第275話 魔法使いヴィヴィアナ討滅戦 一
『神々』を蹴散らし、進む。
この戦いにおいて最前線を飾るのは氷邑梅雪。
『神々』の不滅というスキルを斬り裂くことが可能なアメノハバキリを持つ少年である。
……そう、神々が死なない理由は、『不滅というスキル』であった。
この『神々』は、かつて、異世界勇者がいた世界の存在。
滅びたその世界において、ほとんどの生命が死に絶えた。
だが、不滅というスキルを持った神々だけは、無事に済んだ──無事に済んでしまった。
それらは人のいない世界で、大地そのものの願いを受けて、怒り狂い、恨み狂い、目に付くものすべてにそのやるせない感情をぶつけるだけの存在になってしまった。
……もちろん、氷邑梅雪はそういった異世界事情を知らない。
『中の人』の知識でも、ゲーム剣桜鬼譚の主人公である異世界勇者、その出身世界については、『とにかく滅びている』という情報しか開示されない。
だがこれは結果的に、神々の苦しみを終わらせる戦いであった。
「進め進め! この俺がいる限り、この連中は多少速くて強い程度の有象無象に相違なし!」
梅雪の号令一喝、島津・氷邑連合が進む。
連合──とはいえ、現在の兵数で言えば、ほぼ『島津家に食客として氷邑家の者がいる』という程度になる。
その島津家は先ほど、『人型の炎』──降り立った神の一柱に、壊滅させられかけていた。
結果的に人的被害が出る前に梅雪が間に合ったとはいえ、あそこから逃散したところで、島津兵は帰る場所もないまま、いつかはすべてが九十九州に発生した神々に殺されていただろう。
だが今、その『壊滅させられかけた』理由である、『不滅』というスキルは無効化されている。
神剣アメノハバキリは、誰かが装備してその場にあるだけで、神のスキルを無効化するものである。
ゆえに島津兵、集団で猿叫を上げながら、神々に突撃。
独特の剣法にて突進しながら神々を両断。そのまま走り抜け、接敵した瞬間にまた両断。
島津家長女、三女のトヨヒサ、トシヒサもまた島津兵の先頭に立って手にした武器を振り、神々を斬り裂いていく──
「この戦い、速度が肝要! 前にいる者を倒し進め! 通り過ぎた者を顧みることなく進め! この『神々』は道術による氷、炎も同様! 術者を倒さぬ限り永遠に殲滅は適わぬ! ゆえに進め、進め!」
島津の兵たちが呼応し、速度を上げていく。
全速力で駆け抜ける。
目指す先は……
龍ゾン寺領、領都屋敷。
そこにそびえたつ、魔界塔。
◆
「あのさー、ゾンちゃん思うんだけど。いったん休戦にしね?」
輿の上の龍ゾン寺がげんなりしながら言えば、それに応えるのは高笑いであった。
「おーっほっほっほっほっほ! わたくしも、そう提案しようと思っていましてよ!」
「はあ? なんで『先に思ってた』みたいに細かいマウントとってくるわけ? ぞんちゃん、人にマウントとるのは好きだけど、とられるのは好きくないよ」
大友と龍ゾン寺の戦場──
梅雪らを先に島津領へ行かせるために殿を請け負った大友国崩。
それをぶち抜いて梅雪の背を追おうとしていた龍ゾン寺くま。
この二者は紛れもなく敵同士だ。
現在の戦況の上で敵というのみならず、九十九州の北部の覇権を争っていた二大勢力なのである。
ところが現在、彼女らもまた、『神々』に囲まれている。
この戦場にはアメノハバキリの効果も届かない。
なので『HP無限』の神々がひたすら湧き、大友も龍ゾン寺もすっかり囲まれてしまっていた。
「ぞんちゃん、あんま自分でもの考えるの苦手なんだけどー、これ何?」
「そちらが知らないのでしたら、知りませんわ~!」
「はー? 使えんお嬢様キャラだなー。こういう時はなんかこう『その時、不思議なことが起こった!』的に解決策が閃いたりするもんじゃないの?」
「驚愕! 無茶をおっしゃいますこと!」
「で、ほんとになんもないの?」
「ありませんわ! しかし一つ!」
「お、なんだなんだ。もったいぶっただけの価値のある情報頼むよ~」
「最も敵の多い方向に、この連中の本陣があると存じます! ですから──大友聖騎士団および龍ゾン寺ゾンビ騎士団のみなさまァ~! 突撃!」
大友国崩が号令とともに、聖剣を振るう。
神々は不滅である。だが、島津領でヨシヒロが両断したように、ほんの一瞬ではあるが、『再生』という手間をとらせることは可能──一時的にであれば、かき消すことも可能なのだ。
大友国崩の超大出力の神威放射が、道を作る。
そこを、大友聖騎士団が突撃する。
あまりに即断即決で龍ゾン寺は一瞬、ぽかんとしたが……
