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第243話 相性の悪い相手

「……という事情で、どうにも龍ゾン寺ドラゴンゾンビ・テンプル家には軍師がついたようなのです。何分魔法で傍受した配信なので、映像と音声は断片的であり、メンバーシップ登録も不可能ではありますが……」

「まず『配信』とはなんなのだろう」


 剣桜鬼譚(けんおうきたん)は日本の戦国時代をモデルにしたゲームであり、多くの領地(全体の二割ぐらい)が戦国時代的な価値観で暮らしている。

 氷邑(ひむら)銀雪(ぎんせつ)は『多くの領地(全体の二割ぐらい)』の側の人なので、配信がわからない。

 もっとも、このクサナギ大陸に配信系キャラクターは龍ゾン寺だけなので、九十九州人でも配信がわかる者は少数だから、これは銀雪が特別無知であることを意味しない。


 悪いのはいきなりV(ぶい)みたいなことぶっこんでくる龍ゾン寺の方だ。


 大友(おおとも)国崩(えくす)は配信という概念について銀雪に説明をしようと試みていたのだが、うまく出来ずに、「とにかく」と話を強引に進めることにしたようだった。


「龍ゾン寺の強さは、『無限に湧いて来るゾンビ兵』と、『なんでもアリのサメ』、それから『暗殺者Pを名乗る軍師』。この三つです」

「なるほど」


 銀雪も自分が理解してもどうしようもないものだと認識したらしく、それ以上『配信』についての説明を求めることはしなかった。


 正面でそのやりとりを見ていた梅雪(ばいせつ)は、疲れ果ててしまっていて、二人の会話に挟まることが出来ない。

 九十九州の情報は一つ一つが妙に濃くて重いのだ。聞いているだけで疲弊する。


「大友聖騎士団は強壮──なれど、わたくしのワントップ組織であることは否めない。全員が一丸になることでとてつもない戦力(ノーブル)を発揮する自信はございますが、良くも悪くも一点突破型であり、無限湧きするゾンビだの、まるで心を読むかのようにネチネチした用兵をしてくる相手だのには、少々分が悪いと申し上げざるを得ません」

「相手の軍師は、大友聖騎士団が力で抜けないほどなのかい?」

「……なんと申し上げましょうか。『出来そうな気』はするのです。けれど、実際にやってみると、不思議と出来ないのです。我らとて突撃しかしないわけでもなく、実家では戦術について学んでおりました。けれど……まさしく『心を読まれている』としか言えない対応をされてしまい、突破力を発揮出来ずに撤退ということを続けております」

「『心を読む軍師』か」


 そこで銀雪が視線を向けた先は、梅雪の背後、右側である。


 そこに立っているのは角のない(ドワーフ)──半鬼(ハーフドワーフ)のイバラキだった。

 彼女は迷宮探索の際に役立つ能力を持っている。なので、個人の戦闘能力はそこまででもないが、こうして梅雪の郎党(パーティメンバー)の一人として、九十九州に連れて来られていた。


 子供のような背丈で、細い体つきの、黒髪をボブカットにした、藍色の巫女装束の鬼。

 見た目だけならばどこぞの神社のお嬢さんにも見えるぐらいには磨かれているが、言わずもがな、彼女は帝内地域で恐れられた山賊団『酒呑童子(しゅてんどうじ)』の首魁であり……

 彼女の強さは、『心を読むかのような用兵術』にある。


 前当主にして現当主の父である銀雪に視線を向けられれば、儀礼として何かを答えないわけにもいかない。

 イバラキはそういった儀礼をくだらないと鼻で嗤うタイプではあるが、主人である梅雪に恥をかかせないようにしようという意思もある。

 また、銀雪の実力は認めざるを得ないのもあり、一言述べることにした。


「恐らく、わたくしも、大友軍を相手にしたならば、同じことが可能であると思われます」

「ほう」銀雪が興味深そうに碧眼を向けた。「大友軍は、読み易いか」

「ええ、一から十まで、行動予測が可能です」


 すぐそこに大友家大名である大友国崩がいるものの、イバラキの答えは挑発的でさえあった。

 銀雪は「ふむ」と顎を撫でて考え、


「……梅雪」

「はい」

「我らがニニギの迷宮に行くには、どうにも龍ゾン寺を倒すか、その領土を乗り越えなければならない。……まあ、迷宮からの帰りを考えるのであれば、協力的な大友家に迷宮入り口までの領土をとってもらうのが早いとは思う」

