第274話 花見一献 二
「ヨシヒロちゃんはもう逃げちゃったのよねえ。あの子、足が速いから」
「げっ、ヨシヒロ姉さん逃げちゃったんだ……困ったわね……ウチの最強なのに……」
島津家の長女・ヨシヒサと、梅雪に同行し合流した三女・トシヒサが会話をしている中……
氷邑梅雪は、己の軍に小休止をとらせていた。
「アシュリー、はると大友国崩はまだ合流せんか?」
殿に残した二人の近況を聞けば、忍軍頭領のアシュリーが、摩睺羅から顔を出して首を横に振った。
現在のアシュリーは忍軍を連れてきているわけではないが、彼女の技術によるセンサーは、梅雪の風より広い範囲で索敵を行う。だからたずねたわけだが──合流はまだらしい。
梅雪は「そうか」と一言言うと、島津姉妹に接近した。
島津長女が「あら」と優しい笑みを浮かべ、三女がちょっと警戒したようにムッとして腕を組んだ。
梅雪は、長女の方に話しかける。
「ぶしつけなお願いではありますが、島津家の指揮権をもらい受けたい」
「本当にぶしつけねえ」
「九十九州そのものの危機を感知しています」
「あの、白い光……『穴』かしら」
ヨシヒサが魔眼で見上げた先……
そこにあるのは、真っ白い、『穴』だ。
そこから巨大質量が落ちて来る、穴。空に空いた、異界とつながる──異世界そのものを召喚中の、穴。
「ここからでもわかるほど、強烈な神威が垂れ流されている場所がある。恐らく、アレの解決には、その土地にある『何か』か、その土地にいる術者を倒さねばならないでしょう。そのために、九十九州の兵力を糾合する必要がある。そして、九十九州の住人ではない私が、この場合、全権指揮官として適任かと思われます」
「道理はわかりますよ? でも、思い切った申し出だなあ、と思っただけ。いいですよ。確かにそれが適任だなあって思うもの」
「ありがとうございます」
「梅雪さんは偉いわねえ」
「……はい?」
「九十九州の出身でもないのに、あの『穴』に挑むのでしょう? あれは、どんな豪傑でも、『死』を覚悟するような、そういうものだと思うけれど? あの『穴』から漏れだした『人型の炎』だけで、こっちは全滅しかけたわけだし」
「……」
「梅雪さんは、どうして、命を懸けるのかしら?」
たしかに。
梅雪の認識はまだ、『何か、とてつもないモノが、あの天空の穴から落ちてこようとしている』という程度なのだ。
それが異世界そのものを召喚しているなどという馬鹿げた答えには行きついていない。
なので、現代人の知識があれば当然思いつく、『世界そのものなんていう巨大質量が一部だけでも落下したら、落下地点のみならず、そのほかの地域もヤバイ』というところにまで、至っていない。『巨大質量が来る』という情報がないからだ。
なので梅雪にとって、『九十九州は今、危なそうなので、いったん帰る』は充分にとりうる選択肢なのだ。
梅雪はつい、悩んでしまった。
(動機。俺が、この場所で命を懸ける動機──)
ニニギの迷宮も危なそうだから、というのはまあ、理由ではあるのだろう。
そもそも九十九州に来た目的が『ニニギの迷宮の攻略』だ。龍ゾン寺家が滅んでてくれれば話が早かったのだが、滅んでいないので今、こうなっている──と、九十九州で戦いに明け暮れている理由は、言ってしまえばその程度のものだ。
あのゾンビサメがいなければ、さっさと迷宮に行って、さっさと帰った。これは本来、そういう旅路である。
だがニニギの迷宮攻略に命を懸けているかと言われると、そこまでこだわっているか? という疑問は浮かぶ。
ではなぜ今、空を真っ白に染める『穴』の解決に乗り出しているのかと言えば……
「ムカつくからでしょうか」
「…………あらまあ」
「私にとって九十九州での旅は、ちょっとしたピクニックのようなものなのです。それを、龍ゾン寺だの、謎の白い穴だの、果ては大友国崩だの、そういうのがどんどん横槍を入れて来て、今はともに迷宮攻略をするはずだった父や妹と離れてしまっています。……家族サービスのつもりだったんですがね」
「……」
「くだらないとお思いになられるかもしれませんが、やるはずだったことをよそ事に邪魔されてできなくなるというのは、大変ムカつくものです」
「わかりますよ」
「おや、島津家のヨシヒサ様でも、『ムカつく』ことはあるのですか?」
「それはもう、たくさん、ありますよお」
のんびり、ほんわか、ふんわり、という三種類の四文字を混ぜて作ったような女性だが、そういう気持ちはあるらしい。
意外──
