 読まれている。

 問われた瞬間に浮かんだ『答え』を読まれている。


「貴様は『神から精霊に堕とされた』と聞いているが」


 梅雪は気圧されないように自ら問いかけを放った。

 だが、ハバキリで両断され、しかしその肉体を修復したヴィヴィアナは、梅雪の虚勢とも言える問いかけの裏側に流れる心を見透かしているかのようだった。


「ルウちゃんですかあ? 間違っていませんよ」


 ずん。

 重圧が、魔界塔を揺らす。


 それは『質量』ではなかった。肉体が感じる重さではなかった。

 魂が潰されそうになる、重さだった。


「でも、ルウちゃんはまだ神に成ったことがありませんでしたからねえ。知らないことも、あるんですよお」


 ずん。

 重圧が、魔界塔をきしませる。


 それは質量ではないが、魂を押しつぶすことで、肉の体にも影響を与えるものだった。


「実はですねえ、神って、一度成ったら辞められないんですよお」


 ずん!


 魔界塔がきしみ、たわみ、ぐらぐらと揺れる。

 一瞬後にはべちゃりとつぶれそうなほど、今の今まで梅雪らが全力を放ち戦っていたこの『足場』が、脆く頼りないものに思えた。


「わたくしの『神の資格』を否決していた神たちは、どうやら、全部、すっかり、倒れたらしいですねえ」


 異世界の神の成れの果て。

 梅雪に向かってきた、苦しみと怨嗟のみを背負った、死が救済となる連中。


 それらは梅雪のハバキリによってすっかり斬り捨てられている。


「神の座は合議制ですからねえ。合議に基づいて──たった一柱の出席者、満場一致で、わたくしの『神』への復帰を決定いたしまあす」


「……神の座などというものに執着があるタイプには見えなかったが」


 ずしん!

 塔が、揺れて、揺れて、揺れて、だんだんと、縮んでいく。

 スチール缶をプレス機に挟むように、上下に潰れていく。


 梅雪の言葉に、ヴィヴィアナは、にっこり笑った。

 閉じ切っていない瞼の奥から、青い瞳が、梅雪を見ている。


「神の術を術式化できる才覚の持ち主が、現れましたので」

「……」

「教えましょう。あなたならばきっと、神の術を、誰でも使える式にできますよお」

「貴様になんの得がある」


 そこでヴィヴィアナは、首をかしげた。


「……………………得?」


 瞬間、理解させられる。


 この女は、得とか、利害とか、利益とか、リスクとか。

 平和とか、秩序とか、安寧とか、人の願いとか。


 そういうものを、一切斟酌しない。


 人に歩み寄ることのない、神らしい神であると──


 魔界塔が、つぶれていく。

 低くなっていく視界の中で、梅雪らは、武器を構え直す。


 今の今まで、呆けさせられていた。

 だが、生存本能が、衝撃を上回った。


 ……目の前には、『神の本体』が存在する。

 そして、この『神の本体』は……


「わたくし、やりすぎちゃうところがあるらしいんですけどお──あなたなら、大丈夫ですよねえ」


 どうにも、『実地で』神の術を梅雪にぶつけて、それを術式化させようとしているらしい。


 梅雪は冷や汗を垂らしながら、それでも笑い、ため息をつく。


「……よくわかった。どうにも──教えたがり女には、ろくなのがいないらしいことがな!」


 神の愛が、空いっぱいに広がる。


 神が己の寵愛を与えるべき存在に微笑みかける。


 その愛は人の身からすれば紛れもなく……


 場合によっては死ぬこともある、神からの試練。


「期待していますよお、人間のみなさん」


『神還り』をした運命の女神ヴィヴィアナが、人間たちに向け、愛を放つ。

 思いやりのない、一方的な、愛を。

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