第258話 九十九州大混戦 一
「桜殿、ご助力に感謝いたします」
生真面目そうな顔の、女──に、見えた。
金柑をあしらった髪飾りをつけた、黒髪を長く伸ばした女だ。
服装はブレザー型の、学生服のようだった。
ただし、制服の下にはぴっちりと体に貼り付くスーツを着込んでいるようで、袖口やスカートの下から、黒いスーツが見えた。……とはいえ、タイツだの、防寒着だのと言われれば、そのようにも見える。
その女のようなモノは、腰に刀を差している以外は、現代日本にもいそうな風体に違いなかった。
「あなたがいなければ、我々は魔王を前に敗れていたでしょう。改めて、お礼を申し上げます」
その黒髪で生真面目そうな、女のようなモノは、桜の前に膝をつき、礼を述べた。
桜──異世界勇者にして、氷邑梅雪に『殺す』と言われている者。さらには不死身の死霊術師は、「いやあ」と照れたように笑う。
「できることを、しただけですから」
「しかし、命を懸けた。命の借りは、命で返すが必然。……私の命を、お使いください。魔王亡きあと、すでに生きる目的もなくした身ではありますが……魔王打倒のために磨いた剣術と軍略は、あなたのお役に立つことでしょう」
「わかりました」
桜には謙遜も遠慮もなかった。
ただ、思うままに発言し、思うままに行動する。
彼女には『自身の欲望』というものがない。だから、彼女は助力を遠慮しない。
彼女が行動を起こす時、その動機は『人のため』である。背負った願いを叶えるためには、遠慮などしない。他者のための行動しかしない女は、すべての助力を『自分に向けられたものではない』と思っている。だから、断らない。
断らずに──
「じゃあ、行きましょうか。ここからだと……氷邑領より先に、帝都に入ることになるのかな。戦わなければ、それが一番なんですが……そうもいかないでしょうね……」
──殺し合いにさえ、巻き込む。
桜は争いの予感に、胸を痛めた。
彼女にとって、争いというのは可能な限り避けたいものではあった。
だから彼女の今の、ためらうような、胸を痛めるような発言の意図は、こうなる。
『争いなんかして、多くの無辜の民を巻き込まずに、帝とその家臣だけが、首を捧げてくれたらいいのに』
……彼女はアマゴの民のため、帝を倒すことを目標の一つにしている。
だから、帝を殺すことに変更はない。ただその過程で無関係な人を巻き込んでしまうことに、胸の痛みを覚えるだけだ。
そのあたりを、金柑の髪飾りをした女のようなモノは、理解していた。
彼女もまた傑物──剣桜鬼譚における、ネームドキャラの一人なのだ。
わかった上で、
「帝を弑するのですね。そして……御三家たる、氷邑を」
「はい。そのつもりです。……えーっと、この領地は独特ですけど、やっぱり、帝に敵対するのは、遠慮とかってあります?」
「いえ。……私の人生はすでに終わっています。あなたの操る死者も同じ。そのように、お使いください」
「わかりました。……でも、『死者』ではありません。みんな、生きています」
「……」
「その願いを私が背負う限り、みんな、生き続けるんです。……だからこそ、一緒に歩ける。だからこそ、一緒に目標を目指せる」
「失礼をいたしました」
「いいえ。……行きましょう、みんなで」
死者の軍団が出発する。
次なる目的地は、帝都。
◆
混迷を極める九十九州。
そこで一番早く、局面に変化があった場所は──
「イエヒサ殿!」
「おう!」
魔界からの侵略者がとめどなく溢れ出す、聖地・桜島。
そこと九十九州とをつなぐ狭い陸路──そこで控える、氷邑銀雪の戦場だった。
こうした『氾濫』は、その時々、侵略してきた世界の特徴を取り、『○異』というように呼ばれる。
ただ氾濫と述べただけだと、帝の祖の時代の、異世界勇者の侵略を指すことが多い。
十数年前に氷邑湾(当時は七星家においては七星湾と呼ばれていた)からは、『海』の異界からのモノどもがあふれ出した。なので、その当時の事件は『海異』と呼ばれた。
