第255話 九十九州大氾濫 五
「あ、これ見たことある! 見たことあるやつだ! ゾンビなぎ倒して無双するアレ! まあゾンちゃんが無双されてる側なんですけれども! わはははは!」
龍ゾン寺くまのゾンビ軍団が迫る。
見通しの悪い地形の場所だ。それだけに、ゾンビ軍ども、果てが見えない。
だが……
密集するゾンビ軍団。
すなわち、逃げ場がない軍。
氷邑梅雪にとっては、ただのカモである。
(それにしても──)
ゾンビどもを吹き飛ばし、撃ち抜き、弾け飛ばしながら、軍団の中を掘り進んでいく。
龍ゾン寺くまとの距離は、おおよそ百メートルはあるだろうか。百メートル。ただ真っ直ぐ駆けるだけであれば、シナツの強化込みで今の梅雪の足なら一秒とかからない。だがしかし、間に立ちふさがるゾンビどもは腐った肉壁。しかも見通しの悪い地形のせいで直線では進めない……
ことも、ないのだが。
梅雪は地を進んでいた。
空を飛べば地形の一切合切を無視出来る。だがしない。
郎党や島津トシヒサの軍を引き連れ、ゾンビどもの中を進んでいく。
狙いがあってのこと、だが。
見通しの悪い地形で、ゾンビの中を掘り進んでいてなお、龍ゾン寺までの距離がはっきりわかる。
なぜならば……
「──うるさいな、龍ゾン寺!」
龍ゾン寺くま。
いちいち戦況を説明するので、うるさい。
シナツによる索敵を行わずとも、声だけで位置の特定が可能なぐらい、しゃべり続けている。
黙ったら死ぬ生命体なのかという感じで、しゃべり続けている。
「おいおいおーい! ゾンちゃん怒られちったわ。怒られが発生してしまったわ! ご近所の方々がうるさいって言いながら武器持ってこっち来るんですけど~!? 物騒すぎる地域だよ本当に!」
【九十九州はルール無用ッスよね】
【戦争してんねんで】
「だいたい見なよ! ゾンちゃんのゾンビどものあの脆さ! 戦争はやっぱ数じゃないよ兄貴ィ! というわけでゾンちゃん、次の戦力投入しちゃいまーす!」
【戦力の逐次投入は愚策だって学ばなかったのかよ】
【脳味噌半分腐ってるから仕方ないね】
「この夏!」
【もう冬やぞ】
「空を飛び! 竜巻となり! 便器から出たり、スシになったり、タコになったり、宇宙に行ったりした『あいつら』が帰って来る! そう、その正体は──サメ!」
【サメってなんだよ】
【概念だぞ】
【サメ「誠に遺憾である」】
【そうサメねぇ……】
「今度のサメは──猫!」
【ネコザメ!?】
【※実在します】
「龍ゾン寺化け猫ゾンビサメ、満を持しての登場だああああああ!!!」
【猫なの? 鮫なの? ゾンビなの?】
【全部だぞ】
【サメはすべてを受け入れるわ……】
【サメ「遺憾である」】
【そうサメねぇ……】
たっぷりの前振りからゾンビどもを呑み込んで、新たな兵力が梅雪らの前に立ちふさがった。
上半身が猫獣人、下半身がサメのゾンビシャークである。
化け猫ゾンビサメは地面からどぱーん! と飛び出すと、ゾンビどもを食い散らかしながら梅雪らに迫る。
そのサイズは鯨、両手には端を削って鋭くした小判を持ち、ニャシャー! と鳴きながら宙を蛇行するように泳いでくる。そして毛並みは三毛である。
「いちいち情報量が多いわ!」
梅雪が道術の氷を放つと、化け猫ゾンビサメは素早い動作で回避。
ついに梅雪ら一団を牙の届く圏内にまで捉えた化け猫ゾンビサメは、ニャシャー! と大口を開けて、両手の鋭い小判で斬りかかってきた。
(くそ、出て来るものがすべて色物のせいで、緊張感が保てん!)
