第273話 島津領防衛線 二
どん!
どん!!
どん!!!
直径数kmの太鼓を、それに見合った大きさの巨人が、でっかいバチでもって、叩いた。
……そうとしか思えない、大地を震わす轟音。
その正体は、戦いの音だった。
島津家長女のヨシヒサと、唐突に出現した『人型の炎』が打ち合う音。
島津領、領都屋敷──
広葉樹が広がるジャングルの中にある木造の家屋。
しかしながら長年伝えられた工法により、その丈夫さは石垣を積んで作り上げた城にも劣らない。
そういうものが、壊れている。
人一人がぶっ飛ばされ、ぶち当たった。ぶち当たって、止まらず、吹き飛び続けた。
吹き飛び続けた島津ヨシヒロは、ただでは済まない──
「ちいいいいいえりゃああああああああああ!!!」
その叫びは本来、文字で表すことのできないものである。
生物が、否、野生の動物が、殺意や狂気を込めて、相手を殺す時にあげる声。
猿叫と呼ばれる独特なこの声は、九十九州においてさえ、聞いた者の動きを一瞬止める効果を発揮する。
そうして止まった相手を、横合いから突っ込んで斬獲する。これこそが島津家の必勝戦術。
──『人型の炎』の出現時に吹き飛ばされたヨシヒロは、すぐさま戦線復帰する。
優れた剣士は己の傷を治癒することが可能。
ヨシヒロもまた、その位階にある剣士であった。
猿叫は『人型の炎』の動きさえも一瞬止める。
そこに、ヨシヒロの渾身の斬撃が入った。
島津の剣法は猿叫で動きを止めた相手に、突進の勢いのまま、剣でぶち当たる一撃必殺戦法。
そうして相手を倒せればよし。倒し切れなければ走り抜けて仕切り直す。相手が前進して剣の間合いの内側に来れば、肩などでぶち当たって転がし、通り過ぎて仕切り直す。
相手が槍衾などで備えていれば?
剣を振り上げて突進するこの剣法に、防御力というものはない。
全速力で突進し、両手で大質量の剣を振り抜くことが前提の剣法だ。片手に盾を持ったり、突撃の際に相手の穂先を避けるように直前で動きを変えるようなことは出来ない。つまり、槍が刺さって死ぬ。
だが最前列が死のうが、第二列が相手を斬る。
これが島津の剣法であった。
そして、島津ヨシヒロ──
──当代最強の島津である。
彼女の剣は、『人型の炎』を袈裟に両断した。
そのまま止まらずに、『人型の炎』の右側を通り過ぎるように走り抜ける。
充分に走り抜けて、旋回。再び突進。
ヨシヒロは、わかっていた。
あの『人型の炎』、確かに真っ二つにした。
けれど、死んでない。
アレは、一回二回、真っ二つにされた程度では死なない。
そういうモノだ。そして……
そういうモノが相手だろうが、関係ない。
相手が死ぬまで、それかこちらが死ぬまで、永遠に突撃を続ける。
これが島津の剣法である。
ヨシヒロが猿叫を上げて『人型の炎』に再び迫る。
『人型の炎』はその優れた身体能力で、突進を試みるヨシヒロに自ら突撃。
火炎そのものの腕で、ヨシヒロの腹部を突き刺す。
……が、関係ない。
ヨシヒロの突撃は、腹をぶち抜かれようが、首を飛ばされようが、止まらない。
猿叫をあげながらヨシヒロは『人型の炎』に肩から突っ込み、体当たり。
相手がどんと突き飛ばされたところで、剣を振り、両断。
まだ『人型の炎』が死ぬ気配はない。
だが、ヨシヒロもまた、死なない。
腹の傷を神威により修復しながら走り、距離が開けたところでまた旋回し、三度、突撃を慣行。
『人型の炎』は、完全にヨシヒロを敵と認定。これに対応すべく、動く。
──長女・ヨシヒサが、フリーになった。
これこそが、島津の必勝の戦法。
次女・ヨシヒロが相手への果敢な突撃を続け、注意を惹いたところで、戦局を見た長女・ヨシヒサが、兵をまとめて、相手の急所を突く。
そのやり方は島津にいくつもの勝利をもたらした。
では、今回は……
