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第24話 vs剣聖シンコウ 四合目

 肩の断面から、血が噴き出し……

 梅雪(ばいせつ)は、膝から崩れ落ちた。


 だが、シンコウにとって奇妙なことが起きていた。

 氷邑(ひむら)梅雪の攻撃に反撃を合わせ、彼の体を断った。


 愛神光(あいしんひかり)流の奥義『光断(ひかりたち)』は完璧なるカウンターである。


 相手の攻撃が体に触れるのに合わせて、攻撃の方向に体を回す。

 そして、相手の攻撃の勢いに、自分の攻撃の勢いを乗せつつ相手を斬る──そういう技だ。


 まさしく『言うは易し、行うは難し』を体現する技である。

 これを成立させるには、相手の動き出しの時点でどういった攻撃が来るかを見切る『観の目』、相手の攻撃に反射的にさえ逆らおうとせず、相手の攻撃の流れにただ乗る『捨己従人(しゃきじゅうじん)』の心構え。

 さらに相手主導となるこの一連の動きの中でも、きちんと刃筋を立て、相手に致命の一撃を与える場所を狙って斬る、刀剣術の基礎の深い習熟が必要であった。

 基礎を高い段階で極め、敵の攻撃に怯えて身を固くしない(はら)の据わりようが必要であり、何より数々の実戦をこなして相手がどう動けばどういう攻撃が来るのか、フェイントなども当然使ってくる実戦の中でそれをあらかじめ見抜く目と経験が必要不可欠である。


 そして剣聖シンコウは持って生まれた才覚と、剣聖と呼ばれるまでに放たれた『〝剣術〟という〝兵器の設計図〟をバラまく女の口封じを狙う大名家からの刺客』および『ミカヅチの加護を持ち逃げされた奴隷時代のシンコウの主家からの刺客』などと実際に命懸けで斬り結んで得た経験によって、この奥義を実戦で使うまでに己を磨き上げた。


 格上や同格相手であれば綺麗に決まらないこともあろう。

 しかし氷邑梅雪は格下である。


 せっかく大規模道術を扱い易いように、彼がご執心の奴隷が遠ざかるまで付き合ってあげたというのに、何を思ってか、彼は道術ではなく剣術による勝利を望んだ。

 道術士の基本にして最強の一対一戦術は引き撃ちだ。だというのに彼は、その短慮さか、あるいは熱し易い子供っぽさから、自ら接近してくる。


 離れながら道術を撃たれれば……まあ、結果は同じだっただろうけれど、それでも、彼視点、突っ込んで剣で競り合うよりも勝率が高いと判断出来たであろう。


 やはり、まだ早かった。

 まだ斬るべきではなかった。


 シンコウはそういった後悔を胸に、せっかく神に至れるかも知れなかったのに、我慢出来ずに斬ってしまった貴重な才能のしかばねを振り返った。


 しかし、生きている。

 生きているのだ。


 頭頂から股下にかけて一刀両断にしたつもりであった。

 だが、振り返った先にいる梅雪は……左腕、か。左腕を断たれたのみであり、出血こそ濃く匂うものの、まだ、その生命の灯は消えていない。


 しかも……


(……むしろ神威(かむい)の量は、上がっている……?)


 力を見ることに長けたシンコウだからこそ分かる。

 片腕を断たれて出血多量のはずの梅雪は、今、まさに、強くなっていた。


「……やはりか」


 梅雪の声はかすれている。

 だが、そこにこもっているのは、瀕死の子供の弱さではなく、推論を検証し終えた学者のような響きであった。


「どうやら、『中の人』の知識よりも、氷邑梅雪(おれ)の感覚のほうが正しかったらしい。ステータスは俺が完全に上。理論上、貴様は俺の防御を貫けない。だが、俺は貴様に斬られた。そして……」


 ゆらり、と立ち上がる。

 梅雪の失われた左腕に神威が集まり、それは氷の腕を形成していく。


「統率四、兵力はこの俺一人の状態だというのに、一度攻撃が通った程度では死なない。……クククク……そりゃァ、そうだ。それは、そうだ。もしも全てがゲームの通りなら、俺はちょっとしたかすり傷を負っただけで、兵力一の状態で防御を貫かれ攻撃を受けたことになり、ゲームオーバーじゃなきゃおかしい。だが、現実はそれじゃおかしい」


