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第261話 九十九州大混戦 四

 戦いは、『あり得ない』と『対応しようがない』をより多く相手にぶつけた方の勝ちだ。


『対応しようがない』を多くぶつけられればそれが一番いい。それによって圧殺出来れば、賭けに出る必要がない。

 だが実際の戦いはと言えば、そこまでどちらか一方が圧倒的に強いことなど、まずありえない。だからこそ戦いの中では、相手に『あり得ない』と思わせるような一手を打つ瞬間というのが、必要になる。


 暗殺者(アサシン)が山から出て、襲い掛かって来る。


『あり得ない』。


 イバラキにとってそれは、想定内ではあろうとも、起こりえないことのはずだった。

 何せ『山に潜んで居場所がわからない』というのは、戦局を決めるほどのアドバンテージだ。相手の居場所が掴めないからこそイバラキは山のふもと近くで布陣し警戒を続けなければならず、そうして起こる『足止め』という事象こそ、龍ゾン寺ドラゴンゾンビ・テンプル家軍師の暗殺者の求めるもののはずだった。


 だが、出て来る。


(隠し玉はあると思ったが──)


 イバラキは、剣と盾を持ち飛び掛かって来た暗殺者を見ながら、驚愕する。


 速度はかなり、ある。

 力も感じる。

 恐らく自分では敵わないぐらいの出力を感じた。


 あの暗殺者、クサナギ大陸的分類で呼べば、間違いなく『剣士』の才覚を持っている。


 だが、それでも。


「──大友(おおとも)聖騎士団に正面からかかって来るほどには見えねぇな!」


豪壮(エレガント)!」


 山を下りざま、真正面から突撃してくる暗殺者単騎。


 もしもイバラキもまた単騎であれば、これは必殺の一手であっただろう。

 だがしかし、イバラキは大友聖騎士団に戦術指示を飛ばす軍師であり、すぐ横には大友聖騎士団総惣領たる大友国崩(えくす)が存在する。


 この女、氷邑(ひむら)銀雪(ぎんせつ)がその実力を認め、実際、その息子の梅雪(ばいせつ)と殴り合って互角の勝負を演じた。

 武将として大駒であり、戦士としても強壮なる駒である。


 それが、突っ込んで来た暗殺者に、聖剣を持ち対応する。


 大友国崩はクサナギ大陸的分類で呼べば『道士』に分類される。

 剣士は先天的に『肉体に神威(かむい)を流して身体強化をすることの出来る存在』であり、近接戦闘に強い。


 一方で道士というのはどちらかと言えば遠距離に適性がある。


 剣士と道士が正面きって近接で斬り合えば、剣士が勝つ。


 ……だが、道士の中にも規格外というのがいる。


 イバラキの知る中で、氷邑梅雪は紛れもなく『規格外の道士』である。

 イタコのサトコなども、たとえば神威がなくても投擲技術で戦えるあたりを見れば、ギリギリ規格外と言える存在だろう。


 そして……


 イバラキは知らないが、ゲーム剣桜鬼譚(けんおうきたん)において、大友国崩は規格外の道士である。

 何が規格外かと言えば──モーション。


 道士の攻撃モーションは『遠くから何かを放つ』といったものがほとんどだ。

 だが、大友国崩の攻撃モーションは……


 突撃して殴る。


 瞬間的に大量の神威を放てる上、身長190cm筋骨隆々お嬢様である大友国崩は、その筋力と身体操作センス、そして神威をジェットのように噴射する方法で、近接戦闘を可能にした道士。


