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side 熚永アカリ パートナールート 後編

熚永アカリIF後編です。

「はぁぁぁぁぁ!? ありえないんだけど! あのクソビッチ、マジふざけんな!」


 熚永(ひつなが)アカリはキレていた。

 大切な梅雪(ばいせつ)きゅんが夕山神名火命(クソビッチ)にNTRされそうだからである。

 ちなみに梅雪とアカリが一緒に寝た事実はない。気分的NTRというやつだ。


 アカリから見た夕山(ゆうやま)はどのような存在であったのか?


 まず、アカリはその人生経験と『熱視線』によって、好意のある相手と接する者の体温のパターンを把握している。

 その結果、夕山の周囲の者たちは、全員夕山を好いているということがわかっている。


 まあ、別にそれはいい。

 見目麗しいお姫様。帝の愛する妹。多くの者の嫉妬が強すぎて、帝の一族であるにもかかわらず、十二歳になっても婚約話の一つもない姫君。

 なるほど愛されているのは間違いない。


 だが、解せないことがあった。


 アカリが夕山にお目通り適った状況というのが、アカリが主役で行った新解釈演目『シン・(ひよどり)越え』というものが、帝都歌劇団の近年の観客動員数をはるかに上回る大ヒットとなり、そのお褒めの言葉として、演出・脚本・主演を勤めたアカリと、キャストたちにお褒めの言葉をいただけることになった──というものである。


 帝都歌劇団はその興りからして『帝の祖の偉業を演劇という形で世に広める』ことを目的としており、今回の『シン・鵯越え』も帝の祖の伝説をモチーフにした演劇である。

 それを現代風に解釈・演出し、多少攻めた台本にしたのがウケて大ヒット。その結果として帝の権威の強化につながったというのが、お褒めの言葉を受け取る理由であった。


 その場で、帝はアカリの高い能力と功績を称えるため、滅多に人前に出さない夕山も臨席させたのである。


 夕山の顔を見せる、というのは現在の帝にとってはこの上のない賞賛を表すことである。なのでアカリはこれを素直に喜んだのだが……


 その時、不自然なことが起こったのだ。


 臨席を許されたアカリ以外の劇団員が、みるみる夕山を推していく。

 夕山はそこにいるだけだ。わずかに顔を伏せ、扇子で顔を隠し、ただ座っているだけ。視線は向けないし、なんなら半分寝てるんじゃねぇのコイツ? と思ってしまうぐらい微動だにしない。


 容姿が美しいことは認めよう。

 しかし、それにしたって、好みも主義も把握している劇団員が、ただそこにボーッと座っている夕山にどんどん惚れていく様子は、明らかに異常であった。


 しかも、『シン・鵯越え』は、その製作・出演者たちにとある共通点があったのだ。

 すなわち、『帝の現体制について不満があること』。


『シン・鵯越え』は帝の祖の活躍をモチーフにしてはいるが、その内容は帝の祖が絶対の正義であるという風潮に疑問を投げかけるものであり、言ってしまえば政権批判的内容であった。


 それだけに謀反に問われかねないということで、初期メンバーは歌劇団の中でも覚悟が決まった者ばかりになっている。

 もちろん、帝に対しもの申す覚悟。そして何より、反帝派とさえ言える思想の者ばかりだ。


 それが、夕山の座ってる姿を見ただけで惚れていくのは、明らかにおかしい。


(あいつ、何か妖術めいたものを使ってない?)


 それは確証があるわけではない疑念であった。

 だが、アカリにとっては人生を通して観察し、分析してきた『人が人を好きになる条件』にまったく合致しない、なんらかの悪しき力がかかわっているとしか思えないと確信に足る疑念である。


 その後、反帝派だったメンバーが口々に夕山のことを賛美し、それまで夢中だったアカリに見向きもしなくなったのを見て、アカリは、夕山が妖術使いであり、人を無理やり惚れさせるなんらかの術で帝都を手中に収めんとしている傾国の悪女であると定めた。


 梅雪と夕山の婚約発表があったのは、そういった認識をしたあとの話である。


 許せるわけがなかった。


(アタシが梅雪きゅんを守らねば……)


