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第235話 ワ・ライラ 九

 帝都、蒸気塔──に、戻る前に。


 このたびの進軍は『毛利からの救援要請に応える』というものであったので、帰り道にあるイツクシマを無視する理由もなく、氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)は、イツクシマの毛利モトナリにこのたびの結果を報告することになってしまった。


(正直に言えば、避けたかったが……)


 血縁関係にあるのはまあ信じるところだが、それでも祖母押しが強すぎてこう……なんというのか……

 梅雪的には『なるべく付き合いを避けたい相手』であることには変わりがない。


 だがしかし、このたびの進撃の総大将であるし、相手は名門毛利家の当主であるから、梅雪が直接報告をしないわけにはいかない。

 帝から改めて顛末を知らせることはあるだろうが、それはそれとして、礼儀というものが、やはりあるのだ。


 しかし、不安というか、なんというか……

 なかなか覚えない感覚が梅雪を襲っている。


 しかもこのたびは『報告』なので、家臣をずらりと並べて行うようなものでもなく、広間の一段高い畳の上に、モトナリと向かい合って正座、一対一、周囲に援軍なしの状態である。


(いや、よく考えたら、周囲に人がいようがいまいが、モトナリの様子は変わらんが……)


 人生で初めてかもしれない。『人がいなくて、なんだか心細い』という想いは……


 梅雪は目の前のモトナリを見た。

 お茶と茶菓子を挟んで(当主同士の差し向かいでの話し合いには普通、お茶と茶菓子は出ない)正面からこちらを見ている金髪狐耳長寿巫女服(祖母)(祖母ではない)は、やはり内心のよくわからない笑顔を浮かべていた。


 ともあれ梅雪は、事の顛末をさっさと報告してしまうことにする。


「……申し上げます」


 あらかじめ原稿を用意しておいたので、報告そのものはスムーズに済んだ。

 鳥取で一大勢力となった砂賊と、その実質的な盟主は中国地方から追い出されただろうこと……

 だが、砂賊どもはそのだいたいすべてが『氾濫(スタンピード)の主』の兵力となっており、これを倒さない限り、問題のすべては解決しないこと。

 それから、梨太郎(なしたろう)のこと。


 すべての報告を黙って聞いていたモトナリは、梅雪の報告終了の旨を聞き、「そうですか」とつぶやいた。

 そして、目を閉じて何かを考えこんでから……


「梨太郎様のことについては、そのような気はしておりました。……夢を見たのです」

「夢、ですか」

「ええ。……懐かしい記憶です。実のところ、わらわは梨太郎様とは古い馴染みでして」

「……」

「懐かしい果樹園で、梨太郎様と会話をする夢を見ました。……なんだかとても、すっきりした顔をしておいででしたよ」

「そう、ですか。…………あの」


 そこで梅雪が思いついたのは──

 否、実は、梨太郎を倒した時点で、モトナリに『それ』を見せようかどうか、悩んでいたのだ。


 だが、今、急に『見せるべきだ』と思った。

 だから、腰に巾着に入れて提げていた『それ』を、モトナリの前に差し出す。


 それは、梨太郎のベルトだった。


「……なるほど」


 見せてすぐ、モトナリは何かを察したらしい。


「触っても?」


 尋ねられるので、梅雪は『どうぞ』と手ぶりで示す。

 モトナリはしかし、持ち上げるなどして検分するのかと思えば、置かれたベルトをただ黙って、優しく撫でるだけだった。

 その顔にはやはり笑みが浮かんでいるが、どこか、憂いを帯びた色合いも見える気がした。


 ひとしきり撫でたあと、モトナリがベルトを押して、梅雪側に寄せる。


「ありがとうございました」

「……よろしいので?」

「それは、あなたに託されたものなのでしょう? ……そもそも、梨太郎様はあなたに倒された。たとえ、それが託されたものではなかったとしても、鹵獲(ろかく)品としてあなたが持つべきでございましょう」