 それが、黒い剣と盾を装備した暗殺者と、殴り合う。


 とてつもない音がした。


 大友国崩が刃のない聖剣(彼女の剣の刃は神威によって創る)を握り込んで殴り掛かり、それを、暗殺者が右手に構えた黒いカイトシールドで受けた。


 その時に発した音はとても擬音に表せない。金属と金属がぶつかっても、ああはならない。木材と木材でも、絶対に違う。石と石のぶつかった音でさえない。

 だが、確実に『とてつもなく硬い物同士が、とんでもない速度でぶつかり合った音』としか言えない。


 この音は──


 備中高松(びっちゅうたかまつ)迷宮で、銀雪と梨太郎(なしたろう)がぶつかり合った音に近い。


堅固(ノブレス)!」

「ほっほっほォ! いやはや、これは──」

「聖騎士団のみなさま! 手出し不要!」

「──予定以上の強者で!」


 大友国崩は強者との戦いを一対一で行いたがる悪癖がある。

 だがしかし、このたびの指示は適切だった。


 相手の軍師が単騎で突っ込んで来たという異常事態。

 陽動を疑うべきである。


 なので、『主攻への備え』として大友聖騎士団は待機させておき、一人で対応出来る限り、国崩が一人で『強者』に対応するのが正しい。

 総大将が一番危険な役割を負うというのは、実のところ、クサナギ大陸では戦術的に『アリ』なのだ。なぜなら、氷邑家で習った軍略──ようするに『優れた剣士と剣士を掛け合わせて生まれた、優れた剣士が総大将の家の軍略』において、総大将こそ最強なのだから。


 イバラキはすさまじい殴り合いを見ながら、考える。


(前提の修正が必要だ)


 戦略的意義を想像した場合、ここで出て来るのは、あまりにも『時間稼ぎ』という目的に合致していなさすぎる。

 ということはつまり、暗殺者の目的は最初から『時間稼ぎ』ではなく、そう思わせるように行動しつつ、他に隠された目的があった──ということだ。


 龍ゾン寺くまとの合流を企図した動きにも見えたが、それさえもフェイクの可能性まで出て来る。


(梅雪から聞き出した情報にゃあ、あの暗殺者には『厄介な特殊能力』みたいなモンはないっつー話だった)


 たとえば武装が厄介とか、そういう情報もない。

 事実、ゲーム剣桜鬼譚において、暗殺者というのは、ルウらと並ぶ氾濫(スタンピード)四天王のうち一人でしかない。

『ルウに並ぶ』というあたりで戦闘能力的にも只者ではないのは明らかだが、そういう情報もまた渡されており、だからこそ大友国崩はすぐさま対抗に動けたし、イバラキも冷静に暗殺者の強さを見ていられる。

 とはいえ、予想より二段は上の強さだったことは、認めざるを得ない。


 そう、明らかに、強すぎる。


 大友国崩と一対一での殴り合いが可能な人材は、クサナギ大陸にも多くない。


 暗殺者と異界の騎士ルウの実力が『同じぐらい』だとするならば、おかしい。サトコに使役されているせいでルウの出力が落ちていることを加味したとして、恐らく全力のルウよりわずかに強い。


 梅雪の知らない要素がある。


 ……イバラキは梅雪のもたらす『四天王情報』を信じてはいるが、頼ってはいなかった。

 どうにも梅雪は情報を持ちすぎている。まあ、それは『氾濫四天王と戦った者の子孫』であるから情報を持っているという理由で納得しておいてやるとして、だとしても、『歴史書に学んだもの』と『実際』とには差異があって当たり前だからだ。


 それに。


 過去の、異世界勇者侵略。


 その時に果たして、実力の底の底まで出していたかというのは疑わしい。


(……これだから生粋の嘘つきの相手は面倒くせえ。意味のない嘘も、意味のある嘘も、それどころか命懸けの局面でさえ、死に向かうような嘘さえつきやがる)


 そういう者は、少ないが、存在する。

 意味のない嘘をつく者、というのなら多く存在する。保身のための嘘をつく者も、かなりの数、存在する。


 だが、命懸けの局面でさえ、自分の寿命を縮めるような嘘をついたり、あるいは本当のことを言わず、相手に事実を伏せたまま、なんの意味もなく死んでいったり、そういうことをするような者というのが、いるのだ。


 イバラキの知る限り、そういう連中は総じて愉快犯である。


 行動原理が『愉快かどうか』なのだ。

 自分の命、正義、信念。こういうものの価値がわからない。愉快でさえあればすべてを横における。そういう存在。


『嘘つきであること』にこだわりさえ、ない。ただ瞬間的に楽しそうだと思ったことをする。

 しかも厄介なことに、嘘を思いつくその瞬間まで、まったく別な、嘘つきではない人格のまま生きている。


 暗殺者が見せた軍師としての手腕、これは本物だ。

 普段の思考も、軍師的なのだろう。


 だが、嘘を思いついた時には、嘘を優先する。


 そういう、異常者。


(まともに考えて相手をする必要はねえ。こっちの最善手を強引に打ち続けて、状況で詰むべきだ。だが……こいつを放置して龍ゾン寺領に入るのは危なすぎる。つまり──)