 アカリにはアカリなりの正義がある。

 かくして帝都騒乱が幕開けとなる、が。


 その前に。


(聞かないと……アタシと夕山(クソビッチ)……梅雪きゅんがどっちをとるのか……)


 質問の答えいかんによっては、手順が変わる。

 アカリにとって運命を決める時が、迫っていた。



「お目にかかったことがないので、婚約というのも妙な話だと思っていたのですが……なるほど、人を無理やり惚れさせる妖術を使って、帝都を手中に収めようと目論む悪女、ですか」


 アカリは食事会に呼び出した梅雪にありのままを話した。

 すでに梅雪が夕山の術中である可能性もあった。その時には、夕山に批判的なことを言っただけで嫌われるかもしれない……


 だが、アカリ視点では夕山は『人を無理やり自分に惚れさせる妖術を使う悪女』であり、これを倒すのは確定なため、倒してしまえば梅雪にかけられた『術』も解けて、術から解放した自分に感謝してくれるだろうと考えていた。


 一方で、梅雪はこのように考える。


(帝の弑逆事件、その詳細はゲーム中で語られなかったが……なるほど。確かに、なんらかの術を使って帝都を手中に収めようとする妹がそばにいたならば、盤石と思われた帝都が滅亡し、そもそも嫌われるようなことをしていない帝が謀反によって弑逆されることも、ありうるか)


 ゲームにおいて帝が弑逆された事件についての詳しい情報は一切ない。

 だが、事実として剣桜鬼譚(けんおうきたん)は戦国時代開始の大事件として帝の弑逆を一番最初に置いている。


 そして現実を生き、アカリを推すために幾度も帝都に足を運んだ梅雪は、この帝都が一切の問題なく運営されており、帝の政治は広く民を安んじ、つまり謀反されるような理由がまったくないことを理解していた。


 なんらかのファンタジーがなければ、帝都は滅びない。


 そのファンタジーが、ゲーム本編には影も形もない(この梅雪はまだ夕山と対面していないので、そう思っている)『帝の妹』に集中しているならば、なんとなく納得がいく道筋が想像できる。


 まあ、それだけで帝都滅亡までいかないだろうから、他にもいくつかの要素はありそうだが……


 根幹にあるものとして、『帝都を手中に収めんと望む、人心を操る帝の妹』という存在は、ピタリとハマる感じがあった。


「アタシさァ、歌劇団で脚本書くのに帝の一族の資料を漁ってんだけど──」熚永アカリは愛されるための努力を惜しまない勤勉な者でもある。「──漁れば漁るほど、『アレ? 帝、おかしくない?』って思うことばっかりなんだよねェ」


「おかしい、とは?」


「なんていうか、愛されすぎなんだよ、アレ」


 帝の伝説はおおむね戦いである。

 かの者が『どこからか』現れて、戦乱の中にあったクサナギ大陸で、戦乱の原因をいちいち殴ってまわり、支配下に置き、ほぼ統一が成ったころに起こった大氾濫(スタンピード)を、御三家の祖とともに軍を率いて収めた──というのが、帝の祖のしたことの概要だ。


 これを語った上で、アカリはおかしさを語る。


「普通さァ、そんな暴力的な手段で急激にそこらじゅう全部を殴って回ったら嫌われるじゃん? だっていうのに残ってるのは帝のこと好き好き大好き愛してるって資料ばっかでさァ。いや、わかるよ? そうじゃない資料は帝都に残す意味ないのもわかるけど……量と好意が、『帝に恭順してます』を示すためにしてもやりすぎ感あるっていうか」


「つまり、帝の血にはそもそも、『人に愛される妖術的なもの』が宿っている、と?」


「そう思うんだよねェ」


「……まさかあなたと、歴史についての話をすることになるとは思いませんでした」


「……やだもう☆ なんでも歌ってくれるアカリチャン、ちょっと真剣(マジ)になっちゃってた? もーもーもー」


「あざとい……」


 だがそれがいい、と梅雪は思った。


 アカリは「てへ☆」と笑って、


「ってわけで、このアカリちゃんが天上天下真に推される唯一無二のアイドルだってことを示すために、妖術で人から推される邪道偶像(アイドル)を倒そうと思ってるんだけど、この謀反(ライブ)、チケットいる?」


 アイドル口調でさらりとそそのかされる、謀反の誘い。


 氷邑梅雪は──


(人心を乱す妖術。それを宿す血。なるほど、真実だとしたら厄介だ。……まあ、アカリちゃんの予想にしかすぎんことではある、が。そもそも帝はいずれ滅びる定めにある。であれば……俺がやってしまっても構わんよなァ?)


