第271話 花見一献 一
桜島──
氷邑銀雪と、島津イエヒサ・トヨヒサの戦場。
「もうじき、あの『異界の穴』に手が届くが……さすがに、硬くなってくるものだ」
魔界からのモノどもを、蹴散らし、蹴散らし、蹴散らし……
イエヒサ直下の島津兵まで含めても三十人ほどしかいない者たちが、ほんの数時間で魔界のモノどもを千、あるいは万にのぼるほど斬り、進んだだろうか。
それは間違いなく偉業だった。
恐らく、今のこの時代、こんな強引な方法で『異』の名を冠するほどの『外なる世界からの無限湧き』に対抗出来る部隊は存在しないだろう。
『盾の氷邑』の継承者にして、当代、否、歴代一の剛力を誇る氷邑銀雪と、『突っ込みのカン』が働く強靭なる武将のイエヒサの部隊。その組み合わせだからこそ、これほどの短時間で、真正面から、こんなにも『異界の穴』に肉薄できた。
桜島の火山──白い、独特な乾いた地面で出来た火山。
その火口あたりにあるのは、間違いなく異界の穴だった。
近付けばそのサイズ感がわかる。……氷邑湾で起こった海異のものよりも、大きく見える。
また、火口の上空に空いた穴は、そのサイズの大きさから高さが測りにくいが、雲よりも少し下程度の高度はあるだろう。
あれをどう斬ればいいのか──
(いや、私ならば、可能だ)
慢心ではない。確信がある。
……そもそも、この刀は……
かつて、異世界勇者と戦い、異界の騎士を祖が倒した。
その時に収奪したフラガラッハを見本にして打たれたこの銀舞志奈津は──
──異界を斬るために、打たれた。
帝の祖とともに旅をした先祖が、殺し切れなかった『異世界勇者』。
封じるしかないあの存在を殺すために打たれた。この世界から、この世界のモノではない何かを閉め出すための鍵なのだと……
異界の穴を前に、きいんと刃が鳴るのを聞き、銀雪は確信した。
魔界のモノどもの中を、斬り進む。
敵の血が、体液が飛沫となって宙を舞う。
けれどそれらは、銀雪の体にかかる前に、凍り付いて落ちていく。
銀舞志奈津から、かつてないほどの冷気が放たれていた。
刀が、生まれた意味を成そうとしているのがわかる。
だから、銀雪は刀を振りかぶり──
振り下ろす。
その斬撃は飛翔し、異界の穴と銀雪との間にいた魔界のモノどもを、凍らせ、砕き、粉々にしながら突き進む。
そうして桜島を滑るように登り……
異界の穴を、斬り裂いた。
斬り裂かれた穴は、刀傷に吸い込まれるように縮んでいき、消える。
……かくして、桜島の上空の『異界の穴』は消滅。
魔異はこうして終息した。
これはゲーム剣桜鬼譚の、本編前エピソードになかった展開である。
本来の歴史において、九十九州は魔異の脅威に呑まれ、あちらこちらの小勢力が消滅するに至った。
島津、大友、龍ゾン寺、そして出島の異人どもはその大きさと強さで生き延びたが、昼夜を問わず襲い来る魔異は、小さな勢力を根こそぎにし、さんざん暴れまわったあとで、自然に閉じた。
もちろん、まき散らされた被害は甚大だった。
それが、氷邑銀雪によって止められた。
これこそ、正史になかった展開。
そして、もう一つ。
この九十九州に『魔法使い』が来る展開もまた、正史では、なかった。
……魔法使いは、何をしに来たのか?
魔法使いは、何を目的にしているのか?
クサナギ大陸のどこかで活動する『異世界勇者』のため、九十九州を支配する、あるいは、九十九州にクサナギ大陸有数の戦力を集めることが、目的?
