side 草津温泉ぽんぽこ紀行 一
こちらのsideはたぬきと温泉と妹の話です。
時系列的にはクサナギ大陸漫遊記編でマサキを倒して氷邑領に帰ってから、熚永平秀の乱までのことになります。
全3話。
今日が1話です。よろしくお願いします。
群狸──
巨人をすっかり退けた北条氏との取り引きにより、ぽんぽこパークの狸獣人どもが移住した土地のうち一つである。
広大な平野に狸どもが群れる様子から名付けられたその場所、竪穴式住居などがある縄文時代風集落である。
狸獣人どもにくっついて肌の浅黒いタイプの天狗や鬼なども移住しており、彼らが何がために群れているかといえば、それは……
「退避! 退避いいいいいい!!!」
天狗の叫びに、そばで応援していた狸ども、実作業をしていた鬼どもが、一斉に『その地点』から走って逃げる。
そうして全員が一定の距離を離れ、『その地点』を土嚢などの後ろに隠れて見ていると……
『その地点』から、湯が噴き出した。
狸、鬼、天狗どもが、ワァッと沸き上がる。
「温泉だ!」
「ついに出たぞ!」
「たぬきはもうだめです……」
ここの連中、群れを成して何をしていたかと言えば、温泉掘りである。
温泉掘り。
このクサナギ大陸に存在する温泉は、だいたい、『旅の僧侶がいきなり来て「ここを掘りなされ」と告げ、掘ってみると湧く』といった代物である。
ここ、群狸の温泉もまたそういった経緯で掘り始められたものである。
温泉予言専門僧侶が『出るよ』と言った地点には必ず温泉が出るのがこのクサナギ大陸。
それゆえに全力を投じて掘られた結果、関東平野移住から三ヶ月で狸ども、温泉に到達する。
噴き出すお湯の飛沫の熱さに一部狸が『もうだめです』になったものの、かくしてこの地は温泉地になる第一歩を踏み出した。
「お、見ろよ見ろよ」
「草生える」
温泉が湧き上がるとともに、枯れ果てていた関東平野の一地域であるこの場所に、緑が繁茂し始めた。
これを見ていた天狗の一人が、こんなことをつぶやく。
「草が生えるほどの効能のある湯が、川のように流れ始めている……この場所の名は『草津』とするがよかろう」
「『津』? 津って船着場じゃろ? 津ではなくない?」
「この高度に文脈的な表現がわからぬとは、やはり鬼は……」
「あぁ!? ひょろがりの天狗どもがよ……」
「けんかしないでくださーい」
「「はーい」」
狸の仲裁により険悪になりかけた天狗と鬼が和解する一幕がありつつ……
この土地、草津という名で温泉地として整備されていくことになる。
そして……
◆
「お控えなすってお控えなすって! 氷邑梅雪様にご挨拶申し上げる! 拙者、清水の竹千代と申す者! 遅ればせながら、かわいい舎弟どもが世話んなったお礼を致したく、馳せ参じましてごぜぇます!」
子供みたいな声で見得を切るこの生き物、狸獣人のまとめ役、竹千代狸である。
徳川家康と清水の次郎長と狸を混ぜて家康と次郎長を引いた感じの生き物があいさつをする場所、氷邑家領都屋敷。
三度笠に合羽を羽織り、なぜか茎の長い草を咥えた狸獣人の正面にいるのは、約二年の旅を終えて領都に帰った氷邑梅雪である。
梅雪、狸を前に、このようなことを思う。
(あの時振り切ったはずのファンシーが自ら出向いて来たな……)
正式の訪問であり、用向きが『お礼』であり、獣人独立共和国ぽんぽこパーク総大将直々のお越しということで断る理由が全然なかったが、心情的には断りたいところであった。
氷邑梅雪──
ファンシーを大の苦手にしている。
本物狸と見分けのつかない姿の竹千代、梅雪の頬が引き攣るのに気付かぬ様子で、引き連れてきたお供の紹介を始める。
「拙者の背後におります者、ぽんぽこパーク狸四天王にございます。このたび、梅雪様に御礼申し上げるため、供として連れて参りました。まず、それなるは『竹千代に過ぎたる者』とも言われる忠勝狸。大柄ともふもふが自慢の、枕にしたいたぬきランキング五年間連続一位の猛者にて」
大柄で毛量の多い狸が、竹千代の後ろから歩み出て一礼する。
続いて、
「続いて小柄なれど理知的な顔つきをせし者、忠次狸。どのような芸もすぐに覚えるゆえ、たぬきショーの大スタァにございます」
小柄だが毛並みのいい狸が、理知的に一礼する。
なお、メガネをかけて賢さをアピールしている。メガネをかけていれば賢いに決まっているので。
「あとは康政、直政にございます。この二名、裏切りからの出戻り、それから新参なれど見るべきところあり、四天王に取り立てましてございます」
「……そうか。で、用向きを聞きたい」
あまり狸とかかわりたくない梅雪、早く話を進めたがる。
ちなみにここ、氷邑領都屋敷の正門前、つまりめちゃくちゃ外である。
竹千代は一応獣人共和国の最重要人物なので、もっと屋敷の中に招いてもてなさないといけないのだが、そういった事情で敬意を示すべく梅雪自ら出迎えに来たところ、いきなり長めの話を始めたので、もうここで話を終わらせてもいいかな……みたいな気持ちになっていた。
