第257話 九十九州・プロローグの終わり
聖地桜島より発する異界の者どもが、氷邑銀雪に迫る。
「さて、指揮権をあずかったとは言え、私は君たちの兵の普段の訓練を知らないし、どのような陣形をとれて、どのような動きができるかも詳しくな…………」
銀雪が途中で言葉を止めたのは、島津イエヒサが、あまりにもキラキラした目で見上げて来る、その圧力によってだった。
本当にキラキラしていた。
ただひたすらに、キラキラしていた。
キラキラしていて──
──話をなんにも、理解していなさそうだった。
「……私が合図をしたら、私が相手をしている敵に、好きなように飛び掛かってもらおうか」
「おう!」
銀雪は実感する。
氷邑家の軍──
──平均的に結構、頭がよかったんだな、と。
◆
「Disってんじゃねえ本州育ち! ヒスッてんのかサメゾンビたち? ウタッてみろよ地元の長所、てめぇの故郷にゃなんもねえだろ!」
「はぁ!? ありますが、ありますが、ありありありありありまくりますが? ようよう、ゾンちゃんの故郷なめたらいかんばい! 吠え面かくぜゾンちゃんの千倍! 触手! サメ! 化け猫! ムツゴロウ! ……………………………………セイ! 『ほぉーお!』」
地元に観光資源がなさすぎて龍ゾン寺がラップの途中で言葉に詰まっていた。
氷邑梅雪は──
(……あまりのことに頭がやられてしまったが……『いつまで続くんだ』などと思っている場合ではないな。敵の大将が足を止め、ゾンビどもも動きが止まっている。化け猫サメゾンビも小判でディスクジョッキーみたいなことをしている──つまり、『隙だらけ』だ)
この機に忍び寄って首を獲る──
暗殺者めいたまねなどしたくはなかったが、いつまでもあのやりとりをされていると頭がおかしくなりそうなので、梅雪は決意した。必ずやあの邪知暴虐なるラッパーどもを黙らせなければならないと。
だが……
「こちらにおわすは氷邑梅雪!」
摩睺羅が唐突に、梅雪の名前を呼んだ。
(嫌な予感がする)
嫌な予感がするが、注目が集まってしまったので暗殺を実行するわけにもいかない。
さりげに島津トシヒサが半歩距離をとったのを、梅雪は根に持つことにした。
摩睺羅が歌う。
「田舎モンにはわかんねえ? ここにおわすは御三家! マジカッケー、名門の当主! ガチやっべー! 精魂の放流!」
(……まさか)
氷邑梅雪は、冷や汗を垂らす。
まさか。
まさか……摩睺羅は……
(まさか、この俺に……この俺に……あの胡乱ラップバトルに参加しろと言っているのか!?)
精魂の放流というあたりがこう、『魂込めたリリック吐き出してみろ』みたいな意味合いにとれなくもなかった。
勘違いかもしれない。
というか勘違いであってほしい。
だが……
「Ah、Come'on、Come'on、Far away!」
(Come'on、Far away……? 遠くへ来い……? ……いや、違う、違うぞ、アレは……!?)
そう、その言葉の意味は……
(『一緒にぶっ飛ぼうぜ』ではないわ! こっちを見るな! 手招きするな!)
梅雪、この胡乱ラップバトルに参加したくなくて、必死に気付かないフリをする。
だが……
「おやおやおやおやおやぁ~? ヘイ! ゾンちゃん気付いちゃったんだけどさ、本州大名もしかして、ラップバトルもできないのぉ~?」
もうラップでもなんでもない普通の言葉だが、龍ゾン寺が梅雪を見て笑う。
そして、氷邑梅雪──
──煽り耐性ゼロ男である。
「よくも言ったな有象無象! 参加してやる不承不承! この時間まるごと蛙鳴蝉噪! だが! この俺が変えてやる一刻千金! 右往左往して諸行無常! 噛みしめろ貴様の最期の時間! ──ひれ伏して命乞いをしろ雑魚どもがァ!」
かくして、胡乱ラップバトルに新たなチャレンジャーがエントリーした。
◆
(……なんだ、何かを待ってる動きだな?)
イバラキは大友聖騎士団とともに、龍ゾン寺軍軍師の暗殺者を追っていた。
だが、すぐに領地に帰るかと思われた軍は、ある一定の範囲をぐるぐると移動し始めている……
イバラキは、笑った。
(なるほど。待ってる相手と合流できなくて、道を回って時間稼ぎをしてるってわけか。……ここらあたりは龍ゾン寺領に近い。道はあっちのがわかってる──と思い込んでやがんだろうな)
ここらあたり……
山である。
龍ゾン寺領と大友領の間には、そこそこの高さの山がある。
深くもなく、遭難するほど厳しい地形でもない。
だが、山は山だ。舐めていると足をすくわれる、『身近な異界』である。
……しかし。
「……オレが『山読み』ぐらいできねぇと思ったか?」
このイバラキ、そもそも山賊団の頭領。
もともとは大江山に根城を構えていた凶悪山賊集団酒呑童子、その頭である。
別に大江山で生まれ育ったわけでもない彼女たちが、どうして大江山に根城を構えることができたのか?
それは、イバラキの『山読み』──山を一目見ただけで、地形や、高低差、どの道がどこにつながっているかなどを見抜く眼力の賜物だった。
イバラキは山という『身近な異界』において、『もっとも自分たちが進むべき道』を探り当てる直感が優れていた。だからこそ、いくら精査し、地図を用意したところで、山での戦いでは名門御三家の武士団さえも蹴散らすことが可能だったのである。
「予定より早く『詰み』かもなあ。……まあ、油断はしねえがよ」
イバラキと大友聖騎士団が、龍ゾン寺軍師に追いすがる──
◆
──出島。
ここは異界勢力の中でも比較的争いを好まない者どもが寄り集まった自治区であり、『争いを好まない』とはいえ、相手にするには精強な者どもが多くいるため、一種の不可侵地帯──九十九州における治外法権地帯となっている場所であった。
そこで七宝と呼ばれる七種族それぞれの長が『異人館』に集い、話し合っていた。
……今、まさに、その話し合いが、終わったところだ。
「それでは、このたびの『魔異』に乗じ、我らもより大きな『居場所』を確保するため、動くということで」
出島の異人たちが、動き出す。
かくして、九十九州すべての巨大勢力が出そろった。
九十九州大氾濫はこれより、九十九州大混戦へと至る。
……剣桜鬼譚において、『主人公』が出るまで果たされなかった『九十九州統一』に続く、すべての勢力が、昼夜の別なく死力を尽くす戦いが、静かに、始まった。