「──大友聖騎士団、周囲を囲め! 暗殺者を逃がすな! あいつはここで殺す!」


 中間層の薄い龍ゾン寺家。

 その軍師を今、ここで、逃がさずに殺す。これが、イバラキ側のとれる最善手。


 状況はシンプルだった。

 相手が単騎で突っ込んで来たのは、敗北への一本道だ。


 惑わされることはない。

『何か、あるのかもしれない』と思わされるところまで、相手の術中。ことここに至っては、大友国崩と暗殺者、互いの力のぶつかり合いで、その勝敗がそのまま、大友家と龍ゾン寺家の勝敗になる。


(……本当に、そうか?)


 だが、イバラキには、一抹の不安もあった。


『囲んで逃げられないようにする』のが最善の手。

 相手は一見して敗北への一本道に自ら突っ込んで来た。それは、相手が嘘つきだからだ。嘘つき……


(オレはどの時点で、相手を嘘つきだと判断した?)


 相手の行動が、『自分は嘘つきだ』と言っている。

 まず、戦略についてがそうだ。大友家が傍受した『配信』なるものの中で、龍ゾン寺家の戦略として『九十九州三分の計』を打ち出した。

 だが、それは嘘だった。実際にやったのは、九十九州じゅうから龍ゾン寺へのヘイトを集めるような戦略だ。


 戦術面。

 相手は何かを待つようにぐねぐねと蛇行したり、ぐるぐる同じ場所を回ったり、山に潜んだりした。

 だが、それは嘘だった。こうして今、飛び出してきている。……あるいは、『今なら飛び出してくるとは思わないだろう』と思って、自ら嘘にした。

 どの道、大友国崩を圧倒出来ていない時点で、聖騎士団に単騎で突っ込んでくるのは愚行に他ならない。


 行動がすべて、あいつを嘘つきだと証明している。


 行動は、嘘をつけない。


(…………本当に、そうか? オレは何かを見落としてるんじゃねえか?)


 この不安まで含めて相手の術中であれば大したものではある。

 だから、相手が大したものである前提で考える。


 不安を抱かせ、嘘つきだと思わせた結果、相手は何を得る?

 そういった行動の先に真の目的があるとして、それは、何か?


『時間稼ぎ』はまだギリギリ失敗していない。

 大友国崩と殴り合い、聖騎士団に囲ませたまま、相手はまだ生きている。大友家は、あいつ一人に釘付けにされている。そういう意味で、時間稼ぎはまだ続いている。


 しかし、山に隠れ続けるよりも、稼げる時間が短い、というだけで──


(──相手側だけが持っている情報がある。それは、時間を稼ぐという方策をとらせる情報だった。だが、だが……もし、何かの連絡があって、稼ぐべき時間があとわずかだと判断したなら? 戦術的にも、オレたちの目的としても、あいつに釘付けにならざるを得ない状況を作られた。あいつを殺せば終わるのは間違いねぇ。だから、オレたちは殺そうという手を取らざるを得ない。ここで引き下がる理由がなく、国崩の気性からしても、強敵を相手に引き下がるという指示には従わせにくい)


 ……その時。


 イバラキは、たどり着いた答えに、背筋が震えた。


 九十九州のルール。

 戦いは昼のみ。鐘が鳴ればそこで終わる。

 だから、補給線という概念がない。だから、『攻め』に注力する。


 中間層が薄いという弱点が龍ゾン寺にはある。だが、この九十九州の中に、中間層の厚い勢力がいったいどれだけいる?