竹千代、「へぇ!」と威勢よく応じる。
「かつて氷邑梅雪様には、うちの舎弟どもがお世話んなったってぇ話で。その時、拙者はネオアヅチにウナギの営業に向かっており不在でして、お礼が遅れましたこと、まずは謝罪をさせていただきたく」
ちなみに梅雪がぽんぽこパークを助けてから二年ぐらい経っているので、お礼が遅れたにも程がある。
「実はネオアヅチに営業に向かったところ、そのまま幽閉されておりまして、気付けば地元を離れて二年。ようやく梅雪様のご活躍を耳に入れることが適い、こうして大急ぎでお礼に参ったというわけでございます」
「二年も幽閉されていたのか……」
「どうやらそのようで。大層もてなされてしまっておりましたので、よもやあれが幽閉だったとは、帰ったあと四天王に言われて気付いたという有様にございやす」
ネオアヅチでも狸はモフられ人気が高いらしい。
このクサナギ大陸の人類、狸のことを好きすぎるのかもしれない。
「そしてその二年でぽんぽこパークが北条に支配されておりやして、どうにも舎弟ども、まとめて関東へと向かった様子」
「ほう?」
それは梅雪にとって知らない情報であった。
少なくともR-18ゲームの方のシナリオには、狸の移住も、北条のぽんぽこパーク支配もなかった。
「支配──というのは穏やかではないな?」
「へぇ。それはもう、穏やかならざる話でございやす。関東にすべての狸が移住したわけではございやせんが、三河に残った狸ども、拙者の顔を忘れ、北条の方々を親の如く慕っておりやして」
「……」
「ひどい支配でございやすとも。部下を根こそぎとられたようなもんでございやす。……まぁ、北条ジャーショーを定期的に行うということで、手打ちといたしやしたが」
「そうか」
シリアスなワードが出てきても、シリアスな反応をしてはいけない。なんだか損した気持ちになるから。
梅雪はだんだん、狸との付き合い方を学習していく。
「というわけで舎弟どもがいつの間にか関東に移住してやしたもんで、うなぎ漁の引き継ぎなど終えて、舎弟どもの様子を見にいったわけでやすが……なんと、ここで、温泉がわいてたもんで。ここのリゾート化も進んでおりやすから、是非、お世話になった梅雪様をもてなしたく、特別優待券をお持ちしたというのが、今回のことでございやす」
「……つまりなんだ、その……『温泉リゾートを作ったから来て欲しい』ということか?」
「お世話になったお礼に、一生フリーパスをお持ちしやした。どうぞ、お納めくだせぇ」
狸どもが揃って頭を下げ、竹千代が木札を差し出してくる。
梅雪が『受け取りたくないなぁ』という顔で受け取ると、その木札には『梅雪様一生フリーパス 草津温泉リゾート』という文字が焼き付けてあった。
「……草津?」
「お湯が湧いた途端、その湯を浴びた場所に草が生い茂ったことから、草津と名付けたようで」
「そうか、草津か……群馬かな」
「いえ、我々狸が群れる様子から、群狸と名付けたらしく。馬獣人どもは確かにおりやすが……連中は大井の方が縄張りでやす」
そのへんのこと掘り下げると何か面倒な予感がしたので、梅雪は「そうか」とだけ述べた。
「……まぁともかく。ご苦労であった。誠意は確かに受け取った。これ以上の礼はいらん。そういうわけで、」
「では、いついらっしゃいますか?」
「………………」
「この竹千代、ただフリーパスを渡して『では、さよなら』では舎弟どもに示しがつきやせん。ですので、必ず梅雪様を草津にお連れする。お連れできるまで、外ででも、山ででも、いくらでも待たせていただく所存にございやす」
「……………………」
「ご都合よろしくなるまで待たせていただきやすので、どうぞ、良い時期にお声がけください」
梅雪は考える。
(このファンシー毛玉どもをあまり領地に置いておきたくないな……)
なんか、氷邑が毛玉のファンシーに呑まれそうな気がするので。
さりとて『絶対行かん、帰れ』というような態度は、政治的にも、仁義的にもできない。
そもそも梅雪が一方的になんか苦手なふわふわだな……と思っているだけで、狸どもに悪意はなく、今回も精一杯のもてなしと思って招待券を、しかも竹千代自らが持ってきたと、そういうわけである。
氷邑家後継としても、獣人共和国のトップを追い返すというのはできない。
クサナギ大陸には狸のファンが多い。野犬だの狼だの猫だのを蹴散らしても何も言わない人たちも、狸を粗略に扱うと烈火のごとく噴き上がるのがクサナギ大陸なのである。
というわけで、
「……可能な限り早く支度をしよう。それまで、我が屋敷で待つといい」
梅雪、草津温泉リゾート行きを決める。
狸たちが頭を下げ、「ありがとうございやす」と述べた。
空気がなんか、ふわふわもふもふし始めていた……




