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第266話 九十九州大決戦 三

 竜巻がすべてを薙ぎ払う。

 脱出は許されない。その渦の吸引力はすさまじく、運良く渦巻く風の端っこにいても、そこらに浮かぶ金属やら、氷やらの球体から放たれる道術が、抜け出そうとした者を貫いていく。


 氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)の対軍道術──


 度重なる強敵との戦いを経たおかげで、もともと得意であったものに磨きがかかっていた。


 だが……


「整列」


 どこからか、年老いた男のしわがれた号令が響いた。


 その号令はゾンビたちを素早く動かし、竜巻の中──『目』のあたりで、列を成させることに成功する。


「融合」


 声は静かだがよく通る。

 竜巻の轟音の中でも、ゾンビたちは、その声に忠実に従い──腐った肉の体をくっつけ、ひと塊になっていく。


「凄まじき風ですな。しかし、風は所詮、風でしかない。『形状』と『重量』でやり過ごせましょう。あとは──」


 老人の姿が、梅雪の目にも映る。


 梅雪の口の端が、凶悪に吊り上がる。


「──強敵を避け、雑魚を減らせばよろしい」

暗殺者(アサシン)! ようやくこの俺の前に現れたなァ……!」


 緑肌の小柄な老人は、顎を撫でながら、いつの間にか龍ゾン寺ドラゴンゾンビ・テンプルの横に立っていた。


 ほぼ同時、何か大きなものが、梅雪の真横に着地する。


豪壮(ノブレス)! 梅雪様、大変豪壮ですわ!」


 この口調と筋肉の圧力、そしてバネのような金髪縦ロールは──大友(おおとも)国崩(えくす)


 そして、その国崩の小脇に抱えられて、


「悪いな梅雪、暗殺者をこっちに運んだ」


 ボブカットの半鬼(ハーフドワーフ)の、イバラキも来た。


 梅雪は問う。


「イバラキ、貴様は逃げたのか、それとも、進んだのか、どちらだ?」

「ああ、間違いなく進んだよ」

「そうか。では、方針を述べよ」

「このまま、九十九州を回って、氷邑家兵力を糾合し、ひと塊となって一気に龍ゾン寺を貫く。それと──『魔法使い』もな」

「……ほお」


 魔法使いが、九十九州に来ている。あの異世界勇者四天王の湖の精霊が。

 それは梅雪も知らなかった展開だ。だが、言われた瞬間、理解した。暗殺者がこの地にいる理由。魔法使いの手引きであろう、と。

 詳しいギミックはあとで掘り下げればいい。今は、そういう事実関係がわかっているだけで充分だ。


 イバラキが言葉を続けた。


「ルートどりはこうだ。このまま転身して島津(しまづ)領に入り、そこから聖地桜島を目指す」

「桜島か。あそこで今、何が起きている?」

「何が起きてるかは知らねぇよ。だが、尋常でない何かが起きてる。そして、その『尋常でない何か』の勢いがすっかり止まっている。自然に勢いが弱まった雰囲気は感じねぇのはわかるだろ」


 梅雪はうなずいた。


 今、迷いが晴れた感覚で探れば、桜島の異変、まったく解決した感じがない。

 だというのに、桜島から溢れ出す神威がある地点で止まっている。

 ということは……


「桜島で異変の勢いを止めている者がいる」

「そうだ。そしてそれは、銀雪(ぎんせつ)に違いない。あの感じの異変を止められるのなんざ、九十九州でもそうはいねえだろうからな」


「イエヒサもあっちに向かったわよ」トシヒサが口を挟む。「たぶん、本当にそこに銀雪さん? がいるなら、合流してるんじゃないかしら。最悪、戦いになってるかもしれないけど……」