 人は刀で斬られれば死ぬ。

 だが、どこをどう斬られたかによっては、死なない。


 手の甲にちょっとした傷がついただけで死ぬ者はいない。

 この世界はゲームを下地にしているが、全てがゲーム通りではない。


 ……シンコウは、梅雪が何を言っているか分からない。

 だが、シンコウは自分の体が構えをとっていることに気付いた。

 両腕を翼のごとく広げ、切っ先を前へ向け、剣の切っ先と首、腰のラインを線で結べば二等辺三角形になるような構え。

 左足をわずかに引いて備えるそれは、攻撃をいなして相手の刃を体の外側に逸らしながら、突き出した剣で相手を貫く攻防一体の構えであった。


 剣聖が構えをとることは希である。

 ゆえに、剣聖自身が、己の肉体がこの構えを選択したことに動揺しており……


 はらり、と。


 何かが舞うのを、彼女の『視界』は捉えた。

 それは、目を覆っていた黒い布が落ちた様子である。

 ……その布は、刀によって斬られたかのように断たれていた。

 ちょうど、眉間から鼻筋までに、シンコウが察することも出来ないまま、刃が走ったことを、布の切り口は証明していた。

 まぎれもなく、梅雪の剣がかすって、こうなったのだ。


 完全に回避していたつもりだった。その斬撃の勢いを活かして反撃したつもりだった。

 だが、対応しきれていなかった。

 格下と思っていた梅雪を相手に、『光断』が完全には入っていなかったのだ。


「コソ泥ォ。認めてやる。貴様はこの俺より上だ。今はまだ、この俺を技術において上回っている。だがな」


 梅雪が身を屈める。

 ちょうど、彼の足元には、彼が最初に投げ捨てた鞘が存在した。

 そして、右手に刀を、左手に鞘を持った彼は、だらりと両腕から力を抜く。


「貴様の奥義、見たぞ」


 理想的な立ち姿だった。

 姿勢、力の抜け方、背筋の伸び方。地に足がついていながら同時に浮いているような不可思議な印象を与える重心の散らし方。強くもなく、しかし柄頭を背後から叩かれても決して刀を落とさないであろう握り。

 その力の流れは全て、自分自身を見ているように、シンコウは感じた。


「手番を譲ってやるよ、剣聖」


 先ほど左腕を断たれた男は、不遜に言い放った。

 出血多量で生命力は明らかに弱っている。

 血は止めた様子だが、あのままでは放っておいても死ぬだろう。

 だが、死が近付くほどに、むしろ神威の量が増えていくのは、いったい、どういうことなのか?


「逃げても構わんぞ。だが……もしも俺に攻撃すれば、貴様は死ぬ」

「……」

「何せ貴様は、三千回殺さねば死なぬ化け物ではなく──一回殺せば死ぬらしいからなァ」


 剣聖とは、デフォルトで三千人の兵を率いているのと同じ補正がかかる特殊ユニットである。

 そして、兵数とはHPだ。

 ゆえに『中の人』の知識は三千回の殺害をしないと殺せないものと結論付けていた。


 ……だが、この時代、この世界で生まれ育った氷邑梅雪からすれば、そんな訳はない。


 人は一回殺せば死ぬ。


 余りにも当たり前。ゆえにわざわざ確認するまでもなく、氷邑梅雪は『中の人』の知識よりも、己のその常識を前提に動いている。


 だがそれは、シンコウにとって意味の分からない発言だった。

 だが、言葉に秘められた殺意は感じ取れる。


 梅雪は、シンコウの生命に切っ先をつけているつもりでいる。

 そしてそれは、思い上がりでも、勘違いでもない。

 心胆を寒からしめる迫力が、確かに梅雪からは匂い立っていた。


 シンコウは唇を舌で舐める。

 梅雪はまだ神には足りない。だが……

 剣術使いとして、余りにも甘美な『敵』へと、この一瞬で成長していた。

 これを放置して出血多量で死なせるには余りに惜しい。


 シンコウは、歩み始める。


 遠距離での攻撃手段もある。が……

 剣の間合いで、立ち合いたいという欲求が、彼女を前へと歩ませていた。


 一歩、魔境の空気が静まり返る。

 すでに梅雪を包む竜巻は消え失せ、シンコウの身を勝手に彩る雷さえも、剣術使いとしての興奮に抑え込まれていた。


 二歩。彼我の距離は五歩である。一足一刀の間合いと呼べる距離までは、あと三歩、いや二歩であろう。互いのあいだに立ち込める空気が捻じれ、歪み、『魔境』の暗闇は意識から外れ、互いの姿のみが意識を支配している。


 三歩。これより一瞬あとに互いが互いの間合いに入る。シンコウは体の中に緊張による強張りを感じた。足を止めて弛緩を試みようかと思うのは、一体いつ以来だろうか? まだ剣術を体系化していなかった時。ただがむしゃらに追手を斬り捨てていた時。殺しが日常ではなかった時のころ、少女のころの気持ちがシンコウに懐かしい緊張とときめきをもたらしていた。


 最後の、一歩。

 を、踏み出す、瞬間。


 シュゴオオオオオオ! というすさまじい音がして、あたりに重いものが複数降り立つ感触があった。

 シンコウはぴたりと足を止める。


 梅雪はつまらなさそうに舌打ちをした。

 そして、暗闇の中から、声がする。


「ご主人様! 氷邑家援軍、連れて参りました!」


 それは梅雪が用意していた策が、予定より早くに成った報告であった。

 だが……


「早かったなアシュリー」

「えへへ……」

「あとでおしおきだ」

「なんでっ!?」


 梅雪はつまらない気持ちを覚え、そんなことを口走っていた。

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