(──でも、ないか。生きていればまあ、ムカつくことは、多々ある。人間性は、ムカつくこと、ままならぬこと、果ては悲しむべきことがあった時に、どういう表情をしているかで見られるものだ)
かつての梅雪はすぐさま怒り狂い、ヨシヒサのように『笑顔でいる』ということができなかった。
今も、できない。……ただ、怒りの面相を向ける相手を選べるようになっただけであり……
怒りを抱かせた者への報復の時には、怒りよりも、歓喜が勝って、笑ってしまうだけだ。
「ちょっとした家族の予定を邪魔された。だから、邪魔した相手を殺す──なんとも馬鹿げているように聞こえるかもしれませんが、『それ』は私が命を懸けても成すべきことなのです。……私は、何も、奪わせない。誰にも。いつでも。どんな時でも。私は、私から、奪う者を許さない。そういう、不器用な生き方をしておりますから」
なので龍ゾン寺は殺す。
だが、梅雪の感覚は、あの上空の『白い穴』の方こそ、即座に、優先的に対処すべきだと判断していた。
それは多少、目端が利く者の間では、共通認識になっているようでもあった。
『あの白い穴はヤバイ。最優先で対処しなければならない』
あらゆる者の本能に訴えかける『何か』が、あの穴にはある。
「本来はこのあと、桜島のあたりに向かう予定でした。あそこに父がいるだろう──というように、軍師も言うものでね。しかしまあ……このまま、島津とともに、『あの穴』への対処へ向かいましょう。恐らく、すべてがそこに集合する」
わかる。
あの穴は、巨大な危機だ。
そして……
恐らく、この混迷の九十九州の戦況の、原因だ。
……まあそれはわからないが、そう思うことにする。そうでなかった場合の対応は、そうでなかった場合に考えることにして、とりあえず……
「あの『穴』を創り出している原因に、とりあえず土下座をさせましょう。……時は、惜しんだ方が良さそうだ。出られますか?」
ヨシヒサに問いかければ、島津長女・ヨシヒサはふんわりと微笑み、
「もちろん。島津の用兵は神速ですもの」
「では──」
にこやかに、戦力の糾合が終わる……
かと、思われたその時。
……上空の『穴』。
そこから、何かがまき散らされた。
まき散らされたモノは、九十九州全土に広がり……
島津領、領都屋敷前。すなわち、『ここ』にも来る。
それは。
「……ふん。一匹二匹ではこの俺の足止めにもならん雑魚どもが──よくもまあ、雁首並べたものだな」
……梅雪は、それの正体を知らない。
だが、アメノハバキリで一撃で斬り裂けたことから、『神』に類するものであるとは思っている。
それは、紛れもない、異界の神である。
ただし……その異界には、本来、『神』が多い。
クサナギ大陸が侵略先に選ばれた理由も、そのあたりにある。
クサナギ大陸とその世界とは、『神の出現頻度』が似通っているのだ。
それはつまり、『空』──空間、大気の成分、気候・風土など、本当に様々なものを包括した意味での『空』が似ている。だから、あの世界の生き物は、クサナギ大陸で生きやすかろうという条件で選出された侵略先が、クサナギ大陸なのである。
その神々が。
大地の怒り、怨嗟、憎悪という願いをかけられ、変質した神々が──
──九十九州に、降り立つ。
氷邑梅雪は、傲慢に笑った。
「わかりやすくていい。『何か、本能に訴えかけるヤバさがある』などという曖昧なものではない。今、目の前に、大軍を並べ、こちらに攻め寄せんとする──これは誰がどう見ても明確な脅威だ。……もはや迷う者も、いなかろう」
梅雪は島津姉妹から離れて、『神々』の前へと歩み出る。
手には世界呑ハバキリ。
神のスキルを無効化する剣。
神ならぬ人が、人の手で、神を斬るために生み出された剣。
……だが、氷邑梅雪は非力なる道士。
風の加護さえ無効にしてしまう剣を持っては、その動き、精彩を欠く──
──なんて、わけがない。
その身に宿った剣術は、愛神光流。
……どうしようもない、なんの才能もない、弱者が。
弱者の身で格上を殺すために編み出した剣術。
しかもこの剣術の開祖は、ある野望を持っていた。
それは……
「あの世からほぞを噛んで見ていろ、剣聖。──貴様がとうとう斬れなかった神、この俺が飽きるほど斬ってやる。……進軍せよ島津、氷邑! 神々ひしめく戦場を正面より突破する!」
氷邑梅雪が、神の軍勢に向かって進む。
決戦の気配が、梅雪の頬を撫で、その唇を笑ませた。
あまりにも凶悪に、笑ませた。
そろそろカクヨムに追いつくので、だんだん投稿ペースを揃えていきます。
とりあえず次回は28日(中1日)に更新予定。
最終的には中2日更新になります。
ご理解・ご協力よろしくお願いします。