 そもそもにして、生まれが帝一族というだけで、自分を帝都まで呼びつける夕山のことは、気に入らなかった。


 明らかに軽んじられている。舐められている。──煽られている。


 この梅雪はアカリのファンであり、ほとんど推し活しかしていないが……

 基本の性格は変わらない。煽られたら相手が死ぬまで煽り返す。


 ゆえに、


「是非。あなたのライブには、一つ残らず参加しますよ。……今も、これからもね」

「ぐうううわああああ……ヤッバイ……(まばゆ)……」

「アカリちゃん?」

「ごめん梅雪きゅん、アタシ、まだアイドルだから! 誰のものにもなれないから!」

「え? は、はあ」

「ヨォシ! んじゃァ、新曲を書き下ろそう! 題名(テーマ)は……」


 アカリは、笑う。

 アイドルではなく、野心ある武将の笑みで、


「──帝都騒乱」


 かくして、氷邑家・熚永家の後継者と秘蔵っ子による、帝への謀反が始まる。


 この条件で始まった帝都騒乱において、アカリは火撃隊の青田平(あおたたいら)白瀬(しらせ)を仲間に引き入れることに成功する。

 青田平は自他の苦しみを好む人格破綻者だと梅雪が知っており、謀反には飛びつきそうだなと判断したのと、白瀬はクールな顔してロボットみたいな抑揚のないしゃべり方をするショタコンだからだ。


 火撃隊のエース二人を引き入れたことで、火撃隊のメンバーも幾人も仲間に引き入れることに成功する。


 その結果としてアカリたちは同時多発的に起こる状況のより正確な情報を得ることに成功し、対応力もあるので早期に蒸気塔に入ることに成功した。

 当初、アカリは蒸気塔の外から狙撃をするつもりであったのだが、思ったより色々な勢力が動きそうだということがあらかじめわかったため、強力だが動きが取りにくい熚永家重代強弓の『勇み火』よりも、取り回しの便利な通常の弓を扱い、蒸気甲冑に乗らず生身で行動するべきだと梅雪が進言したゆえであった。


 そして、切り札たる(ぬえ)の使用だが……


 梅雪の『中の人』は、この妖魔武器のことを知らなかった。


 しかしアカリと関係性の構築に成功していたので、『もしかしたらこの切り札を切ることになるかもしれなくて、これは使うと体が鵺に近付いていく……』という告白が事前になされた。


 それに対し、梅雪はこう答える。


「かわいいと思います」

「はい?」

「アカリちゃんは、獣耳が生えても、しっぽが生えても、かわいいと思います。いや、むしろ、ケモミミアカリちゃん……………………アリだな」

「あ、アリか……アリかァ! そっかぁ、アリかあァ!」


 アリになったので、アカリは鵺の使用をためらわなかった。

 とはいえ一矢だけではあるものの、これは夕山筆頭護衛という強力無比な剣士を貫くのに大いに役立った。


 ゲームにはその存在がなかったが、筆頭護衛、名家の侍大将に及ぶ強力な人材である。

 鵺なしでは勝てたかどうかもわからない。


 かくして帝を倒し、その悪しき血の呪いから人々を解放したアカリと梅雪は、戦国時代の始まりを告げる大火を帝都に(おこ)した。


 燃え上がる蒸気都市を蒸気塔から見下ろしながら、二人は誓いあう。


「このまま、全国ツアーしちゃおっか☆」

「それがいいと思います。どこにだって、行きますよ。あなたは僕の、推しですから」


 こうして二人の全国ツアー、ようするにクサナギ大陸を武で統一する活動が始まるわけだが……


 それは訪れることのなかった未来の話である。



『熚永アカリ、パートナールート』

 ────第一部、完。

※続かない

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