「私も同じ考えではあります」

「そこでどうだろう、イバラキを大友家の軍師にしてみないか?」

「……」


 梅雪がそこで考えたのは、二つだった。

 まず、大友家が認めるか。

 次に、イバラキが納得するか。


 そろそろイバラキとの付き合いも長いのでその人格分析も済んでいる。

 イバラキの性質は、多くの鬼がそうであるように、職人に近い。つまり、名誉だの、金銭だの、そういうものではない『何か』を求めており、その『何か』がない限り、真の実力を発揮出来ないというものだ。


 職人連中が厄介なのは、『命』よりも『納得』を上位に置いているところにある。

 つまり、いかに脅しても、いかにエサをちらつかせても、本人が納得出来ない限り、パフォーマンスを十全に発揮することはない。


 だからイバラキを貸すのは主人として認めてもいいのだが、貸したイバラキが実力を発揮出来ず『クソザコ軍師乙w』みたいな感じで扱われると、それは梅雪自身に対する煽りにもなってしまう。

 貸した以上は十全にパフォーマンスを発揮出来る状態にしたい。が、イバラキが大友家に納得して力を貸すとも思えない。


(さて、どうするか)


 疲れ果ててぼんやりしていたところになかなか難しい案件が降って来た。

 梅雪は、彼にしては長い思考時間をとり、


「主人として、それで事態が解決するのであれば、むしろ、イバラキを貸すのは(やぶさ)かではない、というところです。ただ、そちらに一つ確認しましょう。大友家は──イバラキを使いこなせますか?」


 語りかけられた国崩の瞳に興味が宿り、スカイブルーの瞳が続きを促した。

 梅雪は少しだけ言葉を整理して、


「イバラキは妖刀・魔剣の類です。使い手を選びます。大友家やそれに仕える聖騎士たちに、果たしてイバラキを十全に活かすだけの胆力があるかどうか、私はそこを不安に思っています」

「梅雪さん、一つよろしいかしら?」

「なんでしょう、国崩殿」


 そこで国崩が立ち上がった。

 筋骨隆々、身長190cmのお嬢様が立ち上がると、『ズオオ……』という感じの迫力がある。


 国崩は梅雪の横に立ち、見下ろす。

 梅雪もまた長身の方ではあるが、さすがに国崩よりは小さい。また、座っているため、見下ろされるとかなりの圧力があった。


 しばらく、国崩は無言で梅雪を見つめ……

 その場に柔らかく、膝をつき、頭を垂れた。


「梅雪さんにお願い申し上げますわ。どうぞ、軍師を貸してくださいませんこと?」

「…………」

「大友家には現場指揮官が不足しております。我が聖騎士たちは優秀にして、故郷において戦術を学んだ者も多い。ですが、龍ゾン寺の軍略は我々の知らぬ何かなのです。これに勝利し、銀雪様をニニギの迷宮にお連れするために、あなたの軍師が必要なのです。……使いこなす、というのがどういうことかはわかりません。しかし、大友家、軍師と認めたお方の指揮に従わないなどという、恥知らずな真似をする騎士は一人もおりませんわ。どうぞ、伏してお願い申し上げますわ」

「……そちらはイバラキの実力を知らぬと思いますが」

「銀雪様が『現状打破の可能性あり』とご紹介くださったのです。であれば、適うのでしょう」

「……」

「お願い申し上げます」


 梅雪は国崩を見下ろした。


 彼女は片膝をつき、片手を地面につき、頭を下げている。

 土下座までいかずとも平伏の姿勢ではある。


 だが、大きい。


 肉体が太く高いので実寸のサイズも大きいのは間違いないのだが、それ以上に、人間として大きい。

 頭を下げても誇りを手放していない。それは、彼女自身がこうして外部に力を乞うことを、まったく恥とも屈辱とも感じていないからだろう。

 それは先ほどの殴り合いの時にも、思ったことである。この女は、自分を上回った相手へ好感を抱くのだ。人より下に立たされたところで、それを屈辱に感じないのだ。


 大友国崩──

 この女の心は圧倒的に気高くて、屈辱にまみれた土下座をさせることが困難である。


 つまり梅雪にとって、


(つまらん相手だ)


