第256話 九十九州大氾濫 六
「「五手」」
「向こうの軍師が退く」
「……おや、退却の機を読まれておりましたか。お見事」
九十九州北東部。
龍ゾン寺家軍師と、イバラキとの戦い。
『初撃の衝撃力が最強なので、突撃し、足を止められるたびに撤退、初撃を繰り返す』という戦術をとるイバラキの指揮する大友家。
対して『全力で逃げられては追いついて止めることができないので、足の遅い一人を残酷に凄惨に殺し、相手の心理に打撃を与える』という方法をとる龍ゾン寺。
精神に打撃を与えた──それは、確かに効果があった。
だが、大友家の衝撃力は一人二人減ったところで龍ゾン寺が受け止めきれるものではない。
であれば、遅れた者を凄惨に殺す目的は何か?
まさかそれで心の折れた大友家が、戦いをやめて逃げ帰る──などという甘すぎる想定をしているわけはなかろう。
であれば、答えは簡単だ。
足並みを乱し、動揺させ、隙を作る。
その隙で何が可能かと言えば、ここからでは、『戦線を下げる』、つまり『逃げる』ことしか出来ないのである。
だからイバラキの思考は、その先に進む。
(逃げてどうする?)
九十九州の戦いは、夜になると終わる。
だが、イバラキは夜になっても終える気がない。
というより、相手側が始めたことなのだ。九十九州は鐘が鳴ったらぴたりと戦争を止めるルールがある。しかし、別に戦争をやめなくても『神からの罰則』的なものはないことを、龍ゾン寺軍師の暗殺者が検証してしまっている。
加えて、『夜になったら戦争を終える』というルールを先に破った龍ゾン寺に対して、『夜になったら戦争を終えるルールを守らない侵攻を仕掛ける』というのは、現地人である大友にも呑ませやすかった。
だから、今、龍ゾン寺が下がっても、前線が領地に近付くだけで、基本的に前線が本拠地に近付くというのは、戦況を不利にする。
(逃げてもじり貧だ。籠もってくれりゃあ、やりやすい。だが、相手がそこまでの馬鹿とも思えねぇ。……こっちの補給線を伸ばして輜重隊を襲う? 確かに九十九州には二日以上連続で戦うための補給線っていう概念はねぇがよ……外から来たオレには、その概念があるんだぜ。部隊の編制ぐらいできる。相手がそこを考えてない? いいや、あり得ねぇな。逃げて戦況をどう好転させる? どう勝つ?)
考えて……
イバラキは、二つの可能性を残した。
(オレの知らない『拠点据え付け型の兵器』がある可能性。そして……そもそも勝つ気がない可能性。両方合わせたモンも勘定すりゃあ、三つの可能性か)
勝つ気がない可能性──
龍ゾン寺のもの、というか暗殺者のものと思しき『黒い兵』の戦い。
アレは完全に『だらだらしていた』。勝つつもりで工作をしているわけでもなく、敵兵力を削ろうとしているような熱意もなく、ただただ『注目と敵意を自分たちに集める』という結果しか残せない戦い方だった。
軍師と実際にまみえるまでは、『そういう中途半端なことをするヤツ』という可能性もあった。
だが、今はそういう可能性はないと思える。では、あの『だらだらしていた』動きにも、意図があるはずだ。その意図はやはり、『敵を龍ゾン寺の拠点に釣り出す』か、『九十九州中の戦力に龍ゾン寺を滅ぼしてもらう』しか考えられない。
(……梅雪の話じゃあ、あの軍師は『異世界勇者』の軍隊の一員だろ? 九十九州の龍ゾン寺に報復したい因縁があるってわけでもなさそうだ。となると……異世界勇者のために、龍ゾン寺を滅ぼしておく必要がある? ……知らない『特性』があるんなら、そいう理由もありうるか。だが、今ある情報でわかるのは……)
イバラキは、答えにたどり着く。
「……時間稼ぎか」
なんらかの理由で、龍ゾン寺という『肉壁』に九十九州中の注目と戦力を集中させておく必要がある。
だから、こうして龍ゾン寺を囮にするような戦いをしている。
だが、情報が足りなくてそこから先はわからない──
(いや、情報が足りないのは、向こうも同じはずだ。連中は異世界勇者の行動を知らないはず。死国でなんらかの情報を得ていた? それとも、オレらが感知出来なかっただけで、異世界勇者の行動をどこからかこっそり見てた? ……ということは、異世界勇者はこの九十九州にいる?)
イバラキは──
(情報が足りねぇ。すっぱり考えるのをやめるか。……今すべきことは)
すべきことは。
主人である梅雪のために、ニニギの迷宮までの道を開けること。
今の情報では、九十九州以外の地域の動きはわからない。
向こうが異世界勇者関連の、こちらの知らない情報を握っていたとして、『何をどう握っているかわからない』この状況で、それに備えようとするのはコストの無駄にしかならない。
そもそも、イバラキは将帥としてここにいない。
なので目の前の戦場と、戦術目標である『ニニギの迷宮までの道を作ること』に注力すべきである。
軍の位階というのはそのために分かれているのだ。戦略的判断をするのは上の役割で、一兵卒は目の前の相手に集中すべきだし、一部隊指揮官は目の前の戦いに集中すべきだ。
ヤマ勘で動いて当たることはもちろんあるだろうが、当たらなかった時にただ窮地に陥るだけの部隊運用をすべきではない。
『いざという時への備え』というのは、目の前の状況を完遂出来る前提で行うものであり、目の前の状況を完遂出来るかギリギリの状況で、情報がない場所への備えまでするのは、ただの気弱で愚かな行為でしかない。
「……大友聖騎士団。逃げる龍ゾン寺軍師を追うぞ。その後のことは、事前の相談の通りに」
かくして、五手。
逃げる龍ゾン寺を追いかける。
そして、相手の領地に食い込み……
あとは『巨人』の手により、龍ゾン寺が叩き潰されるのを見守るのみである。




