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第262話 九十九州大混戦 五

 魔法使い。


 かつて、クサナギ大陸へと侵略に来た、異世界勇者の軍。

 帝の祖が解決したとされる氾濫(スタンピード)。その脅威そのものである。


 当時の資料は残されてはいるものの、何分『当時の資料』……すなわち六百年前の話なので、『詳細な記録か』と言われると、現代風ではない点も踏まえ、『歴史的な資料』と言える。


 だが、その中でも特に注意すべき四体の妖魔──勇者当人を除いた四天王については、良く語られていた。


 騎士。

 暗殺者。

 魔法使い。

 姫。


 これらの実名について残っていないのは、クサナギ大陸特有の信仰、もしくは迷信によるものだ。


 クサナギ大陸において『名前には力が宿る』とされている。


 よくも悪くも名前とは『縛り付けるもの』である。

 なので、帝の祖の名前というのは、遺されていない。帝の祖はその偉大さをますます偉大に、個人名としてではなく『帝』と呼んだ時にこの存在のみを指すようにという意図から、名前を伝承されなかった。

 これは『その偉大な力が名前という枠に縛り付けられず、末永くクサナギ大陸の安寧を見守っていただくため』だ。実際にそういう効果があるかどうかはともかく、そういう意図によって、帝の祖は名前を伝承されていない。


 では一方で氾濫四天王や勇者が名前を伝承されていないのは、呼び水になるのを防ぐためである。


 特に滅されていない妖魔に対して『そういう警戒』をされるのだが、『名前を呼ぶと出て来るぞ』という迷信がある。

 なので封印されてはいても討滅されなかった異世界勇者とその四天王については、名前を呼んだ人のせいで封印から出て来てしまわないように、厳重にその名前までもが封印された、というわけだ。


 ……その帝の祖の時代に施された封印は、未だに機能している。


 だが、異界の騎士ルウは、己の存在を神霊に近くすることによって、『妖魔特化』のこの封印を抜け出すことに成功した。


 勇者当人は、記憶を失い、力を失った生命となることで、封印の外に出ることに成功した。


 では、魔法使いはどうしたのか?


 封印を抜けていない。


 魔法使いはそもそも、『分身』を外に放つことが可能だった。


 大嶽丸(おおたけまる)ざぶざぶランドにおいて行われたように、魔法使いの分身は封印を抜けて外へ出すことが可能である。

 神威生命体たる妖魔ではあるが、その術までは妖魔判定されない──正しくは『されないように数百年かけて調整した』。

 自己存在が作り変えられたところから、自分の放つ魔法だけでも封印の結界を抜けられるようにしたのだ。


 そしてその射程距離……


 封印の地・死国から、大嶽丸ざぶざぶランドまで届く。

 この距離はほぼ九十九州を横断する長さに等しい。


 ……だが、それさえも、最大射程には程遠い。


 死国の封印結界は『未完成の状態なので解くためには完成させねばならず、完成した瞬間に内部の妖魔が消滅する』といったたぐいのものだった。

 これを完成させぬまま外での活動を実現する。それが、魔法使いの行っている『分身を外に放つ』という方法なのだ。


 そして今、その『分身』が、大友領に訪れている。

 妖魔封印結界から問題なく抜け出せるモノに、稀人入管センターの異界絶対殺すロボも反応出来ない。


 それゆえ──


 氾濫四天王『魔法使い』。

 中国地方を通って、堂々と九十九州入りであった。



(さて、どうするか)


 暗殺者の目論見を看破し、大友(おおとも)領が窮地に陥ろうとしている──いや、もう、陥っているかもしれない。

 その上で、イバラキには選択肢があった。


 一つ、戻って大友領を救援する。

 もう一つ、大友領を見捨てる。


 そもそもにして、この九十九州における『領地』の価値というもの、実は低い。

 とったりとられたりが普通なのだ。なので九十九州人は、あまり領地防衛に熱意を見せない。


 また、攻めに注力するのが効率のいい戦術だというのが戦いの中で理解されているため、今の大友家のように、主力が防衛戦力をあまり残さず領地を飛び出すというのもよくある。

 基本的には主力対主力で野戦をするのが理に適っているのだ。待ち受けて城に籠もるというのは通常、有利な選択肢だ。だが、どんどん土地をとっていかないとすぐにどん詰まりになるこの場所において、防衛というのはあまりされない。

 土地の領民たちもまた、『殿様』が流動的なのをよく理解しているから、上が誰なのか、ということにはこだわらない。


 そういった土地柄ゆえに、大友家をこのまま、龍ゾン寺方向に進ませることは──


 顔色を、うかがう。


(──可能、か)


 大友国崩(えくす)、は未だに暗殺者との殴り合いをしている。

 引き下がる気配はない。……強者との戦いを好んでいるのだ。この状況で、目の前の強者との戦いをやめる気がないのだ。指示すれば従うだろうが……


 あれもまた、異常者の一人。


 強者との戦いを何より好み、人の生死、領地の侵略さえも堂々たる態度で微笑みながら認め、受け入れる。自己完結型の化け物である。


 だからイバラキが考えるのは、戦術面のみ。


(普通に考えて、九十九州の北西に注目を集める動き、そりゃあ東から目を背けさせるためだろうが。……なんでオレはそこまで思い至らなかった?)