「……そうかもしれませんが」

「梅雪殿、あなたは──わらわと、梨太郎様のことを、ご存じなのですね」


 意外な質問、でもなかった。

 確かに梅雪の振る舞いは、『知っている人』のものだ。

 だが……


「いえ、知りませんでした」


 毛利モトナリは、異界から中国地方を守護するだけの狐耳ロリババア巫女である。

 一方で梨太郎もまた、異界から中国地方を守護するためにさまよう亡霊……のような騎兵である。


 この二者には何かしらの関係性があるのだろう、というのはゲーム剣桜鬼譚(けんおうきたん)のプレイヤーも知っていた。

 また、梨太郎の本名が『マキビ』であり、それを呼ぶ謎の女性がいたことから、『もしかしてこの女性は毛利モトナリなのではないか』と推測を立てることも出来た。


 だが、確定情報はないし、『なんかしらの関係がありそう』という程度のものしか推測出来ないのだ。

 これではとても『知っている』とは言えない。が……


「……ただ、私も夢を見たようです」

「……」

「とはいえ、その『夢』は、このベルトを託されたあと、すべてが終わったあと、睡眠中にではありますが……断片的に、梨太郎の記憶が流れ込んできたように思います。……こうして話していると、ふと、思い浮かぶ、その程度の流入ではありますが」

「……そうですか。そのベルトは……まさしく、梨太郎様の一部でしたからね」

「これは、誰が造ったものなのでしょうか」


 梨太郎は騎兵(ライダー)である。

 だがしかし、その装備をどこで獲得したのかはわからない──というか、このベルトはゲーム的には装備でさえない、梨太郎の一部だ。


 だがしかしこのベルト、明らかにオーパーツである。

 相変わらず剣桜鬼譚は気になる情報が全然ないのでベルトについても一切言及がない。とはいえプレイしている時は『ライダーのパロじゃん』で済ませたが、実際にこの世界で生きれば、この超技術の出どころは普通に気になる。


 何せベルトを身に着けてキビダンゴを入れながらひねると全身を包む甲冑がどこからともなく出現するのだ。

 とはいえ騎兵適性のない梅雪が素の状態で起動は出来ないので、帝都火撃隊の蒸気甲冑のようなものではないらしいが……


 そもそもキビダンゴが何かと言えば、あれは神威の塊である。

 戦いの際には『神威を込める』ということを誰でもするのだが(剣聖は除く)、それをより効率的に、少ない神威で大幅な強化を可能にする変換機構があのベルトにはある。ちなみに神威を団子状にする技法もベルトを身に着けるとわかるようになる。本当になんなんだアレは。


 モトナリはしばし沈黙していた。

 それは言葉を整理しているようにも見えたし、古い記憶を必死に掘り起こそうとしているようにも見えた。


「……実のところ、『誰が造ったか』はわからないのです。中国地方にある遺跡の一つから出土したものなので」

「そうですか」

「ただ……このベルト、当時から見た目が変わらぬようです。二千年前──梨太郎様の激しい戦いの前と今とで、見た目が変わらぬのです。劣化をしている様子もない……」

「……」

「梅雪殿は、『神なる匠』というものをご存じでしょうか?」

「……ニニギですか? 帝の神器を創ったという……」

「ええ。ニニギ様──彼について、どの程度ご存じで?」


 そこで梅雪は、思い至った。


 モトナリは二千年生きている。

 そして帝が神器を獲得したのは、多く見積もっても七百年前のことになる。

 しかも、伝承を読み解くに、直接渡されたと読めるのだ。


 つまり……


「……もしや、ニニギと会ったことがあるのですか?」

「はい」


 ニニギ──

 その正体は謎に包まれている。


 剣桜鬼譚の話で掘り下げられない三大『そこは深堀りしてくれよ要素』がある。

 一つは帝関連。

 一つは平安京エイリアン時代の話。

 そして最後の一つがニニギ関連になる。


 どれも深掘りすればメインのストーリーに出来るぐらいのものだと思われるのだが、他に大量に大事件があるためか深掘りされないのだ。


「……では、そのベルトも、ニニギの作、だと?」

「可能性はあるかと思われます。……ニニギ様にお目にかかった時には、すでに梨太郎様は鳥取を彷徨う亡霊となっておりましたので、ベルトに関してうかがう機会はなかったのですが……」