 ということになり……


 イバラキにとっては、


「……面白いではありませんか」


 という相手のようだった。


 梅雪は「ふん」と鼻を鳴らし、


「イバラキ、お前がいいと思うならば、お前の軍略を貸してやるがいい。ただし──俺に恥をかかすなよ。必ず勝利しろ」

「御意」


「ありがたく、お力を拝借いたしますわ」


「とはいえ、いきなり龍ゾン寺にぶつけるというのもつまらん。……九十九州は毎日のように戦争をしているのだったな? イバラキ、お前の用兵を客観的に見てみたくもある。今日──は、もうじき夕暮れか」九十九州の戦争は暗くなると終わるという暗黙の了解がある。「明日、大友はどうせどこかと戦争するだろう。その時に、お前の用兵を見せてやるといい」

「承りました」


「それでは、本日は大友家の城に逗留していただくということで、よろしいかしら?」

「……ご厚意に感謝します」

「いえ。銀雪様のご子息ということは、わたくしの息子も同然──」

「待て」

「──なんでしょう?」

「なぜ、父の子であるだけで、あなたの子も同然となるのか」

「わたくしは銀雪様と結婚いたします」


「だから私は『しない』と言っているのだが……」


 本当にずっとずっと『しない』と言っている。

 だがしかし、大友国崩お嬢様は真っ直ぐなお方なので、その想いも真っ直ぐだ。


「年齢は親子ほど離れておりますが、背丈はちょうどよいと思われます。それにわたくし、こう見えて尽くす女ですから。きっと、いい妻となりますわ」

「父には今も妻がいる」

「しかしこの大陸も大名(ノーブル)の奥方は何人いても良いし、子供だって何人いても良いものなのでしょう? わたくしが妻の一人に加わることも、何も問題がございませんわ」

「父当人が『しない』と言っているのにか!?」

「恋というのは(かんぬき)のかかった城門のようなもの。押して押して押して、ぶち壊す勢いで押した先に、開門するのですわ」

「脳筋……!」

「いいえ、高貴(ノーブル)なのです」


 高貴! と叫びながら殴りかかって来る系お嬢様の発言である。


 梅雪は対応を少し考え……


「……ともかく、不愉快だ。父の妻になるという発言、加えて、この俺を子も同然と述べたこと、撤回し、二度としないでいただこうか」

「いいえ、撤回は致しません。わたくしは、自分の想いに嘘はつきませんもの」

「……両家が良い関係を築くのに、障害となりうるが」

「そもそもにして、あなたはなぜ、御父上の再婚に反対なされるのでしょう?」

「父当人が『しない』と言っているからだが!?」

「確かに銀雪様は連れないお方でありますけれど、それは、わたくしと銀雪様との問題です。『父がしないと言っているから』と、その息子に横入りされるような話ではないと思われますが?」

「………………」

「銀雪様が『しない』と仰っている間は、無理強いはいたしません。一線は守りましょう。ですが──振り向いてくれない殿方にアタックを続けることを、当人ではない者に止められるいわれはございません」


 梅雪は、自分の心を観察した。


(とてつもなく、不愉快だ)


 国崩の発言は梅雪の感情を逆撫でしている。

 だが一方で、言葉には理があるのも認めるところだ。


 武家なのでまあ、血統をどうするかという問題は事実として転がっているが……

 引退した元当主がどの女に手を出すかというのは、確かに、息子がしゃしゃり出る問題でもない。親と、その親にアタックしている国崩との間にある問題だと言われれば、それもそうだと思うのだ。

 これが現当主が新しく女を作るという話だとまた変わって来るが、例えば国崩と父との間に子供が出来たとしても、現当主である自分がそれを氷邑の子と認めなければ、後継者問題は発生しない。


 だいたいにしてこの恋は成就しない。

 何せ銀雪が普通に『しない』と断っている。


 なので『父にまとわりつくうるさい女だな……』ぐらいの感覚でスルーしてもよさそうなのだが……

 奇妙に、癪に障る。


 煽られている──という感じではない。国崩は真剣だ。

 馬鹿にされている感じもしない。見下されている感じもしない。

 だというのに、こうまで我慢ならないほど癪に障る──これは、梅雪にとって初めての心境だった。


(……不愉快だが、ここで『不愉快だ』と殴り掛かるのは、俺自身の格が下がりそうな行為だな。加えて言えば……突くべき脆弱性がない。つまり、ここで仮に相手を引き下がらせても、気持ちのいい土下座をさせられない)