それより前、帝内地域ではないが、ドデカ湖と現在呼ばれている場所にUFOが落下し、そこから侵略者があふれ出した事件は『宙異』と呼ばれている。
今回の『異』は──
触手。
うぞうぞした、ぬめった、おぞましい化け物ども。
いわゆる『悪魔』と呼ばれるようなモノどもの姿も散見される。
全体的に『肉』を思わせる色合い、姿のモノが多い。こういうモノは、クサナギ大陸において、このような世界からの侵略者とされる。
魔界。
ゆえに、これは『魔異』と呼ばれる。
銀雪の薙いだ刃が、刃そのものの長さを無視した距離を薙ぎ払う。
触手どもが束で斬り裂かれていく。
だが、異世界の生き物どもはその大きさが一定ではない。
連中は『魔物』なのだ。大きいモノもいれば、小さいモノもいる。
横薙ぎの一閃はどのような固そうなモノも斬り裂いたけれど、その剣閃をくぐるような小さいモノどもがいた。
そいつらに、島津イエヒサたちが、躍りかかる。
銀雪に比べるまでもなく小柄な少女の多いイエヒサ軍。それが銀雪の討ち漏らしに突っ込んで、叩き潰していく。
チームワーク、と言えるほど複雑な連携はしていなかった。
だが、強力な二者──銀雪とイエヒサ軍との二段攻撃は、それだけで脅威である。
魔界からのモノどもは、銀雪らを射程に捉え、攻撃の体勢に入る前に、どんどん減らされていく。
ぐちゃちゃちゃちゃ! と肉が潰れ、一定の距離まで寄れない。
それは銀雪たちが確実に圧倒しているとしか見えない光景だった。
……しかし。
「……やはり、キリがないか」
銀雪は冷静に判断した。
キリがない。
海異襲来の際にも同じ感覚だった。
こういった『異界からの襲来』は、防衛するだけではキリがないのだ。
なんらかの方法で異界からの穴を閉じなければならない。
海異の当時は、銀雪の父・桜雪が銀雪らに防衛を任せ、一隊を率いて海異の大本に突っ込んだ。
そうして『何か』を叩き切って、異界からの穴を塞いだらしい。
今後そういったことが起きた時のために、『何を』叩き切ったかは共有されるべきだった。
だが、されなかった。
直後に桜雪が病気で動けなくなったというのもあるが、そもそも、桜雪は、共有する気がなさそうだった──というのが、当時を思い返しての、銀雪の印象だ。
なので、
「イエヒサ殿、そろそろ慣れたかな」
銀雪は、連携が馴染むのを待った。
イエヒサは、寅耳をぴこぴこ動かして、「? おう!」と答えた。
トヨヒサがにゅっと銀雪とイエヒサの間に出て来て、代わりに……ではなく、イエヒサの言葉を翻訳する。
「イエヒサねーちゃんは『大丈夫だ、問題ない』と言いたいようです」
「……そうか。では、そろそろ進むとしよう。あの氾濫の発生源──聖地・桜島まで、攻め寄せる魔界のモノどもを蹴散らしながら、進む。そこに『何か』……『斬れば氾濫を止められるもの』が、あるはずだ」
あまりはっきりしたことは言えない、かつての海異の時の様子を思い返しながら『ひょっとして、そうかな?』と思った、という程度の対策だ。
だから、もしかしたら、このまま魔界のモノどもを蹴散らして発生源に近付いても、何もない可能性もある。
それどころか、ただただ、他家の武将であるイエヒサを危険な目に遭わせ、ひょっとしたら死なせてしまうだけの結末に終わるかもしれない……
しかし、それ以外に、この氾濫への対処法はなかった。
だから、賭けに出る。
「君たちはここで防衛に就いて、危険があれば逃げてもらう、というのでもいいが、どうす……」
「行くんだな! よし! 突撃!」
言葉の途中でイエヒサが走り出した。
イエヒサ軍も迷わずついてくる。
銀雪とトヨヒサが取り残されてしまった。
しばらく、沈黙。
そして、トヨヒサが、銀雪を見上げた。
「たぶん、行けば解決すると、イエヒサねーちゃんは言いたかったようです」
「……そうなのかな?」
「イエヒサねーちゃんの直感に、私たちは命を懸けていますので」
「……そうか。では、行こうか」
「はい」
銀雪とトヨヒサも動き出す。
かくして、あふれかえる敵中を進みながら、桜島までの突破行が始まった。