梅雪は舌打ちする。
龍ゾン寺、出す手が全部ふざけすぎていて、どうにも『真剣に殺し合う』という気持ちになれないのである。
紛れもなく九十九州を三分する大勢力の長との戦いであり、龍ゾン寺家を倒さないと目的地であるニニギの迷宮にたどり着くのが困難なので、梅雪にとってもやる意味のある戦いのはずだ。
だが、繰り出す手すべてが色物であり、斬れば斬るだけ己の格が下がりそうという、よくわからない精神攻撃を仕掛けられていて、いまいち戦いに乗りきれないのだ。
こんな奇妙な感覚は初めてだった。まあ、他にも類似したものがあるかと言われれば……たぬきぐらいしか思いつかないのだけれど。
そのたぬきのところで出た川の上流をやたらと支配しようとしてくる連中は、集中しなくても勢いだけで蹴散らせたが……
龍ゾン寺はこれで普通に強いのが困る。
化け猫ゾンビサメも、ふざけきってはいるものの、パワーとスピードだと梅雪が気合を入れないと対応できないレベルである。
胡乱としか言えない戦いをしている中──
「あ」
龍ゾン寺が、何かを思い出した、というような声を発する。
「そういやゾンちゃん、ジグソーパズル作りかけで放置してきちったんだよね。帰って続きするわ」
【今ァ!?】
【戦争終わってから思い出せ】
【戦後に出来る状態とは限らないだろ】
【ギャグ補正がなかったらもう全滅してるからな】
【相手の強さ、ほんまふざけとる】
【なんなんですか? ゾンちゃんに暴力向けるとかやめてください。そういうガチな子じゃないんです】
色も声もしゃべりもコメントもすべてがやかましい。
そんな中、龍ゾン寺、輿の下のゾンビどもに指示して、本当に帰ろうとしている。
「何をしに出て来たァ!?」
思わず梅雪が苛立って叫ぶ。
まったくペースを掴めない相手すぎる。
だが龍ゾン寺、梅雪の声に振り返ることもなく、帰宅を続行する。
(この戦いはなんだったんだ!? そもそも、あいつはなんで出て来た!? まさか本当にテンションが上がってきちゃっただけなのか!?)
九十九州北西部を支配する大大名なので、口ではああ言っても、戦術的意図があっての出撃だと思いたかった。
だが、わからない。梅雪もトシヒサも混乱している。行動すべてが胡乱で、本当にその裏側には勢いしかないように思われて。
……真実を知る視点から述べれば。
龍ゾン寺は確かに胡乱で、ふざけた者だ。
だが、大大名である。
彼女は馬鹿を売りに出来る馬鹿なのだ。
ただの馬鹿の勢いでの行動をとることはありえない。そこに彼女の意図はなくとも、彼女を操る者の意図はある。ただし、彼女は、彼女を操る者の意図を知らない。聞かないようにしている。
正しく、それは、信頼で結ばれた軍師と大名の関係性だった。
お前の言うことは理由も聞かないがすべてやるという、理想的な主従関係である。
だが、やることの色物さと、本当に気まぐれにしか見えないところ、そして実際、ノリでの行動もかなりあるというところが、梅雪やトシヒサといった、思考によって相手の行動意図を読もうとする者とは至極相性が悪い。
世界観の違い。
住んでいる世界、思考の世界観。そういったものが違いすぎる相手とは、会話が成立しない。意思疎通が出来ない。
龍ゾン寺は非常に強固な『己の世界観』を持っていた。そのため、その世界観に馴染めない者の思考を乱し、意図を察させない力を持つ。
つまり、龍ゾン寺の行動を操りたければ……
「ドンツクドンツクデュクデュクドゥー……」
唐突に響き渡るヒューマンビートボックス。
梅雪の声に一切足(輿)を止めなかった龍ゾン寺がピタリと止まり、音の方向を探す。
その音の発生源は、切り立った岩場の上に、蛇のような下半身で立ち、マイクを片手に、雷太鼓のようなスピーカーから音を発していた。
「ツクツクツクドゥ、ツクツクツクドゥ、ツクツクツクドゥ、ツクツクツクドゥ、Hey,Yo,Yo.そこ行くお嬢ちゃん! ちょっと聞いてけよ後生じゃん! 刻んでけよアッパーなビート! 俺? こう見えてラッパーなハート! コンサート! 始めようぜ俺とお前で! コンフォート! 最高にチルな時間! 乗ってけよ持ってんだろマイク!」
あまりにも唐突なラップである。
無視するなら、こういうのこそを無視するべきだった。
だが……
龍ゾン寺。
スッと、どこからともなく、マイクを取り出す。
「ヘイヘイヘイヘイヘイ! ゾンちゃんにラップバトルを挑むとは愚かなり! アー、見せてやるぜゾンちゃんの超かわいいとこ! 焼きつけろ姿! 見せつける干潟! ムツゴロウのスタンディングオベーション待ったなし! がばい! がばい! とこ見てくれよ! ヤバイ! ヤバイ! って言ってくれよ! スゴイ! スゴイ! あんま褒めんなよ! いややっぱ死ぬほど褒めてくれ! ゾンちゃんもう一回死んでるけどなぁ!」
唐突に始まるラップバトル。
ゾンビ軍の中を掘り進んでいた梅雪らも、周囲のゾンビどもも、動きが止まる。
梅雪は思わず、棒立ちでつぶやいていた。
「……一体何がどうなっている?」
九十九州の情報量、ここで最高潮に至る。
そう、龍ゾン寺くまと、摩睺羅の世界観が合ったのだ。
かくして逃げ去ろうとしていた龍ゾン寺の足止めに成功する。
つまり、どういうことかと言えば……
胡乱には胡乱をぶつけんだよ、ということだった。