 梅雪はかなり詳細に自分の不機嫌の理由を言語化出来る。

 何もかもにイラついていた時期、せめてイラつきを理論で分解出来なければ、どうしようもなかったのだ。出来てもあの癇癪である。出来なければ恐らく発狂していた。


 その梅雪をして、今、自分が抱えている不愉快さをうまく言語化出来ない。

 うまく言語化出来ないと、相手を言葉で追い詰めることも、相手を殴り倒して土下座要求をする際に煽ることも出来ない。


 これは、『もやもや』だ。

 もやもやした不愉快さ──


 これを言語化するためには、自分自身をもう少し見つめ直す必要がありそうだった。


 と、そこまで冷静に分析して、


「……国崩殿」

「はい、なんでございましょう?」

「……イバラキを貸すと述べたこと、違えるつもりはない。だが……俺自身は、貴女の城で世話されることを、堪えきれそうもない。自分でもどうかと思うが──あなたの言動は不愉快だ」

「……」

「なので、俺は、別な場所を探す。我が郎党については──」


 梅雪はまず、父を見た。


 父は、


「……すまないが梅雪、私は大友領で少し用事がある」

「では、父上は、イバラキとともに、ここで。他に大友領に残りたい者、あるか」


 連れて来た者たちを振り返るが、他にここに残りたい者はいなさそうだった。

 梅雪は国崩に向き直り、


「他の者は、連れて行く。……父上、ニニギの迷宮で再会いたしましょう」

「わかった。……梅雪」

「はい」

「ずいぶん、冷静になったね。……私は少し、驚いているよ」


 確かに──

 かつての梅雪であれば、すでにキレ散らかしていた。

『不愉快ではあるが、理屈は納得も出来る。だが、不愉快さの分解が出来ない。なので、いったん距離を置く』なんて、あまりにも冷静な行動は、たとえば三年前、『中の人』が入った直後であっても、出来なかっただろう。


『自分の怒りが、相手の言動よりも、自分の中の何かに根差していることがわかる』。


 この冷静さを持つ者は少ない。梅雪は、その冷静さを持つまでに成長していた。

 ……とはいえそれは、国崩の人格ありきでもあるだろう。

 仮に国崩が、梅雪の主張を馬鹿にし、見下し、『間違ったことを言うガキンチョを諭してやろう』という態度で反論してきたならば、怒りの矛先が明確に国崩に向いていたし、怒りの原因も国崩になっていた。その場合は、許さなかった。


 だが国崩があまりにも真正面から見下すことも見上げることもなくぶつかってくるので、この不愉快さの原因が自分の中にあるというのを気付かされた。だから、『距離をとる』という行動を選ぶことが出来た。


 とはいえ、この女の発言のせいで不愉快になったのは事実なので、そこまで持ち上げてやるのも癪だ。


「よく考えれば確かに、怒るようなことではないと気付いただけです。……これは父上の問題だ。私がとやかく言うことではない。もっとも、そこの女が断られているにも関わらずしつこく食い下がる迷惑女であることに変わりはありませんが」


「迷惑が怖くて恋など出来ませんわ!」


 ここで挑発に対して嫌味でも返してくれたなら、梅雪もこの場で殴り合いを始めることが出来た。

 だが、大友国崩は梅雪を見下さない。ただ、己の信念のままに真っ直ぐ振る舞っているだけなのだ。


(……相性の悪い女だ。トンチキ設定を背負っているくせに)


 内心で毒付いてから、


「では私は日暮れまでに、夜をしのぐ場所を探します。……また、迷宮で」


 梅雪は立ち上がり、大友城から出て行こうとする。

 その背中に、


「お待ちになって」

「……なんだ、大友国崩」

「もうじき夜になるとはいえ、まだ数時間はございます。……外では戦争をしている者どももいるでしょう。よろしければ聖騎士団を護衛につけますわ」

「不要だ」

「なるほど。差し出口を申しましたこと、お詫びいたしますわ」

「…………ふん」


(なんというか、『選択を間違えない女』だな、こいつは)


 もう一つ何かを誤れば殺し合いに発展しそうなところで、誤らない。

 やはり『相性の悪い女』と言うよりほかにない──結局、国崩カリバーの返礼もしていないが、『まあ、別にいいか』という気分にさせられているところも含めて、大友国崩とはケンカになれない。そういう性格なのだろう。


 かくして梅雪は郎党を連れて城を出ることにした。

 向かう先は──

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