第263話 九十九州大混戦 六
そもそも、自認が間違えていた。
イバラキは戦術家でも軍師でもない。
(オレとしたことが、舞い上がってたのか? 氷邑家当主の軍師なんていうお偉そうな肩書きにすっかり自分を嵌め込んじまった。そうじゃねえ。そうじゃあ、ねえだろう。オレが戦術だの、軍略だのをやったのは──生き残るためだ。戦術家であること、軍略家であることは、目的じゃねえ。結果だ)
イバラキは弱者である。
そして、彼女が率いていた酒呑童子という山賊団もまた、弱者の寄り合いであった。
山賊は社会に居場所のない荒くれ者が最後に行きつく場所。
そもそもにして、『荒くれ者』のくせに、社会につまみ出されるような程度の存在が強者のわけがない。本物の強者ならば、相手が『社会』だろうが、『サムライ』だろうが、負けない。
たった一人で『複数の人間を含む組織化された集団』を相手に出来るような強者が存在するクサナギ大陸において、多少腕っぷしが良いというだけで荒くれて、排斥され居場所を失うような半端者は、弱者と言って間違いがない。
酒呑童子がたとえば、そういう……『多少強いだけで調子に乗って、社会ごときにも勝てずつまみ出されて、それでもなお「俺は、強い」という謎の自負に呑まれた者だけの集団』であれば、帝内地域で畏れられる山賊団にはなっていない。
(出来ないことを自覚しろ)
自分の弱さと向き合って、向き合って、向き合って。
どうにもならない現実を見つめて、見つめて、認めて。
その中で最善を尽くす。
弱者を自覚するならば、強者のように振る舞ってはならない。
強者ならば、力で押せる。
弱者はそれが出来ない。だから、考える。
(今、オレの手の中には、何があるか)
大友国崩──
暗殺者と互角の殴り合いをしている。
これは間違いなく大駒だ。イバラキが切れる中で、必殺の駒だ。
かつての自分にとっては、クマ三兄弟が『大駒』だった。では、その大駒をどう利用したか?
最初から強敵にぶつける?
違う。まったく、違う。
(こっちの『最強』を、疲れてない相手にそのままぶつけてどうする? オレぁ頭湧いてんのか? そうじゃねえだろ。こっちの『最強』なら、相手を分断して、疲れさせて、判断力を奪って、弱らせて、弱らせて、弱らせてから、トドメの一撃に一瞬だけ出すべきだろうが)
大駒をいくつも抱えているとか、一つですべてに対応出来るほど、並ぶもののないほど強い駒であるとか、そういう前提での動かし方をしてしまっていた。
そうではない。少ない駒をどう使うかを考えなければならない。考えたならば、こちらの最強を初手で出すなんていうことは、ありえない。それが破られれば負けるような使い方など、してはならない。
では、どうするか。
「大友国崩! 撤退だ!」
「!?」
「そいつは『術そのもの』だ。いくら殴り合っても、たとえ倒しても、また蘇る!」
己は死者であると、暗殺者は明かした。
魔法使い──『ヴィヴィアナ様』の影の一つ。異世界勇者がそうするように、影からにじみ出た死者である、と。
あるいはそれも嘘かもしれない。
だが、嘘だろうが本当だろうが、イバラキにとってはどうでもいい。
重要なのは、戦いに夢中になっている大友国崩を納得させ、引き下がらせること。
「撤退と言われましても、どこへ!? 今から、わたくしどもの領地に戻るのですか!?」
「いや」
現在──
正面には暗殺者、背後からは魔法使いが来ていると思しき状況だ。
大友領に帰ろうとすれば、背後を暗殺者に脅かされ、たどり着いたところで魔法使いがすでに制圧を完了している可能性が高い。
これに大友国崩と聖騎士団だけで対応するのは不可能だ。
イバラキは、笑う。
(恥ずかしい話だが、自分の弱さを忘れてた。……プライドだの、肩書きだの、そういうモンにこだわった決断を下そうとしてた)
自分たちは弱者だ。
弱者がこだわるのは、勝利のみであるべきだ。
だというのに、恥だのなんだの、そういうものが、頭に過ぎってしまった。
(裸の猿も服を着慣れれば羞恥心を覚える。オレもどうにも、すっかりオサムライ様に染まってたらしい。……まったく、クソくだらねえ)
イバラキは、勝利のみを志すことにした。
であれば──どうするか?
分断は、これ以上出来ない。そもそも、暗殺者はほぼ単騎である。そばにゾンビ兵を潜ませているのはあるだろうが、ここで大友国崩と互角の戦いを演じているのは、彼の独力によるものだ。
だったら、もう、選択肢は一つしかない。
「大駒を増やす。──南へ退くぞ。たぶんそっちの方に、梅雪がいる。合流して、こいつらを押し付ける」
武士であれば、主君に敵をトレインするなどと、死んでもしないだろう。
イバラキも、そういう考えがいつの間にか頭の根っこにあった。梅雪に『軍師』として大友家についていることを委任された。だから、軍師として、大友家のみでやろうと、そういう思考が頭の根っこにあった。
だから、クソくだらねえと笑うのだ。
「落石、落とし穴……クソでもなんでも、使った。そいつが『弱者が勝つ』ってことだ。使えるモンはなんでも使う。プライドだの、こだわりだの、そういう物に選択肢を縛られたヤツから死んでいく──ハンッ! 今頃気付くなんざ馬鹿みてえだがな、九十九州中の協力的勢力を集めりゃ、暗殺者とその仲間よりこっちのが多くて強い。だから、そうするのさ」
現在の九十九州の状況、『仲間』と言える勢力がてんでバラバラに動いている。
それをまとめる。そうすれば、人数と、大駒の数で勝つ。
「大友国崩、あんたもこだわりは捨ててもらうぜ。銀雪も拾う。オレの策にあの規格外を組み込む。文句は言うなよ」
国崩は──
神威を放って暗殺者を弾き飛ばし、イバラキに向けて、笑った。
「軍師様、あなた、今のしゃべり方の方が素敵ですわよ!」
「……そうかい。で、同意はしてもらえるのか?」
「もちろんですわ! あなたの策に従うと、誓いましたもの! 聖騎士団の皆様ァ~! 逃げますわよ! おーっほっほっほっほ!」
国崩の号令一喝、聖騎士団が包囲から横隊へと組み替わり、南方向へダッシュを開始する。
イバラキはひょいっと国崩の肩に担がれた。
「口を閉じていないと舌がミンチになりましてよ!」
加速する。
……かくして、九十九州の戦いは、一つへと糾合していく。
まずは……
氷邑梅雪の戦場が、九十九州全土戦に、巻き込まれることとなった。
かくして九十九州大決戦の幕が開く。