 ……九十九州を、『異境』だと思いすぎた。

 九十九州は九十九州内で完結した蟲毒であり、そこに『外』から援軍が来る可能性を、頭から締め出してしまっていた。


 同時に、氾濫四天王が存在するとは考えていなかった。連中は封印されて動けないはずだという思い込みがあった。

 プールでの話は聞いていた。魔法使いが分身とはいえ出て来たことも、聞いていた。

 そもそも味方陣営にルウがいる。あれも氾濫四天王の一人だ。

 何より『勇者』とは二回も戦っている。……封印は、ガバガバのザルだ。抜けるための裏ワザがいくつも確認されている。であれば想定しておくべきだったのだ。


 だというのに、していなかった。

 これは……


(オレの思考の狭さだ。オレの欠点だ。狭い場所を守るための戦いが多すぎた。だから、『自分たちの領域に入って来た連中をどうするか』っていう視点で物を考える癖がついていた。『領域に入って来た後』に考える癖がつきすぎて、『領域に誰が入って来るか』を想定する考えが欠落していた)


 イバラキは軍師のような立ち位置になってはいるが、戦略面であまり意見をしたことがない。


 戦略を練るというのは『戦場の状況を整える』ということだ。

 兵力、兵糧、侵攻経路・防衛する場所の大きさ、勝利・敗北条件の設定。

 現在の戦場の外からどのような要素が来ると想定して、その要素にどう備えるか、または事前にそれら要素が関わらないようにどう根回しをしておくか──政治まで入ったものが、戦略だ。


 だがイバラキは戦術的思考でものを考えてしまう。

 軍部だ。それも、高級ではあるがまだまだ士官学校卒業したてという感じの将校にしか過ぎない。兵糧の用意、運送計画ぐらいまでは考えることが可能だが、『戦場そのものをどう定め、戦場の外にどう気を配るか』という思考が欠如していた。


 だから、『九十九州の外』に意識を向けられていなかった。

 ……これは能力以上に性格的な問題でもある。視野が狭いのはイバラキの弱点だ。だが、長所でもある。ようするに……『ハマれば高い集中力で的確な動きをするが、大きな想定外があるとすべて空回りする』という特徴だ。

 この特徴のせいで、大辺(おおべ)に操られていたとはいえ、大江山では梅雪に敗北することになった。『まさか、籠の中で七星家の後継が椅子にされているとは思わなかった』というところで、すべてが狂った。


 その当時にあった『一般常識のなさ』は氷邑家で過ごすうちにかなり改善されているが……


 思考の幅を増やすというのは、長い時間をかけなければ身につかない。

 それも、三年や五年ではない。もっと多くの時間、考え続けて、頭に回路を形成しないといけないのだ。


 だから。


(オレも成長しなきゃならねぇ。しかも、今、急にだ)


 これまでもゆったりとだが確実に成長は続けていた。

 しかし、今、求められるレベルが急に数段上がった。……対応しなければならない。


 もしも出来ないようであれば──


(刀の資格がない。刃(こぼ)れして捨てられるナマクラに成り下がる。このオレがだ! ……偉そうなオサムライ様と同様の、口だけの無能に成り下がる。……受け入れられねえよなあ、そいつは)


 この状況に、どう対応するか?


『外』からの援軍。それも氾濫四天王という大駒。こいつが来た状況を吸収して、それから、さらに新たな『外的要因での変化』も想定した対応をしなければならない。

 もちろん、もともとの計画にも瑕疵があってはならない。


 さて、どうするか。


 イバラキは……


「…………そうだな。決めたぜ、てめぇらの死に方を」


 成長する。飛躍する。対応する。


 イバラキもまたゲーム剣桜鬼譚(けんおうきたん)におけるネームドキャラ。

 大抵の『主人公(プレイヤー)』がその侵攻を開始する、始まりの地点である帝内。最初のステージ配置された阿修羅(あしゅら)トヨ(ウメ)、剣聖シンコウのように、『最初から最後まで使っていける便利なキャラクター』。役割を失うことのないヒロインの一人。


 阿修羅は──アシュリーは次々と新機体を組み上げるという、ゲームにない成長をしている。

 ウメもまたゲーム通りに愛神光(あいしんひかり)流を極めた上、独力でホデミの加護を得るところまでいく飛躍をしている。


 では、イバラキは?


 挟み撃ちが成立しかねないこの状況。大友領が制圧されかねないこの状況。直接戦闘能力が低い軍師かと思われた暗殺者が、大友国崩と打ち合って未だに戦いを続けているほど強いこの状況──


 軍師が率いていたはずのゾンビ兵どもの姿がまったく見当たらなくなった、この状況。


 この状況で、


「てめぇらは──身内同士で潰し合って死ぬ」


 彼女もまた、壁を乗り越える。


 氷邑銀雪が亡くなった妻のことをようやく思い出にしたように。

 イバラキも、戦場のいち指揮官から、次のステップへと踏み出した。

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― 新着の感想 ―
成長は喜ばしいが、『まさか、籠の中で七星家の後継が椅子にされているとは思わなかった』は一般常識があったらなおさら思い浮かばねぇからw
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