「……前振りから行動までが早いんだよぉ!? あとぞんちゃんのとこのゾンビ、別に騎士団じゃねーぞ!」
輿を運ぶゾンビボールを操り、後を追った。
◆
「ほわ」
異世界勇者四天王に数え上げられるうち一人、『魔法使い』ヴィヴィアナは、自分に向けて複数の神威が集ってくるのを感知した。
それは異世界から漏れだした『神々』ではなかった。
明らかに、この事態の解決を目指す人々の神威だ。
「うーん、困りましたね~。わたくしはただ実験の結果を確かめたいだけなのに……どうして、ここでも、例のプールでも、邪魔をされてしまうのでしょう……」
『神々』にすでにまともな意識というものはない。
だが、ヴィヴィアナが『神々』に狙われることはなかった。……『神々』の目から見れば、とうに神の座を降ろされているとはいえ、ヴィヴィアナも『同胞』に映る。そして、『神々』は同胞には手出しをしない。なぜならそれは、滅びた世界そのものの怨嗟を受けて苦しむ仲間だからだ。
ヴィヴィアナは優美な顔に困惑の表情を浮かべ、氷を削りだしたような透明な杖を見つめた。
そこには、第三者視点では何も見えないが、ヴィヴィアナの目には見えるものがある。
周辺の神威反応だ。
『神々』を非表示にしたところ、遠くに強大な神威反応が一つ。
それよりは近いが、まだここに来るまでかかりそうな神威反応が複数。
そして、もうすぐにでもここに着きそうな、大きな神威反応が一つ……
ヴィヴィアナは、これら『自分のいる場所を目指して突撃してくる連中』を見て、
「うーん……なんか……飽きてきちゃったかもしれませんねえ。別に召喚までは成功したし、帰っちゃおうかなあ……」
今、ヴィヴィアナがここにいるのは、あくまでも『実験の結果を見届けるため』だ。
実験──異世界そのものをこの世界に召喚する術式はすでに発動を終え、あとは放っておいても、成立する。
まだ『異世界への穴』を開け続ける必要はあるので、術者が死ねば術も絶える。だがしかし、この場にいる必要は、実際のところ、あんまりないのだ。
あとは別に、適当な人形でも置いておけば事足りる。
ヴィヴィアナが『面倒くさいし帰ろうかなあ。でも、帰るのもそれはそれで面倒くさいなあ』という、今していることに比すればどうでもいいようなことで悩んでいる──
──その間に。
『一番近くの反応』が、来た。
「ほわ」
ヴィヴィアナは悩むのをいったんやめて、自分に斬りかかるその人物に対応する。
神威──魔力による防壁の五重展開。
しかし、破られる。進路を塞ぐように宙に並べた五つの防壁。その一つ一つが火竜のブレスさえ遮り、地竜の突撃さえしのぎきってみせる──そういう障壁を、五つ。また、『五つ』であることで互いが互いを相互に強化する、そういう術式。
これをインスタントで使ってみせるヴィヴィアナの手腕を『至高』と称するならば……
これをぶち破ってヴィヴィアナに肉薄するその存在は、『異常』であった。
長刀が閃く。
それは真っ直ぐにヴィヴィアナの首を狙っていた。
あまりにも速い──だが、ヴィヴィアナは『来る』とわかっている攻撃へ対処できないほど、接近戦が弱くない。
速く、強い。
だがしかし、杖で叩いて、逸らす。
非力なはずのヴィヴィアナに叩かれた長刀はその切っ先をわずかに曲げ、ヴィヴィアナの首のすぐ横を通り過ぎていく。
ヴィヴィアナは、今しがた自分を殺そうとした者を振り返った。
相手次第ではもう帰ろう、そういうふうに決めて振り返った。
果たして、そこにいたのは……
「……ほわぁ」
ヴィヴィアナの表情が、喜悦に歪む。
かわいい女の子をお人形さんにするのが大好きな異常者の表情に、喜びが滲んだ。
その人物は、かわいい女の子だった。
さらさらした銀髪。
小柄で、まだ幼いが、もう少しで性徴するであろう、開きかけたつぼみのような少女。
その人物は──
「私の剣を逸らした? どういう仕組みですか? ……ムカつくなあ」
──氷邑はる。
氷邑家勢力の中で、結果的に最も龍ゾン寺領近くで戦っていた少女が、誰よりも先に、魔法使いヴィヴィアナのもとへとたどり着く。
誰もが『まずい』と感じる神威反応。兄を追うのではなく、こちらに来たのは正しい判断であった。
ここは、龍ゾン寺領魔界塔、頂上。
『中に入って上る』などという尋常な手段ではなく、『外壁に剣を突き刺しながら腕力で跳ぶ』という手段を以て魔界塔に一番乗りした氷邑はるが、ヴィヴィアナと向き合う。
「かわいい女の子ですねえ。……お人形にしてあげますねえ」
ヴィヴィアナが『目の前の新しい興味の対象』に没頭する。
はるは、
「気持ち悪い」
吐き捨てるようにつぶやき、構える。
戦いが、始まる。