「そもそも、ニニギとはなんなのでしょう? 人なのか、神なのか……」

「彼は、神です」


 それは『中の人』も知らない情報だった。

 ニニギは『人が人のまま神に対抗出来るように、帝の神器を創りあげた神匠』とされている。

 どっちなんだよ、という話だ。


 まぁ、この世界における『神』は人の世に直接干渉出来ないので、『神級にすごい腕を持った科学技術系マッド』というのが梅雪の認識なのだが……


 モトナリは、神だと断言した。


「なぜ、断言出来るのでしょう?」

「一つは寿命があります。わらわがニニギ様にお目にかかったのは二回。七百年前と、千八百年前です」

「……」

「その条件だとわらわも神となってしまいますが──もう一点。わらわがお目にかかったニニギ様は、ニニギ様ではないのです」

「…………謎かけですか?」

「梅雪殿は、風の神威を宿しておいでですね?」

「……はい」

「それは恐らく、シナツの息吹でしょう。……大シナツがあなたを認め、あなたに託した『力』です」

「ええ。そうですが……」

「ニニギは『技術』、すなわち『知識』と『思考方法』を迷宮を攻略した者に授けるのです──と申し上げれば、わかるでしょうか」

「………………それは」


 知識と思考方法。

 技術とは確かに、手先指先に宿るものではある。とはいえ、その技術を支えるのは、思考方法であり知識だというのも間違いではない。

 ……だが、そんなモノを授けられれば……


「……ニニギの力を授けられた者が、ニニギになってしまう」

「ええ。わらわが出会った『ニニギ様』は、出会った二回でそれぞれ肉体が違いました」

「……」

「しかし、ニニギ様の技術は、時代に必要なものであるのも事実。特に、世が乱れた時、かのお方の生み出すモノは、多くを救う……だからこそ、ニニギの迷宮を乗り越える者にとって、紛れもなく加護なのです」

「……」


 ニニギは確かに、不死者を殺す方法を知っている、かもしれない。

 だがその代償として己がニニギになるというのは──許容しがたい。


 いかに不死者を倒す方法を知ろうと思うとはいえ、知れるかどうかは確実ではない上に、迷宮攻略をすれば肉体を乗っ取られるとすれば、さすがに辞めざるを得ない……


 と、一瞬、思ったが。


「……しかし、私であれば問題はないでしょう」

「もしや、ニニギ様の迷宮に挑むおつもりなのですか?」

「はい。私は、父とともにニニギの迷宮を攻略しようと考えております。……モトナリ様だから申し上げますが、私は……父と、こうした触れ合いをすることがなかった。かつての私は本当に弱く、父は私に触れないように気遣っていた。あの状態で、父と肩を並べて戦うなど、夢のまた夢でした」

「……」

「ですが、父が……父の方から、誘ってくれたのです。私は、この機会を逃す気はない」


 何かを成すために、何かをあきらめるのは普通。

 何かを失わないために、何かをしないのは普通。


 だが──


「私は誰にも何も奪わせない。父と肩を並べて戦う機会も、もちろん、『私自身』も」


 ──氷邑梅雪は、すべてを獲得する。


 ニニギの迷宮は確かに、攻略すれば肉体を乗っ取られるのだろうが……

 梅雪には、実績がある。


「誰の意識が入ろうが、私は決して、『私』を渡さない」


『中の人』が入った時、氷邑梅雪は、それを逆に呑み下した。

 だからこそ、今の梅雪がある。


 それに──


「それが喩え、神であろうとも、私自身を明け渡したりはしない」


 大江山で、海異の神に眷属にされかけた。

 だが、あの暗く冷たい海を斬り裂いてここにいる。


「ニニギの迷宮を攻略し、知識だけ役立ててやりましょう。──この俺を奪わせてなるものか。知識も、あきらめてなるものか。俺は、何も渡さず、すべて手に入れる。……己の運命を知ったその日から、私はそのように誓っているのです」

「傲慢ですね」

「……そうかもしれません」

「ですが、それでいい」

「……」

「わらわは、『己の在処』に迷ったがゆえに、長い旅路を強いられた者を知っております」

「……はい」

「彼は後悔していないと言った。それはきっと、事実なのでしょう。ですが……そのような彼を見ている側がどう思うかというのは、また別な話なのです」

「……」

「わらわは、傲慢を肯定いたします。子供たちはもっとわがままでいい。わがままに生き、わがままに──死ぬ。それこそ、人のあるべき姿だと思うのです」

「……」

「梅雪殿。ニニギの迷宮に向かわれるのですね。……神程度、呑み下しておしまいなさい。祖母は、応援しておりますよ」


 ……にこりと笑うモトナリを見て、つい、胸を抑えたのはなぜだろう。

 梅雪は己の動作の意味を考えて、たどり着いた。


 そういえば──


 ──人生で、これほど真っ直ぐに他者から応援されたことなんか、一度もなかった。


 応援は、心に響く。

 だから梅雪は、笑う。


「……ありがとうございます。ただ一つ」

「なんでしょう?」

「あなたは、私の祖母ではありません」

「そうですか。人それぞれ解釈の余地はあると、わらわも思っておりますよ」


 めげない者同士、笑い合う。

 浮かべる『決して譲らない』という意思の籠った笑みは、顔立ちは違うのに、どことなく似ていた。

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