……否である。
そもそも、魔法使いは現在、異世界勇者のことを見失っている。
桜という存在になり、砂賊糾合事変を起こしたことろまでは掴んでいる。だが、備中高松迷宮から飛び去って後の事は、知らないのだ。
だから今、どこで何をしているかがわからない。わからなければ、九十九州に手を出すことが異世界勇者の利になるかどうかは、わからない。何せ九十九州にいる可能性だってあるのだから。
……そもそも、魔法使いを『異世界勇者四天王』と──『異世界勇者に仕える部下』かのような呼び名をつけたのは、クサナギ大陸の人間である。
魔法使いは、勇者パーティの中で特殊な立ち位置である。
まず、異世界勇者自身に忠誠を誓ったことはない。
彼女は『真の勇者』を任命する権能を失っている。かつてその権能を持っていたころ、勇者を粗製乱造してしまった。その咎で精霊に堕とされてから、彼女は『真の勇者』を任命することだけは出来なかった。
だから、『真の勇者』に興味を持ち、そこに自分の権能による『選択肢表示能力』を付与した。そうして、行く末を──『死の道』を選ぶ瞬間を直接見たいがため、そばにいることとした。
これが、魔法使いヴィヴィアナが異世界勇者の仲間として活動し、クサナギ大陸侵略にまでついてきた理由である。
最初からヴィヴィアナは、自分の趣味のために行動している。
一貫して、世界の命運とか、勇者への忠誠とか、そういうものは『どうでもいい』と思っている。
だから、彼女が九十九州に目をつけたその理由は……
この島の、特異な性質にある。
この島は、異界からの稀人が訪れやすい。
それはとりもなおさず、人や軍が通れるぐらいの大きな異界の穴が空きやすいという意味になる。
……この性質を持つ土地で、ヴィヴィアナがしようとしていることは。
まさしく、興味本位の実験であり──
◆
氷邑銀雪が魔異を斬り裂くところを、ヴィヴィアナは見ていた。
透き通る水の体。優美で、少しのほほんとした様子に見える、美しい顔立ち。
ウィッチベレットをかぶり、ローブを羽織り、氷で出来ているように見える杖を持ったその女は──
「ほわ」
終えた仕込みを発動させるため、杖の石突で、地面を叩いた。
瞬間、空に大穴が開く。
穴、というのは、それが異界とこの世界とをつなげるものだと知っているから思いつく表現にしか過ぎない。
その、夜空の中でぼんやり光りながら広がるものは、光に見えた。
光は、広がる。
広がり、広がり、広がり、広がり……
九十九州全土を、塞ぐほどの大きさに、なる。
その光は──
その、大穴は。
ヴィヴィアナの故郷である世界とつながっている。
死の世界となったその場所。『不滅である』と定められた神以外はもはや生存していない……残り少ない人類も、ただ滅びを待つだけの世界。
異世界勇者は、ここに住まう人たちを救うため、クサナギ大陸への侵略を決意した。
その、世界──
それが、一部だけとはいえ、九十九州に降りて来る。
その異世界転移を成し遂げた魔法使いヴィヴィアナの、目的とは──
「あー、やっぱりこの環境なら、大地そのものを召喚もできるんですねえ。いやあ、確かめられてよかった~」
──理論の実証。
たぶん、できるんじゃないか? と思った。
計算をした結果、できる見込みが強くなった。
確かめたかった。
だから、やった。
ほんのそれだけの理由の異世界召喚。
九十九州の大地に、滅びた世界の大地が落ちて来る。
巨大質量ゆえにゆっくり、ゆっくりだが……
そんな大きさのモノが落ちれば、九十九州のみならず、クサナギ大陸全土が、ひとたまりもない。
だが……
「えーっと、このまま術式を維持すれば、計算上──三時間ぐらいで、全部出ますかねえ?」
そんなことはどうでもいい。
ヴィヴィアナは趣味神だ。
そのせいで、神から精霊に堕とされた。
それでも、性質は変わらない。
その時その時に興味があることを、ただするだけ。
行動はすべて興味が原動力。正義とか、常識とか、そういったものはない──
世界の滅びの、大きな一因。
無邪気だからこそ悪辣。
趣味人だからこそ悪質。
彼女には悪意が欠けていた。そして、力があって、知識と技術があって、常識がなく、思いやりもなかった。
自分の興味を満たすことだけを行動原理にする最悪の英雄選定者が、興味のために、異世界を落とそうとしている。
術師を殺す以外に、この異世界落下を止める手段はない。
残り、三時間。
クサナギ大陸の命運が、三時間で、決まる。