長女・ヨシヒサは、頬に手を当てて、「あらあら」と困った声を出した。
「あれ、殺せないわねえ」
穏やかな微笑に細められた目は、『人型の炎』の神威を捉えている。
彼女の瞳もまた、魔眼であった。一秒先の未来を見る『先見の明』、壁越しにも温度そのものを捉える『熱視線』。クサナギ大陸にはいくつかの魔眼が存在し、ヨシヒサの魔眼は相手のHPを見ることができる。
ゲーム剣桜鬼譚においては『兵力が一定割合以下の相手を一撃で倒す』といったスキルとして登録されているこの魔眼、ヨシヒサの指揮・突撃能力込みで『確実に倒せるHPの相手に反撃を恐れず全力を出す』というものがスキル化されたものであった。
そのヨシヒサの目からして、あの『人型の炎』のHPは、無限。
倒せるとか、倒せないとか、努力すればとか、そういったものではない。
ただの災害だ。なぜか人型で、意思らしきものがあるので、魔眼の対象になっているが、本来は、魔眼でもHPが見えない『嵐』とか『噴火』とか、それこそ『氾濫そのもの』とか、そういった類の存在である。
なので、
「ヨシヒロちゃーん! 逃げましょー!」
「相分かった!」
狂ったような叫び声を上げて突撃していたヨシヒロが、急旋回し、ヨシヒサと全然違う方向を目指して全速力で駆けていく。
また、ヨシヒサの背後にいた島津兵たちも、ばらばらに散り始めた。
この逃げ方は九十九州の戦乱で編み出された『山賊逃げ』だ。
隊列を組んで殿を立てて……という逃げ方は、逃亡先で備えるのが楽だが、殿はまず間違いなく潰れるし、総合的な生存数も実は少なくなる。
それは継戦を考えた逃げ方なのだ。隊列を組めば『止まれ! 反転! 追手を迎え撃つ!』ということはしやすいのだが、逃げるべき状況でそんなことをしても『大将の生存率を上げる』というだけで、全体の生存数はさほど上がらない。
だがこの『てんでバラバラに逃げる』という逃げ方だと、結果として、全体の生存数が上がる……ことが、多い。
特に九十九州のルールには『夜は戦闘をしない』というものがあるため、夜まで全員がバラバラに逃げまくり、夜になったら領地に帰ればいい。
再集合もそれで問題がないし、夜まで逃げ切ればバラバラになった各個が撃破されることもないのだ。
この場合も、相手は『強力な一体』なので、そういう逃げ方が最も生存率を上げる。
……問題は、この『強力な一体』が、どういう存在で、いつまでいるのか、ということだが……
(うーん、最悪の場合、九十九州を捨てることも考えないといけないのかしらねえ)
ヨシヒサは考える。
島津家が九十九州から出ようとして稀人入管センターの異界絶対殺すロボに見逃されるかは賭けだが、あの『人型の炎』と『異界絶対殺すロボ』であれば、後者の方がまだやりやすい。ヨシヒサの魔眼はそう判断している。
とはいえ、逃げるも留まるも、『賭け』には違いないのだが……
何にせよここは、駆け抜けるしかない──
「島津の方々、『待て』だ」
──はず、なのだが。
その声は、今にも逃亡をしかけていた島津兵の足を止めさせる『威』があった。
その声の主は──
「いやァ、まったくもって、ふざけたことが起きているようだ。あちこちにあんなのが出る。まったく、まったく──なんだ、俺にボーナスステージでも用意してくれたのかァ?」
風のように『人型の炎』に接近。
そして、七支刀でもって、『人型の炎』を両断。
ヨシヒサは、見た。
無限であったはずの、『人型の炎』のHP。
それが、その一刀だけで、ゼロになるのを。
『人型の炎』を一刀で斬り伏せた少年が、銀髪をなびかせ、ヨシヒサに振り返る。
「『一宿一飯の恩』を返しに参ったぞ。アレら『異界の神』の処理、この氷邑梅雪が請け負った」
神匠ニニギの手からなる、『神殺しの剣』を持った少年──
──氷邑梅雪が、島津領に合流した。