「だとしたらイエヒサは死んでいるな。……まぁ、悪いようにはなるまい」


 梅雪の発言はゲーム剣桜鬼譚(けんおうきたん)知識を根拠の一つにしたものだった。

 島津イエヒサはとにかく直感力に優れたキャラクターであり、それを補強するエピソードとスキルを何個か持っている。

 このクサナギ大陸でも、かなりカンで活動しているようなので、それを思えば、銀雪との敵対という『死の道』は選ぶまいと梅雪は考えた。


 かくして梅雪は、状況考察により、九十九州の状況を把握するに至った。


 方針は『転身』。つまり、龍ゾン寺に背を向けて、とにかく島津を目指す、ということらしいが──


 梅雪は、考える。


(ここで背を向けずに相手を打ち倒すこと、不可能とは思えん。全力で当たれば可能だろう。だが……被害も出るであろうな)


 龍ゾン寺の方針は、暗殺者が述べたとおりだった。

 一つの塊になったゾンビどもは球体となって輿を乗せたまま梅雪の竜巻を爆走し、このまま、こちらの軍勢に突っ込んで来ようというところだ。


 あの速度、あの質量を止めるのはなかなか骨の折れる作業であり、梅雪やウメなどはともかくとして、島津雑兵はかなりの数が犠牲になるだろう。


 イバラキは犠牲を減らす方針のようだった。

 犠牲を減らし、わざわざ島津を経由して──つまり、兵を増やして軍を大きくしながら、銀雪まで拾って、龍ゾン寺を一気に叩き潰そうとしている。


『他家の兵に与える被害をなるべく減らしたい』などという殊勝な思惑ではなかろう。

 つまり──


「龍ゾン寺、魔法使い。それだけではないということか」

「ああ。勢力の乱立するこの場所で、『戦いの後』を狙った勢力がいないとも思えねえ。それに……たぶんだが、龍ゾン寺にはまだ隠し玉がある。領地侵入の際には特に気を付けるべきだ。頭数は欲しい。選択肢が増える」