 ゾンビまみれの龍ゾン寺は確かに、『上』と『下』しかいない。その意味で九十九州の中ではもっとも中間層が薄い。それは間違いない。


 だが、別に、大友だって、国崩以外に名のある将はいない。


 こちらは暗殺者の脅威を排除してから龍ゾン寺領に入れば勝ち。そのまま、龍ゾン寺領をとれる。そういう算段だ。


 だから、国崩を含む主力は、ここにいる。

 この、龍ゾン寺領付近に──


 ──釣り出されている。


「……てめぇ、どうやって九十九州に入った?」


 梅雪が不審がりながら、今まで放置されていた問題が、急に脳裏に浮上した。

 稀人(まれびと)入管センターを異界の勢力が超えることは出来ない。だから、きっと他の方法で入ったのだろうと梅雪は考えているようだった。たとえば、九十九州と死国との間の海を泳ぐなり、船で渡るなりする、など。


 そもそも死国の封印の中にいたはずの暗殺者がどうやって出て来たかまで含めて、こちらには情報がない。


 考えても仕方がないからだ。考えても仕方がない──情報がなく、情報の集めようもないものを、除外して考えてしまう。そこに使う思考リソースを他に回す。そういうことを、思考によって状況を捉える者は、よくする。

 それは賢い方法だ。人は『何もかも』には対応出来ない。だから無駄なところをカットする。考えるべきことも、労力を尽くすべきことも数多くあり、どこかに注力しなければ、注力しなかったぶんだけ後れを取るからだ。


 ……だが。


 暗殺者が、笑う。


 国崩と戦いながら、聖騎士団に取り囲まれながら、笑う。


「砂賊糾合事変の解決、お疲れさまでございました」

「……」

「二つ、教えて差し上げましょう。まず一つ。わたくしは妖魔ではございません」

「……はぁ!?」


 さすがにあり得ない。

 妖魔でなければ、六百年前の人物である暗殺者が今も生きているわけがない。

 それに、あの黒い神威。あれは異世界勇者の神威だ。異世界勇者についてきて、勇者ともども妖魔となった者たちが発する神威だ。

 イバラキは神威に対する感覚が鋭い方ではないが、それでもわかる。あれは、尋常な人間の神威ではない。


 あれが──


 あれが本当に暗殺者の神威ならば、暗殺者は人間ではない。


 六百年生きる人などいない。

 ……とは、限らない。最近も、いたではないか。梨太郎。毛利モトナリ。あいつらは、呪いによって生かされていた存在だと梅雪からは聞いている。であれば、同じように、呪いによって不老不死になった者が存在してもおかしくない。


「そしてもう一つ。これは言葉にはしておりませんが──わたくしが待っていたのは、ぞんちゃん様ではございません」


 では、誰か?


 決まっている。

 決まっている。

 最初から、決まっている。


 氾濫四天王の暗殺者が待っている者が誰かなど、決まっている。


「ああ、我が勇者でも、ないのです」


 ……だが、イバラキの脳裏に浮かんだ人物を、暗殺者当人が否定した。


 戦いながら。

 ……戦いながら、だ。あの国崩と戦いながら、こうして会話に興じる余裕さえ、ある。


 あいつはなぜ、あんなにも強い?


 剣士が強くなる方法。

 それは、神威を注ぎ込まれて出力を上げること。


「…………てめぇ、てめぇ、まさか──」


「わたくしは、妖魔そのものではございません。人でも、ございません。影でございます」


 あり得ない。

 影とは──死霊術師の影とは、『口なし』。真っ黒い、のっぺりした、生前の戦闘能力を再現し、意思をわずかに反映しただけのモノのはず。

 ああも華麗に嘘をつく存在では、あり得ない、はずなのに。


「殺されて取り込まれた影でございますよ。わたくしの主人とは、わたくしを殺した者にて。それすなわち──」


 暗殺者は、いつの間にか、大友国崩を押し始めていた。


 強くなっている。それだけ、膨大な神威が注ぎ込まれているということだ。


 ああも鮮やかな影を操り、しかも、この周囲にはまったく姿を見せない。……いやそもそも、最初からヒントはあったではないか。


 暗殺者のものと思われていた影は、九十九州全土に出没していた。


 広大な範囲をカバーしきる神威操作能力は、この時から示されていた。

 流すべきではなかった。無言のまま『暗殺者当人があちこちに隠れ潜んで騒ぎを起こしているのだろう』と思い込むべきではなかった。


 暗殺者が語る、主人の名は。


「──ヴィヴィアナ様が、九十九州に到着なされました」


 氾濫四天王がうち、魔法使い。


 そいつが、九十九州に到着した。

 場所は恐らく──


 大友領。大友家、領都。

 主力が釣り出された大友軍が、がら空きの家を狙われている。

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