第228話 砂賊糾合事変決戦 四
『マンプクゥ! マンプクゥ! マンプクゥ! マンプクゥ! マンプクゥ! マンプクゥ! マンプクゥ! マンプクゥ! マンプクゥ! マンプクゥ! マンプクゥ! マンプクゥ!』
梨太郎のベルトが叫び続けている。
桜の黒い神威がどんどんベルトに注がれ、その黒さは梨太郎の体をも浸食していた。
「桜ァ!」
氷邑梅雪が怒りもあらわに桜に斬りかかる。
殺す。だが、殺し切れない。
桜の神威はどんどん、梨太郎を浸食していく。
そして──
『──ボウショク』
ベルトが声のトーンを低くした。
『十二支盤、スタート。ネウシトラウタツミウマヒツジサルトリイヌイネウシトラウタツミウマヒツジサルトリイヌイネウシトラウタツミウマヒツジサルトリイヌイネウシトラウタツミウマヒツジサルトリイヌイ……』
ベルトの十二支盤の中の針が回転し……
黒いスパークを帯び、もはや針先も見えないほどの速度に達し……
弾けて、壊れた。
十二支盤から、文字が壊れて吹き飛び──
丑寅だけが、残った。
『キモン! 鬼門! オォォォォニィィィィィィィ!!!』
梨太郎の全身が黒く染まる。
苦しむように身をよじっていた動きが完全に止まり……
全身を黒くした梨太郎が、そこにいた。
まがまがしい気配。
……いや、その気配は──
死者のものに、なっている。
「桜ァァァァ……!」
梅雪は梨太郎が『仲間』になったのを確信した。
黒い仮面甲冑をまとった梨太郎が、そこだけ赤い目を光らせ、梅雪を捉えた。
瞬間、突撃。
大剣とは思えない速度で振るわれた一撃が梅雪を叩く。
愛神光流の太刀で受ける。だが、受けきれない。その出力、カラカラに乾いていた放浪状態と違い、桜の神威によって満たされた暴食形態となることにより、すでにヨイチと彦一二人で互角だった状態よりはるかに上。
道術も使ってどうにか衝撃を殺したものの、速度もすさまじい。梅雪がバランスを保つ前に猛攻、猛攻、猛攻!
「目を覚ませ梨太郎!」
呼びかけるも反応はない。
ただ、吠えて斬りかかってくるだけだ。
「梅雪様!」
桜の『影』を無理矢理突破してきた彦一が、横合いから梨太郎を叩かんとする。
同時、静かに滑り込んできたウメが一度鞘に納めた剣を梨太郎に向けて放ち、阿修羅の投げた『影』までもが迫る。
三方向からの攻撃に対し、梨太郎は身を霞ませるような速度で対応する。
消えた、と思えば彦一の目の前に出現し、大剣を振るう。
彦一は鉄鞭を二丁重ねて梨太郎の剣を受け止めた。だが、受け止めてなお、吹き飛ばされた。分厚い彦一の体が軽々と跳び、迷宮の壁に叩きつけられる。
ウメの居合が梨太郎の後ろから迫る。
それを剣を背負うようにして受け、振り返る勢いで蹴りを放つ。
ウメは腹部に迫った蹴りに耐えようとした様子だった。しかし耐えきれない。あっさりと足を浮かせ、吹き飛ばされる。
ほとんと同時に阿修羅によって投げられた影を、梨太郎は片手でキャッチ。振りかぶって投げつける。
影は投擲の勢いで宙でばらばらと分解されながら阿修羅へと突撃。その勢いで阿修羅の巨体がボールのように転がった。
三者の手練れの襲撃をやりすごした梨太郎が、ベルトに黒いキビダンゴを入れ──
『──殲滅奥義』
「防御姿勢をとれェ!」
今の梨太郎から立ち上る莫大な神威の気配を感知し、注意喚起をする。
それだけで精一杯だった、とも言える。
梨太郎が黒い大剣を横薙ぎにすると、円状の衝撃が飛んだ。
その衝撃は一瞬なんの勢いもなさそうに周囲の者を通過し……
少しだけの間の後、弾けた。
「ぐううううううううう!」
爆発とともに梅雪らが吹き飛ばされる。
桜の影たちは耐えきれずに粉々に砕けて消滅した。
彦一さえもが吹き飛ばされて壁に叩きつけられ、血を吐き、起き上がれないでいる。
阿修羅の頑丈な装甲に一筋のへこみが出来、内部のアシュリーはどうなっているのか、ピクリとも動かない。
ウメはどうにか梅雪の前に立っているが、それでも立っているだけで精一杯というありさまだった。ここから満足な反撃が出来そうな状態ではない。
イバラキたちなど言うまでもなく、半死半生──イバラキ当人に息があるのは、トラクマが守ったからだろう。トラクマはこの戦線には復帰出来まい。
ウメに守られているが、梅雪も立ち上がれないほどのダメージを負った。
その梅雪に、梨太郎が迫る。
「ッ!」
ウメが梨太郎へ居合を放つ。
だが梨太郎、迫る居合を指先でつまむように止めた。
「な──が、ハッ!」
そのまま裏拳でウメを吹き飛ばし、大剣を梅雪に向けて振りかぶる。
そして、振り下ろす──
──金属音。
梅雪は来るはずの衝撃が来ないのを理解し、いつの間にか閉じていた目を開いた。
背中が見えた。
背中にかかる、長い銀髪が見えた。
「梅雪」
銀髪の男性が、声をかけてくる。
「実のところ、私は状況をよく知らないんだ。だが……」
梨太郎の、彦一さえ一蹴する剛剣。
それを受け止め、あまつさえ、力で押し返しながら、肩越しに梅雪を振り返るその人は……
「我が息子を酷い目に遭わせたこいつは、倒していいのかな」
氷邑銀雪。
九十九州に旅立っていたはずの父が、目の前にいた。