「貴様の策を採ろう。……全軍、転身せよ! 島津領へと戻る! 殿(しんがり)は、この俺──」


「お待ちください」


 そこで、静かに、梅雪に言葉をかける者がいた。


 梅雪の視界に入ったのは、銀髪の少女……


 妹の、はる。


 戦いの中なのですでに長刀を抜き放ち備える少女は、静かに梅雪の目の前に立った。


「殿は、わたしが」

「……はる、」

「総大将が最後尾で殿というのは、そもそもおかしな話です」

「……」

「それに、この戦いはどうにも、『先頭の判断力』が重要になる様子」


 間違いなかった。


 現在、九十九州は大変混乱した状況である。


 何が起きるかわからない。イバラキは献策こそするが、島津も大友も、梅雪がいる状況で、梅雪抜きでイバラキの策を採用するかどうかは怪しい──

 というか、大友国崩も、島津トシヒサも、『頭が回る』方だ。そして大友と島津は、根本的には九十九州において敵対関係にある。

 そこで梅雪抜きでイバラキの策を捧げられれば、『検討する時間』が発生する。


 この戦い、時が惜しい。


 状況は刻一刻と動いており、情報戦という点では、魔法使いを招き入れることに成功した暗殺者および龍ゾン寺が一歩上に行っている。

 なのでこちらは相手の出してくる『事前に準備してあった手』に即応することが求められるのだ。


 そんな時に、利害関係や対抗心で、出された策をいちいち検討されていては時間がかかりすぎる。

 ここは二つの家のどちらの肩も持たない梅雪が、強権を発揮して二家へ行動指針を示すべきであり、今の梅雪はそういう発言権を二家から認められていると見て間違いがない。


 権力でなく、関係性でもなく、『(せい)』によって『この人の意見を重んじよう』と思われる瞬間、みたいなものが存在する。

 梅雪は『そういう人』になっていた。


 だから、梅雪は黙る。

 はるは、言葉を続ける。


「しばらく足止めすればすぐに追いかけますので。兄上様は先頭でお進みください」


 正しい。

 ……だから梅雪がそれに『わかった』と言えない理由は、妹かわいさに他ならなかった。


 だが──


快美(エレガント)!」


 ドン! と足音を鳴らして、はるの横に並ぶ者がいた。

 大友国崩である。


「氷邑はる様、あなたの覚悟、誠に快美(エレガント)! このわたくし、感服いたしましたわァ~!」


 自分より頭四つぐらい大きい女性に言われて、はるはちょっと怯んだ様子だった。


 大友国崩は、片膝をついて、はるになるべく頭の高さを合わせる。


「わたくしも、あなたの横で踊ってもよろしくて?」

「……」

「ともに、守りましょう」


「大友国崩、言っておくが、貴様が残るならば、はるを先頭に入れても構わんのだぞ」


「あら梅雪様、それはいくらなんでも、龍ゾン寺を舐めすぎておりますわよ」

「……」

「あれもあれで、九十九州の戦乱を生き抜いた雄ですわ。エレガントとは言えませんけれど、強壮(ノブレス)ではございます。……ですがご安心を。わたくしと、はる様。二人の力に大友聖騎士団が加われば、打ち倒せない敵ではありません!」

「まあ、打ち倒せるなら話は早いが……」

「言い過ぎましたわ! 恐らく、足止めがせいぜいでしょう。……わたくし、先ほど、軍師と戦い、引き分けましたもの」

「……」


 イバラキがここまで『進んで』来た理由。

 梅雪は、察していた。……大友国崩で、軍師を倒し切れなかった。だから、イバラキはこうしてここにいるのだ。


「梅雪様、一つ、お詫びを」

「……なんだ」

「あなたの母親を名乗ったこと、先走り過ぎました。正式に謝罪を申し上げます」

「……ふん」

「まずは──あなたたちの好感度を稼ぐところからですわね!」

「……………………いや、そういう話ではないが」

「そういう話ですわ! というわけで──あなたたちに、わたくしを好きになっていただきます。ただ……わたくしは、戦いしか能のない女です。なので、ここで命を懸けましょう」


 国崩が立ち上がり、両の拳を握りしめる。


 その目は、嵐の勢いを押し散らしながら進む、ゾンビ車輪に乗った龍ゾン寺に向けられている。

 ……あるいは、その横に立つ、暗殺者に向いている。


「人の心は(かんぬき)のかかった城門のようなもの。押して、押して、押して、押し砕くべきものですわ。ですがわたくし、梅雪様が去って行った時に、気付きましたの。『門以外の場所を砕こうとしてしまっていた』と」


 大友国崩が、片方の拳を上げる。

 大友聖騎士団が、その背に整列する。


 剣を掲げ、兜を叩きながら、


剛力(ノブレス)!』


「無遠慮に踏み込んではならない場所というものが、ございますわよね」


勇壮(ノブレス)!』


「わたくしは、正攻法をこそ好みます」


正面突破(ノブレス)!』


「なので、真っ直ぐに。誠実に。正攻法で。──優雅に! 耽美に! 華麗に! あなたの心をぶち抜いて差し上げましょう!」


 国崩の手の中で、聖剣が刃を形成していく。

 夜の闇の中に黄金の光が立ち上る。聖女国崩の聖剣は巨大に、巨大に、ひたすら巨大に、その刃をふくらませていく──


「大友と氷邑の未来、この一戦にて占いましょう。さあ、みなさまァ~! ──ゾンビの群れをブチ抜きましてよ!」


突撃(ノブレス)!』


 国崩カリバーが放たれる。

 黄金の光が、迫りくるゾンビ車輪へと迫り──


 その前に躍り出た、真っ黒い盾と剣を装備した暗殺者に、止められる。


 かくして、大友国崩と聖騎士団、そして……


 暗殺者の真横から迫る、銀髪の少女。


 国崩の国崩カリバーの勢いをどうにか反らしながら、暗殺者が剣で対応した、その少女──


 氷邑はる。


 氷邑と大友の共同戦線が、ここに発生する。


 対龍ゾン寺戦最終決戦第一幕。

 耳川の退()き口が、開幕した。

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